表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio nove 異端審問の女

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

37/75

Donna dell'inquisizione. 異端審問の女 II

 執事が折り目正しく礼をして、食堂広間を退室した。

 広間の扉がパタンと音を立てて閉まる。

 アルフレードは無言でヴェールの女を見た。

 相変わらず品の良い姿勢でまえを向き座っている。

 その様子を伺いながら、グラスに注がれたワインをゆっくりと口にした。


「わたくしは、赤が好き」


 不意に抑揚(よくよう)のない声で女が言う。

「私は白しか飲まない」

 グラスを置いてアルフレードは答えた。

「あなたの未来を見て差し上げましょう」

「けっこうだ」

「あなたに憑いた精霊はシヌ」

 アルフレードはわずかに目を見開いた。

「悪霊の間違いではないのか」

「悪霊……」

 女が耳障りな高い声で笑う。

 顔を少し上げたさいに、ロウソクの灯りに透けて整った横顔のシルエットが見えた。

「おまえはナザリオか」

 アルフレードは問うた。

 女はテーブルのほうを向いたままだ。

「ナザリオが憑いているのか」

 いや、とアルフレードはつづけた。

「先ほどいちど姿を消していたところをみると、生者ではないな」


「パゾリーニが滅んだ折に、毒で自害いたしました」


 女が抑揚のない口調で言う。

「……モルガーナと執事が呼んでいたな」

 女は微動だにしない。

「モルガーナ・パゾリーニか」

 ゆらりとロウソクの灯りがゆれる。

「チェーヴァへの怨みごとを言いにきたか」

 女は相変わらずこちらに横顔を向けていた。

 灯りがゆらゆらとゆれ、テーブルの上の燭台(しょくだい)の影が不安定に伸びちぢみする。


「いいだろう。話なら聞こう」


 アルフレードは言った。

「怨みごとなどありませぬ。経済もかたむき子を産める者もなく、パゾリーニはいずれ滅んでいた家でした」

 モルガーナがそう語る。

「では何しにきた」

「あなたの未来を見て差し上げましょう」

「だからそれはけっこうだ」

「あなたの許嫁(いいなずけ)はシヌ」

 アルフレードは目元を(こわ)ばらせた。

 動揺はしたが、気をとり直してモルガーナを真っ直ぐに見る。

「そうやってもったいぶって不安だけをあおる。三流の占い師によくあるやり方だ」

「ではよいまじないをお教えしましょう」

 モルガーナが言う。

 両手をまえに出し、壁面に添えているような仕草をした。

 その手が若い良家の女性の白く優美な手であることを、アルフレードは何気なく確認する。 

「鏡に映った自身の顔を見ながら、“おまえはだれだ(キ セイ)” と」

 クリスティーナが同じまじないをしていたのを思い出した。

流行(はや)っているのか、そのまじないは」

「あなた様が流行らせてくださいませ。一族の方々に」

 モルガーナがしずかに言う。

「そんな女子供のお遊びみたいなものを流行らせられるか」

「昼も夜もなく夢を見続けられる方法でございます」

 アルフレードは眉をよせた。

 サン・ジミニャーノでの出来事を思い出した。

 御者が、アラブの格好をした人物を見たと言っていなかったか。

 たしかに一見そうと見える格好だ。

 不意に心臓が早鐘を打ちはじめた。

 もしかすると、あの件に関わった者と相対しているのか。

 一気に緊張する。

 ワインでゆっくりと口を潤しながらアルフレードは尋ねた。

「……薬物の知識はおもちか」

「古代の薬物の文献に入れこんだことがございます」

 モルガーナが答える。

「夢中になるあまり、そのルーツを求めてアラブの方々と交流しておりました」

「なるほど」

 アルフレードはそう返答した。

「亡くなったさいにはアラブに?」

「女の身でそこまで行くのは難しゅうございました。この地方よりも、よりアラブの人々の多かったヴェネツィアに。遠縁を頼って居候(いそうろう)いたしました」

 モルガーナがゆっくりとした口調で話す。

 異端審問を受けた娘を本筋から遠ざける意味もあったのかもしれないとアルフレードは推測した。

「ヴェネツィアが貿易で栄えていた時代か」

 ロウソクが、ジジ、と(しん)を焦がす音を立てる。

「幻覚剤の知識は?」

「とても惹きつけられるものでございました」

 モルガーナが肩を揺らす。

 笑ったのか、とアルフレードは思った。

「死ぬその寸前まで夢の世界で遊べるなんて」


「サン・ジミニャーノの件は、おまえが噛んでいるのか」


 つとめて冷静さを保ちアルフレードは尋ねた。

「生前にかじった古代の薬物の知識が役に立ちました」

 アルフレードは感情をおさえ、静かにグラスを置いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ