表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci 夢の世界

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/75

Mondo dei sogni. 夢の世界 I

 グエリ家の門から入る。馬丁に馬をあずけていると、濃紺のドレスの女性が駆けてきた。

 やはりサン・ジミニャーノで会ったクリスティーナの侍女だ。

 ドレスをからげ、カーテシーのあいさつをする。

 きれいにまとめた淡い栗色の髪が、ほつれかかっていた。

「こちらから伺いましたのに」

 侍女が息を切らせる。

「なに、こちらもクリスティーナのその後の様子が知りたいと思っていたところだ」

 アルフレードは、馬屋のほうに引かれていく馬を見送った。

「クリスティーナ様……」

 言いかけて、侍女がまた息を切らせる。

「息を整えてからでいい」

「申し訳ありません」

 侍女は大きく息をついた。

「そんなに急いで来るような用件だったのか?」

「お待たせしては申し訳ありませんし」

 侍女は何とか息を整えたようだ。

「クリスティーナ様のご様子が……なんと言うか」

「おかしな感じだと聞いたが」

「どなたから」

 侍女が怪訝(けげん)そうな表情で顔を上げる。

 いや……と答えてアルフレードは宙をながめた。

 御者からだと言えば、家の事情をあちらこちらで話すなと責められるだろうか。

「べつの話と混同したのかもしれん」

 アルフレードは苦笑してみせた。

「ともかく、会って差し上げてはいただけませんか」

 アルフレードは屋敷の上階をながめた。

「当主殿は」

「外国に遊興に出かけられております。もどるのは一週間ほどさきの予定で」

 侍女が答える。

「クリスティーナに問題がおこってからか? しかたのないお人だな」

 アルフレードは眉をよせた。

 グエリ家の当主は子供のころから知っているが、細かいことは気にしない性分だ。娘の少々の不調など、ふかく追及する気もないのか。

 とはいえ、アルフレードも大した問題だとは思っていなかった。

 女性など過剰に怖がりなものだ。「大丈夫」となだめてやれば落ち着くだろう。そう思っていた。




 クリスティーナの私室のまえへと案内される。

 なかから話し声が聞こえていた。

 しずかな調子だが、とぎれることなく話しているようだ。

 たびたび挟まれるひかえめな笑い声は、クリスティーナのものか。

 楽しく話しているように感じた。

「客がきているのか?」

 アルフレードは、金のレリーフが入った扉をながめて微笑した。

 私室にまで入れるとしたら、かなり親しい友人か。


「どなたもいらっしゃっておりません」


 侍女が複雑な表情で答える。

 アルフレードは、無言で眉をよせた。

「ここ数日、お部屋にこもりきりです」

 御者の話も同じだったとアルフレードは思い出した。

「食事は」

「召し上がっておりません」

「まったくか?!」

 アルフレードは語気を強めた。

「なんどお呼びしてもああして話し声がするだけで、返事すらしてくださらないんです」

「バカな。なぜ開けない」

 アルフレードはあわててドアノブを回した。

 ガチッと鍵にはばまれる音がする。

「鍵がかけられております」

「強引にでも開けないか!」

「むりにでも開けたほうがとお話したのですが、旦那さまが一人になりたいだけだろうと……」

 侍女が泣きそうな顔で答える。

「腹が減ったら出てくるだろうとでも言われて出かけられたか」

「その通りでございます」

 侍女が答える。

「ここのご当主が言いそうなことだ」

 アルフレードは、眉をよせた。

 扉をつよくノックする。

「クリスティーナ、私だ」

 なかの話し声はボソボソと一定間隔で続いている。

「クリスティーナ、開けてくれ」

 返事はない。

 アルフレードは小さく息を吐いた。

「すまんが、開けるぞ」

「あのでも旦那さまが」

「ご当主が何か言われたら、私が勝手にやったと言え。しつこく文句を言われるようなら、屋敷まで私を呼びに来てかまわん」

 アルフレードは侍女のほうをふり向いた。

「鍵は」

「は、はい」

 侍女は弾かれたように周囲を見回すと、近くを通りかかった女中に「ここの鍵を」と声をかける。

 ややして持ってこられた鍵を、アルフレードは雑に鍵穴にさした。

 扉を少し開けてから、気を取りなおしていちど閉める。

 許嫁(いいなずけ)とはいえ、未婚の女性の私室だ。

 万が一何もなければ、強引に開けるのはかなり非常識だと思う。

「クリスティーナ」

 改めてノックをする。

 返事はなかった。

「クリスティーナ……侍女どのが入ってもいいか?」

 返事はない。

 アルフレードはうしろにいる侍女をふり返り、うなずいた。

「お嬢さま」

 侍女が扉を開けてなかに入る。

 開いた扉の隙間(すきま)から、ふんわりと香水と化粧品の香りがした。

 侍女に助けを求めるような顔を向けられ、アルフレードもなかに入る。

 やわらかな薄桃色で統一された可憐なデザインの家財道具。

 良家の若い女性らしい部屋だ。

 クリスティーナは行儀のよい姿勢でベッドに座り、まっすぐ前方を見ていた。

 ドレスを乱すことなく身につけ、飴色の髪もきれいに整えている。

 とくに具合のわるそうな様子ではないのではとアルフレードは思った。

「お嬢様、アルフレード様がいらしております」

 侍女がクリスティーナのまえにかがみ、そう告げる。

 クリスティーナは、瞳すら動かさずに座っていた。

「クリスティーナ」

 アルフレードは近づいて声をかけた。

 御者の言っていたとおりか。たしかに表情の乏しさが気になる。

「クリスティーナ、侍女どのが心配されているのだが」


「ええ。よそのお城のほうへ」


 クリスティーナがそう答える。

 アルフレードは、怪訝(けげん)に思いながら許嫁の顔を見つめた。

 返答の意味が分からず、侍女のほうを見る。

 侍女が無言で首をふった。自身には対処できないというような悲痛な表情だ。

「クリスティーナ、よその城とは」


「それが、うつくしい御髪(おぐし)でいらっしゃいますの」


 クリスティーナが、何もない空間と会話する。

 しばらくしてから微笑すると、空間に向かって相づちを打った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ