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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio dieci 夢の世界

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40/75

in ufficio. 執務室にて

「屋敷からだれも出てこなかった親戚が二件、飢えた状態で助けられた者が数名おり、屋敷からどうしても出られなかったと証言したのが一件……」


 執務室。アルフレードはざっと書きだした親戚の所在地の一覧を羽根ペンでつついた。

 たまっていた執務をいくらか片づけ、執事にようやく休憩をと言われたところだ。

 壁に沿って整然と並ぶ明るい色調の書棚。

 大きな窓のそばには、先祖から伝わる(よろい)が飾られている。

 かたわらの紋章旗に描かれているのは、チェーヴァ家の剣と盾の紋章だ。

 ここのところ従者も連れずあちらこちらを動いているので、よけいに抜け出さないかと警戒されているらしい。

 背もたれにに身体をあずけ、大きな息をつく。

「あとの家はふだん通りだったか」

「ピストイアに行った者がまだもどりませんが」

 執事が答える。

「……ピストイア」

 ピストイアと書いた部分に下線を引く。

「遺体の埋葬のし直しもあるから、ピストイアは時間がかかるだろうとは思っていたが」

 アルフレードは、羽根ペンをインク壺に挿した。

「それにしてもかかりすぎてはいるかな……」

 一覧を書いた紙を手にとる。

「いまだに分かりませんな……なぜ、ラファエレ様のご遺体がこの屋敷内に」

 執事が(あご)に手を当てる。

 アルフレードは聞き流した。

 説明しても信じるかどうか。

 信じたら信じたで教会に駆けこまれても厄介だ。


「姉君さま」


 不意に執事が言う。

「え……」

 アルフレードは、目元を(こわ)ばらせた。

「姉君さま方の嫁ぎ先は、何事もないようですな」

 アルフレードは、つい執事の顔を凝視した。

「あ……ああ」

 まだモルガーナの話をしているのかと思い動揺した。ふかく息をつく。

「もう少しかかるようなら、ピストイアも私が行く」

 アルフレードはそう告げた。

「何もアルフレード様が直々に行かれなくても。ほかの者に様子を見に行かせましょう」

 執事がそう提案する。

「だめだ」

 ついきつい口調になった。執事が不可解そうに眉をよせる。

「……いや」

 アルフレードは口に手を当てた。

「サン・ジミニャーノの件は片づいたか」

「ええ」

 執事が返事をする。

「埋葬した教会が、いろいろと聞きたがっているようですが」

「公的にか、それとも雑談の範囲内か」

「雑談の範囲ですね」

 執事が答える。

「ではてきとうにお茶を濁しておけ」

「はっ」

 執事はそう返事をする。

「それにしても……」

 執事はつづけた。

「お屋敷から出られなかったというのは、どういうことなのでしょう」

 アルフレードは宙をながめた。

 下手なつくり話や、知らんでおし通すのも限界があるだろうか。

 ほんとうのことを話して適切な対応のできる者が屋敷内にいるとも思えない。

「助けられた者がいたのは、ポンタッシェーヴェの屋敷か。その者たちのいまの容態は?」

「若い方々は回復に向かっておられるようですが」

 執事が答える。

「飢えはひどかったのか」

「何日のあいだ食べていなかったのか、屋敷のどなたもはっきりとは分からないとのことで」

 アルフレードは一覧を書いた紙をもういちど見た。

「話す様子は。脳が壊れたような様子はあったか」

「身体が弱っておられるだけで、とくにそういう方は見受けられなかったようですが」

 やはりサン・ジミニャーノと同じモルガーナの幻覚剤か。

 アルフレード自身も嗅いだのでよく分かる。幻覚を見る効果は強烈だが、後遺症はいっさい残らない。

「だれもお出にならなかったというお屋敷は」

「それも私が行く」

 アルフレードは、一覧の紙を机に置いた。

「あちらもこちらも行かれるほどお(ひま)ではないでしょう。そちらくらいは、ほかの者に」

「出かける」

 アルフレードは席を立った。

 執事が何かを言いたそうに口を開いたが、先に言葉をつづける。

「あとの執務は夕方以降で調整してくれ」

「どちらに」 

「グエリ家だ。クリスティーナの侍女の用件を聞いてくる」

「昨日の方ですか」

 執事が答える。

「また来られるでしょうから、お待ちになられては」

「いや……クリスティーナとも少し話をしてくる」

 執事が、にわかに遠慮するような顔をした。

 若い当主の息ぬきの逢瀬なのだと思ったようだ。

「すぐ帰る。サン・ジミニャーノで管理していた財産の資料を用意していてくれ」

 アルフレードはそう指示した。

「とうぶんはそちらもうちで管理する」

「はい」

 執事が、折りめ正しく礼をした。





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