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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio otto 悪霊が口づける酒場

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a cavallo. 馬上にて II

「神の教えに反していないか? ……半分ほど」

「あいつにおまえの神を当てはめてどうする」

 アルフレードは、ふたたび馬の後頭部をながめた。

「いずれにしても法にも反している。応じるわけがないだろう」

「おまえは法があるから倫理を守るのか!」

 ベルガモットはアルフレードの両肩に手をかけ、ガクガクと激しくゆらした。

「倫理観があるから法を守るんだろう!」

「やつの誘いに乗ってみろ、八つ裂きにしてくれる!」

「どんな目で私を見てるんだきみは!」

 アルフレードはふたたび馬を止め、ベルガモットの手を払った。


「なるほど」


 不意にベルガモットは真顔になり、アルフレードをじっと見た。

「おまえは女にだらしないが、たしかに男と仲睦(なかむつ)まじくしているのは見たことがない」

「女性にだらしなくなった覚えもない」

 アルフレードは眉をよせた。

「よし、今回は信用してやろう」

 ベルガモットは黒髪を優雅に掻き上げた。

 感情の起伏の激しさにアルフレードは辟易(へきへき)としたが、とりあえず前を向くとふたたび馬の歩を進めた。

「フィエーゾレに行くのか」

 ベルガモットが尋ねる。

「ああ」

「いいのう。わたしもこのまま街まで行こう」

 ベルガモットは、アルフレードの背中に頭をよせてもたれた。

「そんなことを言っているなら、一気に街まで送ってくれないか」

「ゆっくり二人乗りで行く良さが分からんのか、おまえは」

「きみとの雑談が増えるだけじゃないか」

 ベルガモットはもたれていた背中から離れ、座り直したようだった。


「そう言えば、お互いのことをあまり話したことはなかったの。わたしは深紅の薔薇(ばら)が好きだ」


 アルフレードは、無言で前方の丘陵を見ていた。

「深紅の薔薇の花弁のような血を吐きながら、男が美しく散るさまが好きだ」

「知ってる」

 ベルガモットはしばらく沈黙した。

「おまえの好きな花はなんだ?」

 ベルガモットが、肩に顔を乗せるようにして問いかける。

「とくにない」

「不粋なやつだのう。では炬花(ベルガモット)なんかどうだ」

「きみの名前の花か」

 前方を見たままアルフレードは答えた。

「ではそれでいい」

「それでいいとはなんだ」

「そういえば、炬花(ベルガモット)にはべつの名がなかったか? 大昔の呼び名かな」

 アルフレードはそう問うた。

炬花(ベルガモット)で良いではないか」

「まあ……花の名前なんかどうでもいいが」

 サクサクと草をふむ音を、しばらくふたりで聞いていた。

 やけに静かなので、もういないのかと思った。

 うしろをたしかめようとしたとき、背中にもたれた感覚がまだあることに気づく。

「あの先祖どのの遺体だが」

 アルフレードは切り出した。

「地下は長いことだれも入っていなかったので、通路が不要物でふさがっていたりして、もう少しかかる」

「そうか」

「そう伝えてくれないか」

「なに、こんど会ったときに言えばいい。どうせ向こうはさほど気にしてはいない」

「そうなのか?」

 アルフレードは、背後に目線を向けた。

「墓があろうがあるまいが、どうせ死者のくるところは同じだからな」

 城壁が見えてきた。

 ゆるやかな丘陵地にそびえる城壁は、遠くからでもよく見える。

 ゆったりと歩を進めているので、近づく速度は遅い。

 ベルガモットの黒髪が、さらさらと風になびいているのが横目に見える。

「ではわたしは帰る」

 不意にベルガモットが言う。 

「は?」

 アルフレードはふたたび背後に目線を向けた。

「調べものを手伝ってくれるわけではないのか?」

「汚らわしい悪霊の生前のことなど興味はない」

「何しに来たんだきみは」

 アルフレードは眉根をよせた。





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