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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sette 黒衣の貴紳

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Il dio della veste nera. 黒衣の貴紳 II

「蘇生したことをなぜ知っている」

「おまえは察しがわるいな」

 男が肩をすくめる。

「あの子からわたしのことは聞いていないのか」

「だから、あの子とは?」

 男はアルフレードのほうに手を差しだし、グイッと何かを引っぱる仕草をした。

「うっ」

 アルフレードは小さくうめいた。

 首のあたりが見えない何かに引っぱられ、身体がまえに倒れかかる。

 男の肩に手をつく格好になり、がっしりとした手で身体を支えられた。

「おまえにこれをつけた子だ」

 男が言う。

 何もない首元で、鈴のような軽やかな音がする。

「死の精霊を知っているのか」

「おや、名前では言わんのか」

 男が面白がるように言う。

「名前が呼びだしの文言なのかな」

 男はククッと笑った。

「ずいぶんとそっけない文言を選んだものだ。あの子は文句は言わなかったか?」

「関係ない」

 アルフレードは身体を起こした。

「わたしを呼ぶときは、何がいいかな」

 男が組んだ脚の上で手を組む。

「どこの御仁か知らんが、べつに呼びだす用事などない」

「まあ何か決めておけば、役に立つこともあるかもしれん」

 何者なのか。

 正体もまったく分からんが、それ以上に本心が読めない。

「 “愛と忠誠を誓う” は、もうあの子が言ったか」

「言った」

 男が肩を揺らして笑う。

「やはりどうも発想が似るな」

「死の精霊とどういう関係だ」

「あれは元はわたしの一部だった。ある日とつぜん人格と名前を持って分離した」

 アルフレードは無言で目を見開いた。

「おまえたちの概念で言うと、娘のようなものかな」

 神秘学に嵌まっているような者なら、すぐに話を呑みこめるのだろうか。 

 この手の話は聖書くらいしか学んだことのない。アルフレードは眉をよせた。

「三位一体のようなものか……?」

「ちょっと違うな」

 男が答える。

「人間のような方法で生まれるのではないということか。まあ、そのへんは分かるが」


「行為なら楽しむが」


 男が上体をややかたむけ、アルフレードの背後を見る。

「ちょうどうしろに寝台があるな」

「あるが?」

 アルフレードはうしろをふり向いた。

「ベッドがどうかしたか」

 男が肩をゆらして含み笑いをする。

「おまえの反応はおもしろい」

「何がおもしろいのか、さっぱり分からんな」

 アルフレードは眉根をよせた。

「まあいい」

 男は立ち上がると、アルフレードとすれ違うようにして出入口のドアのほうに向かった。

 肩幅の広い長身を外套のような服でおおっているので、よけいに大柄に見える。

 横を歩かれると、少々圧を感じた。


「とりあえずは “冥王(アーデ)” と言って呼びだしたらいい」


 背後を靴音がひびく。

「冥……?」

 アルフレードは、ややしてから弾かれたようにふり向いた。

 誰もいない。 

 長身の外套姿があるとうたがわずに振りむいたので、何もない空間をすぐに認識できなかった。

 振り向いた格好のまま身を固まらせる。

 ドアをノックする音が聞こえた。

「ぼ、坊っちゃま」

「アルフレード様」

 男女の声が同時に聞こえる。

 例の馬丁と女中だ。

 アルフレードは、眉をきつくよせて前髪を掻き上げた。

「……入れ」

 そう命じる。

 隙間(すきま)を覗きこむようにして入ってきた二人の使用人に、アルフレードは切りだした。

「おまえら、また仕事をサボって二人でいたな」

「いっ、いえ、別々のところにいました」

 女中がムダに甲高い声を上げる。

「そ、そうです。別のところにいました」

 馬丁が同調する。

 アルフレードは、目を眇めて二人を見た。

「あ、あの、それよりアルフレード様。お、お客さまがいらしてて」

 馬丁があわててそう言う。

「客?」

 アルフレードは、ふと手元を見た。

 手に持ったままだった拳銃をベッドの枕元に置く。

「どんな客だ」

「すごく威厳のある御仁です」

 馬丁が言う。

「ご身分のある方みたいな雰囲気で」

「すっごい美男子でした」

 女中が口をはさんだ。

「あの、俺、アルフレード様に教わったマナーで、ちゃんとごあいさつしました」

 馬丁が力をこめた口調で言う。

 アルフレードは腕を組んだ。

「で、その御仁はいまどこに」

「あの、ここの(あるじ)は、帰ったらいちばんはじめに屋敷のどこに行くのかと俺に聞いてきたので」

「あたしら二人で、ご自分の私室じゃないですかって答えて」

「……おまえら二人で答えたんだな」

 アルフレードは目を眇めた。

「そしたら私室だなってその方が言って」

「あたしらが、ハイって返事したらもういなくて」

 女中と馬丁は、うなずいて二人で顔を見合わせた。

「おまえら二人でいっしょに、私室と答えたんだな」

「はいっ」

 二人の使用人が声をそろえて答える。

 アルフレードは(ひたい)に手を当てた。

 もはや責める気力もない。

「……分かった。しばらく休むから、もういい」

 アルフレードは、外し忘れていたもう片方のカフスボタンを外した。

 二人に背を向け、どさりとベッドに座る。

「あの坊っちゃま、お客さまは」

「その御仁なら、先ほどここに来た」

「あ、そうですか」

 女中はそう返事をした。

「あの、下がっても……?」

「ああ、いい」

 二人がそそくさと退室する。

 つづいて、パタンとドアを閉める音。

 アルフレードはシャツの合わせのボタンを外した。

 視界の端に、ベッドの枕元が映る。

 先ほど冥王はベッドがどうのと言っていたが。

 何の謎かけだったのだ。

 分かりにくい会話をするところは、たしかにベルガモットと似ている。

 そういえば、女中と馬丁には冥王の姿が見えたのか。

 わずかな時間なら、だれにでも姿を見せることは可能なのだろうか。

 そんなことを考えながら、アルフレードはシャツを脱いだ。





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