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死の世界へようこそ  作者: 路明(ロア)
Episodio cinque 幻惑の大広間

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Sala grande allucinazioni. 幻惑の大広間 III

 どちらかが幻覚を見ているのか、あるいは両方か。

 ベルガモットをちらりと見た。目が合う。

「もういいだろう、帰ろう」

 アルフレードは女性二人を廊下へと促した。

 クリスティーナが、一角の絵画のかけられた壁を気にしていた。

 そちらをちらちらと見る。

「あの方」

 クリスティーナが口を開く。

「大丈夫なのでしょうか」

「え?」

 アルフレードは、許嫁(いいなずけ)の示す方向を振り返った。 

「ずいぶんとご気分が悪いみたい」

 ひろく静かな大広間内。自分たち以外の人物は見あたらない。

「だ……大丈夫ではないかな」

 アルフレードは適当に話を合わせた。

 どちらが見ているものが幻覚なのか分からない。ともかくよけいなことには関わらずに屋敷を出たほうがいい。


「あっ」


 クリスティーナは短く叫ぶと、ドレスをからげて絵画のほうへと小走りで行った。

「もし、大丈夫ですか、あなた」

 身体を屈ませ、絵画のかけられた壁に向かって呼びかける。

「いまお医者さまを呼びますわ。しっかりなさって」

「ク……」

 それは壁だとアルフレードは言おうとした。侍女がクリスティーナのほうに駆けよる。

「それは燭台(しょくだい)でございます、お嬢さま」

「なにを言っているの? たおれていらっしゃるのよ」

「火がついているではありませんか。危のうございます」

 アルフレードは、壁に背中をもたれさせ二人の様子を見ていた。


 だれが見ているものが本当なのだ。


 見ている景色はすべてはっきりとしていて、音も匂いも感触も疑わしくは思えない。

 どれかが幻なのか、それとも全員が(たぶら)かされているのか。

「だから面倒くさくなると言ったのだ」

 ベルガモットがまえに進み出た。


「あの女どもは、もうだめだ」


 美しい黒髪がサラサラとゆれる。

「だめとは……どういうことだ」

「言葉どおりだ。死期が近い」

 ベルガモットのまえに巨大な鎖鎌が現れた。

 古木ようなゴツゴツとした柄を、ベルガモットが細い手でがっしりとつかむ。

「どれ、直々に送ってやろう」

 ベルガモットは女性二人に向けて鎖鎌を構えた。

「待ってくれ!」

 ベルガモットの肩をつかむ。

「無礼者!」

 ベルガモットは振り返り、アルフレードの頬を思いきりたたいた。

 会ったとき以来二度目だなと思いながら、構わずベルガモットの細い腕をつかむ。

「近いと言うことは、もう少しなら時間はあるのか」

 アルフレードは問うた。

「すぐになくなる」

「ギリギリまで待ってくれないか」

「たいした違いはなかろう」

 ベルガモットが手を振りはらう。


人間(ひと)には大きな違いだ!」


 アルフレードは声を上げた。

 ベルガモットは聞く耳を持たず、黒髪をなびかせて空中に舞う。上体を大きくひねり、巨大な鎌を二人に向け振り下ろした。

「待て……!」

 アルフレードはフリントロック銃をとり出した。

 撃鉄を起こす。

 ベルガモットの巨大な鎌に向けて、撃った。

 銃身上部のピストンが跳ねるように前進し、連動してハンマーが落ちる。

 衝撃をともなった重い音が心臓にひびいた。

 大きな鏡に亀裂が入る。

 硝煙があたりに真っ白くただよった。


 まばたきしてもういちど撃った方向を見ると、亀裂が入っていたのは鏡ではなく窓だった。


 その反対側にあったのが、鏡。

 自身の目は、左右が入れ替わって見えていたのか。アルフレードは呆然と窓ガラスを見た。

 風が静かに吹きこむ。

 屋敷に入ったときからずっとただよっていたラベンダーの香りが、少しずつ薄れて外気と糸杉の葉の香りが舞いこんだ。

「クリスティーナ……」

 クリスティーナは、壁を見て立ちつくしていた。

 そのままペタリと床に座りこむ。

 クリスティーナの目のまえの壁に背中をもたれるようにして、一体のミイラが座っていた。

「あ……」

 クリスティーナが、頬に手をあてる。そのまま目を大きく開け動作を固まらせた。

 侍女が悲鳴を上げる。

 アルフレードは大広間のなかを見回した。


 広間中に、大勢のミイラが横たわっている。


 何かをしている最中に突如として倒れたかのように、銘々の方向を向いていた。

 ざっと服装を見たかぎりでは、ここの親戚の者と使用人たちだろうか。

「……何だこれは」

「おお、幻覚から醒めたか」

 ベルガモットが淡々と言う。

「いきなり窓をぶち抜いたので驚いたぞ」

 声を上げて笑う。

 アルフレードは、ゆっくりと彼女のほうを見た。


「……撃ったのは悪かった。だが少し待ってはくれないか」

「なんの幻覚を見ておったのだ、おまえは」


 え、とアルフレードはつぶやいた。

「幻覚……?」

「なんだ、機転をきかせて外気を入れたのだと思ったのに違うのか」

 ベルガモットがつまらなそうに言う。

 火薬の匂いが、吹きこんだ静かな風に混じってただよう。

「クリスティーナは……」

「侍女ともども気を失っておるぞ」

 磨かれた大理石の床には、女性二人がおりかさなるように倒れている。

 広間のずっと奥まで累累(るいるい)と横たわる大勢のミイラ。

「きみには、ずっとこの光景が見えていたのか」

「あたりまえだ」

 ベルガモットが答える。

「階段にもあったぞ」

 アルフレードはうつむいて(ひたい)に手をあてた。

 なぜこんなことになっているのか。さすがに動揺して口にする気力もない。

「おそらくだが」

 ベルガモットは、開け放した扉から階段のほうを眺めた。

「幻覚剤で外に出られなくなったか、それとも飢えていることに気づかず過ごし続けたか」

 ベルガモットがそう推測する。コツコツと高いヒールの靴音をさせて女性二人に近づいた。

「それより、これはだれが運ぶのだ」

 不機嫌そうに眉をよせる。

「だから言ったのだ。面倒くさいことになると」





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