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【完結】死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio nove 異端審問の女

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Nella biblioteca. 書庫にて II

「この者は覚えておる。まだ冥界におるぞ」

 へえ、とアルフレードは相づちを打った。

「こちらの者はとっくに転生しておるな……この者も」

 ベルガモットが紙面のあちらこちらを指さす。

「そうなのか」

 ページをめくると、古く乾いた紙の音がする。

 アルフレードはページをめくっては目を左右に走らせた。

 目の動きを止める。


「パゾリーニとある」


 ベルガモットが、かがんで覚書を覗きこんだ。

「ナザリオは、異端審問を受けたことがあるのか?」

「ほう?」

「ここに」

 アルフレードはクセのつよい筆記体の一部を指した。

「あ……」

 改めて同じ箇所を見る。

「違う。モルガーナ・パゾリーニ。別人だ」

 溜め息がもれた。

「女性か。親戚かな」 

「その名の者は覚えがないのう……」

 ベルガモットがつぶやく。

「べつの地方で死んだのであろうの」

「異端審問の日付は、三百二十年くらいまえだが……」

 アルフレードは筆記体を指でたどった。

「このとき年齢はいくつくらいかな」 

 独身とある。

 しかしこういった容疑をかけられた女性が、夫に迷惑をかけないよう独身と証言することはよくあったらしい。

 年齢の見当をつける材料にはならない。

「ナザリオの親類だとして、どれくらい関わりのあった人物なのか」

「関わりがあったとしても、おまえの家に関わっているかどうかはまたべつだぞ」

「そうだな……」

 アルフレードは、背もたれに身体をあずけた。背後のベルガモットに問いかける。

「ナザリオが死んだ年月日は正確にいつだ」

「知らん」

 ベルガモットが答える。

「べつの地方で死んだら私には分からん」

「ナザリオの死因は知っていたじゃないか」

「ナザリオが死後にこの地方にもどってきたからだ」

 アルフレードは書庫の高い天井をながめた。

 彼らのシステムはいまいち呑みこめないが、ともかくベルガモットはこの地方限定の存在なのか。

「モルガーナ・パゾリーニはもどってこなかったのか?」

「さあの」

 ベルガモットが答える。

「もどってきたとしても、ナザリオのように派手な悪さでもしないかぎりは目がいかんこともあるのう」

 いい加減だなとアルフレードは思った。

 彼らの行動と価値観については、ナザリオはあんがい正確なことを言っていたのか。

 あらためて読書机に向かい覚書の文字を追う。

「モルガーナ・パゾリーニは、すぐに神に帰依する誓いを立てて釈放されているみたいだが」

 アルフレードは息をついた。

「まあ、ふつうならそうするだろうな」

「有罪になっても信念をつらぬく気概(きがい)はないのか。腰抜けぶりはナザリオと同じだな」

 ベルガモットが、トゲのある口調で言う。

「きみは、死んだらすべてが終わる人間の気持ちが分からなすぎる」

 アルフレードは眉をひそめた。

「終わりではないではないか。ほとんどの者がつぎの人生に転生しておる」

「ふつうの人間はそんなことは知らない。ただでさえ教会は生まれ変わりを否定している」

「おまえらの神の言い分などしらん」

 教会内でそれを言うかとアルフレードは顔をしかめた。

 改めて覚書に目を落とす。

「異端審問の容疑は」

 筆記体を指で追う。

「関係のない女の容疑など、どうでもよかろう」

 ベルガモットはふたたび椅子に座り、頬杖をついた。

「占い、古代の邪教の信仰……か」

「そんなもの、でっち上げでつけられることもあるからのう」

 ベルガモットが言う。

「異端審問裁判所は、むかしから公平な調査をしていたと聞いているが」

 フィエーゾレは、古代の遺構があちらこちらに残っている街だ。古代の何らかに興味をもつ者がいても、自然なことではあるだろうが。

 よほど裁判所に目をつけられるような極端な形で傾倒していたのか。

「パゾリーニと名のつく人物はモルガーナ・パゾリーニくらいかな」

 アルフレードは覚書を両手でもち、パラパラと一気にめくった。

「パゾリーニすべてをさがす気か? おまえは本来の目的を忘れていないか?」

 ベルガモット目を丸くする。

 アルフレードは覚書を机に置き、ため息をついた。

「きみにチェーヴァとパゾリーニの因縁を聞いてから、ずっと頭の片隅にあったんだが……チェーヴァに追いやられたあと、ほかのパゾリーニの人間はどうなったのだろうと」

「なに……」

 ベルガモットが漆黒の目を眇める。

咎人(とがにん)はナザリオひとりだろう。ほかの者まで巻きぞえにする必要はあったのか……」

「わたしがルチアの立場なら、相手の男の一族郎党すべてを切りきざむわ」

「きみの極端な意見はいい」

 アルフレードは眉をよせた。

「同じことが今後また起きたらどうするのだ。おまえは当主として、なあなあで済ませるのか?」

「それはそうなんだが」

 アルフレードはべつの覚書を手に取った。

 一ページ目を開き、年代を確認する。

 パラパラとページをめくり、ざっくりと中身を見た。

「どちらにしろ、すべて調べるには一日では足りんな……」

「下級貴族の家の個人のことなど、よほどのことでもないかぎり書きとめることはしないと思うぞ」

 ベルガモットが言う。

「パゾリーニ家で書かれた何らかの記録は、どこかに保管されていないだろうか……」

 ベルガモットが呆れたようにため息をついた。





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