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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio otto 悪霊が口づける酒場

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a cavallo. 馬上にて I

 サン・ジミニャーノの件から数日。

 ミイラだらけの屋敷は使用人を数人ほど送り、完全に封鎖させた。

 帰ってきた使用人たちに、青ざめた顔で「あれは何ですか」と聞かれたが、「知らん」と答えるしかなかった。

 教会に助けを求めようと提案した者もいたが、咎人(とがにん)らしき人物を見ている者がいると説明しておさめた。

 重職の使用人たちと協議して、墓掘り人夫を十数人ほど雇った。

 人手としては足りない数だが、人数が多ければ話がもれる率も高い。

 時間のかかる作業になるのと、口止め料を兼ねて料金はかなり上乗せした。

 作業には、何日もかかっているようだ。

 所有地と財産の管理を考えたら、いずれ一族のだれかをあそこに移らせなくてはならないが。


 アルフレードは、フィエーゾレに向かう馬上でため息をついた。


 見渡すかぎりどこまでも連なる丘ばかりの風景は、ともすると眠たくなりそうだ。

 ところどころに数本ずつ生える糸杉がかろうじてアクセントになってはいるが、どうしてもぼんやりとしてしまう。


「冥王と会ったそうだな」


 とつぜん背後からソプラノの声がして、心臓が跳ね上がる。

 ふりむくと、ベルガモットが横座りでうしろに乗っていた。

 反応した馬を、首の横を軽くたたいてなだめる。

「何をしているんだ、きみは」

「なぜやつと会っている」

 馬は少し足取りを乱したが、すぐにもとの歩き方にもどった。

「勝手に私室にいたんだ」

「おまえが案内したのではあるまいな」

「案内したのは、じょ……」

 女中と言おうとして、アルフレードは口をつぐんだ。

 またわけの分からない(から)み方をされては面倒だ。

「案内したのは、馬丁だ」

「案内しろと命じたわけではあるまいな」

「なぜそんなことを命じる必要が」

 アルフレードは背後を横目で見た。

「父娘のようなものではないのか? なぜそんなに嫌っている」

「父娘? あいつはそう言ったのか?!」

 ベルガモットが声を荒らげる。

「違うのか?」

「生まれた経緯がどうあれ、あんなのと同じにされたくはないわ」

 ベルガモットは不快そうに返した。

「寝所だの、寝台だのとは言わなかったか」

「ああ……」

 アルフレードは宙をながめた。

「ベッドがどうのと言っていたが、何かの謎かけか?」

「応じたのではあるまいな!!」

 ベルガモットが、上着の(えり)をうしろからつかみ強くゆさぶる。

「馬上でやめてくれ!」

 アルフレードはいったん馬を止めた。

 ふり向いて、ゆっくりとベルガモットの手を払う。

「何を興奮しているんだ、きみは」

「あいつは、わたしの下僕を横どりしたことが何度もあるのだ」

「あちらから見ても、よほど優秀な下僕だったのだろう。私のことはボンクラと言っていたから、とられる心配はない」

 アルフレードは、あらためて馬を進めた。 

「ちがう。やつは顔で選ぶ」

 ベルガモットが、こちらの肩に顔をよせる。

「微妙に(にぶ)いやつが、とくに好きなのだ」

「それは変わった選別のしかただな」 

「おそろしいまでに手が早くて、あっという間に寝所に連れこむのだ」

 アルフレードは宙をながめ、頭のなかを整理した。

 自身の認識と、彼女の言っていることにズレがあると気づく。

「それは……愛人か何かにするという意味か?」

「そうだ」

 ベルガモットが答えた。

「意外だな。きみは女性の下僕を持ったこともあるのか」

「女など下僕にしたことはない」

 (ひずめ)が草を踏みつける音がつづく。

「わたしは決闘で死んだ男しか下僕にはせん。決闘で深紅の鮮血にまみれて散った男に美を感じるのだ」

「……きみの美学の話はいらん」

 アルフレードは、しばらく馬の後頭部をながめた。サクサクと草の上を歩くのどかな音がつづく。

 ようやくひらめいた。


「……男色家なのか?」


「ちがう。やつは女も好きだ」

 アルフレードは、しばらく無言で馬の後頭部をながめていた。





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