Corridoio con persone morte. 死者のいる廊下 I
「無礼の言い訳にしても頓珍漢すぎるな。何を言って」
「そそそそうだよ、坊っちゃまは死んで埋葬されたんだ! あたしご遺体見たよ。大奥さまがあなたたちもって言って花を添えさせてくださったんだ!」
アルフレードは女中のまえにつかつかと歩みより、腰のぬけた姿を見下ろした。
女中が「ひっ」と身をちぢめる。
「気でも触れているのか、おまえは。その母上はどちらにおられる」
とりあえずこの女中の処分はあとだ。
部屋の出入口から玄関ホールのほうを眺める。
「な、亡くなられました」
女中が答える。
アルフレードは女中を睨んだ。
「デタラメを言うな。きのう庭の薔薇のつぼみがついてきたの何のと喜んでおられたではないか」
「薔薇の季節は二ヵ月以上まえです……」
馬丁の青年が答える。
「……なに」
だれかが廊下から部屋に入ったのが視界のはしに見えた。
とっさに部屋の中央のあたりを振り向く。
前時代ふうの薄紅色のドレスを着た少女が、部屋の奥のほうへと歩いていた。
波うつ長いブロンド。歩く仕草からして良家の娘であろう。
「ご令嬢! ここは私の部屋だ。何をしておられる!」
アルフレードは小柄な背中に向かって怒鳴りつけた。
「ど、どなたかいましたか?」
女中はあわてた様子で周囲を見回した。
「あれもおまえらと同じ目的か。見たところ年端もいかない子女ではないか。三人で楽しもうなど、ふしだらな」
「三人……」
女中と馬丁は顔を見合せた。
「あ、あたしらだけですが」
「では、あの令嬢は」
アルフレードは部屋の奥を指さした。
だれもいない。
「どこに隠れた」
アルフレードはつかつかとベッドに近づき、かがんで下を覗いた。
だれもいない。
それよりもベッドの下の埃の溜まりようが気になった。
「何だこの埃は。掃除していないのか」
「いえあの」
女中がいまだ部屋の入口に座りこんだまま答える。
「坊っちゃまがお亡くなりになったあとから……」
アルフレードは女中をじろりと睨んだ。
「お、お亡くなりにはなっていませんよね……」
女中は身をちぢめた。
「その……ここのところ、この部屋でおかしなことがつづくんで大奥さまにご相談したら、怖いのなら無理に入ることはないって」
女中は、おずおずと答えた。
「で、でも空気の入れかえはときどき。窓だけは開けさしていただいて」
「その怖い部屋で逢いびきか」
「いえあの絶対にだれも来ないだろうし、なにか起こったら逃げればいいかなって……」
アルフレードはあきれた。
なぜそれと同じつもりで仕事はできないのか。
「書物や装飾品にはさわるなと言っているだろう。それに何だ、あの椅子は」
アルフレードは部屋のすみに並べられた椅子を指さした。
「それは坊っちゃまが……その、瀕死の状態になったときにお医者さまや大奥さまや許嫁のクリスティーナさまがお使いになったもので、書物も手当てに邪魔でどかしたのではないかと」
アルフレードは、腕を組み二人の様子を見下ろした。
馬鹿なやつらではあるが、ウソは言っていないように見える。
「おかしなことと言ったな。どんな」
ええと……と女中は宙を見上げた。
「だれもいないのに足音がするとか、鈴のような音がするとか」
「それだけか」
アルフレードは眉をよせた。
「何かの自然音を聞き間違えたのだろう。バカバカしい」
そうアルフレードは吐き捨てた。
「母上もお人好しすぎる。そんな話は無視しておればよいものを」
「あの……大奥さまは、どうせもう部屋の主はいないのだからって」
アルフレードはもういちど女中を睨んだ。
「い、いえ」
「母上は亡くなられたと言ったな。たしかか」
アルフレードは問うた。
「た、たしかです。葬儀も行われて、あたしらやっぱり花を添えさせていただいて」
「亡くなられた経緯を話せ」
女中は目線を泳がせた。
「……あの、よく分からないっていうか」
アルフレードは眉根をよせた。
「あたしらが朝起きてきたら、もうお亡くなりになってて」
「もう少しくわしく」
アルフレードはイライラと急かした。
「あたしらが起きて食堂広間に行ったら長テーブルにお座りになってて、だれかお客様をおむかえしたみたいで正装されていて」
かすれた声で女中が話す。
「あの、それは俺も見ました」
馬丁が右手を上げた。
「一ヵ月まえ、ここに雇われてすぐのころだったんで」
「ここに来てわずか一カ月の男と仕事中に逢いぴきか」
アルフレードの言葉に、女中は小さくなった。
「で?」
馬丁に話をうながす。
「はい。食堂広間のほうから悲鳴がいくつも聞こえたんで、ほかの馬丁のオッサンたちにおまえ見てこいと言われて、すっとんで行ったんですが」
「前置きはいい」
「あの、大奥さまは綺麗なドレスを着なさって、姿勢よく椅子にお座りになって口元にお上品に手を添えられお笑いになった、そのままで死んでおりました」
アルフレードは無言で馬丁を見た。
聞いたとおりに想像すると相当に不気味な死にかたに思えるが。
「あ、あの、お話だけでは信じられないでしょうけど、ほ、ほんとうです」
女中が口を挟んだ。
「ほんとうです」
馬丁も言う。
「お、俺は夜中にだれかお客様がいらしてたんじゃないかと思いました。燭台に溶けたロウソクが残ってました。一晩中、照らしてたみたいに」
「馬鹿な」
アルフレードは吐き捨てた。
「母は身の回りのことなど、いっさいしたことのないお人だぞ。使用人のだれも起こすことなく、お一人で客の応対などありえない。あの人はロウソクひとつご自分ではつけられないんだぞ」
「それは分かってます。あたしたちも変だなってのは」
女中は答えた。