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【完結】死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio sei 三百年の執着

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Tre­cento anni di ossessione. 三百年の執着 I

 改めて屋敷に入ると、静謐ながらも凄まじさを感じた。

 玄関扉を開け放って幻覚剤の香りを追いやると、代わりに甘酸っぱい匂いと(ほこり)の臭いの混じった匂いが鼻腔に触れた。

 腐る過程の死臭に比べればきつくはないが、体液の臭いにもどこか似ているため、頭の中では不潔な印象と直結する。

 後妻の木乃伊(ミイラ)と接したときに感じた、(あんず)のような匂いはこれだったかとアルフレードは思った。

 誰もいない屋敷内というのは、これほど静かなのだと初めて知った。

 平時であれば、意識しなくても常に何らかの音がしているものなのだと思った。

 無音に身を呑み込まれそうな、穏やかな恐怖を感じる。

 アルフレードは、玄関ホール横の幅の広い階段を見上げた。

 ベルガモットの言っていた通り、階段にも二体の遺体があった。

 墓掘り人夫を何人雇えばいいのか。

「口止め料が要るな……」

 アルフレードは呟いた。

 階段を数段昇る。

 木乃伊(ミイラ)は、すでに乾燥し切って端の方がボロボロと零れているものもあった。

 階段の所々にざらざらと零れている砂のようなものは、元は身体の一部だったものだろうか。

「他の親戚の家もこんな風かな」

 まさかそこまではと内心思いつつ口にしてみる。

「可能性はあるな」

 ベルガモットはそう返した。

「嫌がらせにしてはやりすぎだ」

「……ナザリオの行動は、ただの嫌がらせではなかったのかもしれんな」

 アルフレードは、玄関ホールからこちらを見上げる死の精霊を振り返った。

「城に来い。話がある」

 ベルガモットがそう告げる。

「外に馬をつないでいるんだが」

「では馬も連れてこい」

「……君や配下に食われたりしないだろうな」

 アルフレードは眉をよせた。

「何者と混同しているのだ。馬を食う趣味などない」

「話とは、どんな」

 アルフレードは、踵を返し手袋を直しながら階段を降りた。

「城で話すと言っておるのだ。黙って城に来れば良い」

 そう言えば、とアルフレードは窓の外を見た。御者の言っていたことを思い出した。

「来てくれ」

 早足で階段を降りると、ベルガモットの手を強く引き玄関ホールの壁際まで連れてきた。

 ギリシャ風彫刻の影に隠れ、あたりを伺う。

「なっ……何をしているのだ、お前は」

 ベルガモットは、怒ったような声を上げた。

「御者がさっき、窓から見ていた者がいたと言っていたんだ」

「なに……」

 ベルガモットは、アルフレードと同じ方向を見た。

 しかしすぐに手元に目線を移すと、声を荒らげる。

「手を離さんか!」

 ああ、と返事をしてアルフレードは手を離した。

「ほ、本当に無礼な奴だ」

 先ほど御者が言っていたことを、うっかりと失念していた。

 窓から見ていた人物は、今もどこかから見ているのか。アルフレードは玄関ホール内を見回した。

「アラブ風の格好をした人物だと言っていたが……」

「お前のような無礼な下僕は初めてだ」

 ベルガモットは、つかまれていた自身の手を握った。

「幻覚剤を焚いた人物という可能性も」

「しかもこのような物陰に連れこむなど、お、お前が男だとはいえ破廉恥な」

「生きているただの人間か、それともナザリオと何らか関係のある霊なのか……」

 アルフレードは拳銃と薬包を取り出した。

 まだ屋敷内にいるか。

 逃げる間もあったはずだが。

「聞いておるのか!」

「気配がさぐれないので静かにしてくれないか」

 そう言ってアルフレードが振り向いた瞬間。


 景色が一気に変わった。


 貴族の屋敷の広く明るい玄関ホールが、薄暗い石造りの重厚な印象の部屋に変わっていた。

 装飾品のほとんどない、昔の要塞としての印象が強い城の部屋だ。

 保温と飾りを兼ねたタペストリーなどはなく、石の床には敷物すらない。

 不思議と冷え冷えとした感触はなかったが、生活感は一切なかった。

 見回した目線の先に、場に合わない豪奢な椅子がある。金で縁取られ、真っ赤な布張りをした玉座のような椅子だ。

 背後にいたベルガモットは、コツコツとハイヒールの音を立ててその椅子に歩みよった。

 椅子に座ると、ふう、と息をつき脚を組む。

「君の城か……」

 アルフレードは銃を持った手を下ろし、室内を見回した。

「話があると言っておるだろう」

 ベルガモットは、こちらを見据えた。

 石の床をカツカツカツと不規則に打つ音がする。

 ベルガモットの配下の白い女性たちが、三人ほどで馬を抑えながら廊下から現れた。

「馬もちゃんと連れてきてやったぞ」

 ベルガモットは肘置きに頬杖をつき、馬の方を目線で示した。

「馬は外でいい」

「庭につないでおれ」

 配下の女性たちは銘々に会釈をしてふたたび馬を廊下に連れ出した。

 おとなしい性格の馬だが、慣れていない手つきで連れて来られたせいか興奮しているようだ。

「ここには馬はいないのか」

 深い意味はなかった。城や貴族の屋敷といえば、必ず馬を扱い慣れた者が居るという認識だ。

「このあたりを散策する馬でも欲しいのか?」

「そういうことではなく」

「ここで使う馬が欲しいのなら、冥界から調達してやっても良いが……」

 ベルガモットが答える。

「引き換えの馬が要る」

「やめてくれ」

「まあいい」

 ベルガモットは、両手を組んだ。

「手短に済まそう。あの馬は生者なので、あまり長い時間ここには居られん」

「あの場ではそんなに話しにくいことなのか」

 アルフレードは腕を組んだ。

「わたしは良いが、お前が動揺するかもしれん」

「どういうことだ」

 開け放たれた出入口に、小柄な人影があるのに気づいた。

 そちらに顔を向ける。

 チェーヴァ家の先祖のひとりだという、あの薄紅色のドレスの少女がいた。





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