死の世界へようこそ

Episodio tre 冥界の城

Misterioso duello. 謎だらけの決闘 II

「決闘の相手は、おまえと同等の身分の者だ」

　ベルガモットがそう告げる。

「まあ……それはそうだろうな。異なる階級間の決闘は禁じられている」

「ところがどこのだれなのか、だれにも分からないらしい」

「は……」

　アルフレードは目を見開いた。

「見届け人はだれだ。その者にも分からないのか」

「おまえが重傷を負って手当てされているあいだ、見届け人も消えた」

　淡々とベルガモットが語る。

「その場にいた者たちが改めて話し合ったところ、見届け人もだれも知らない人間だった」

　ベルガモットは脚を組み直した。ふいに不機嫌な表情になる。

「ケガ人の手当ても見届け人の役割だというのに。ロマンが半減するではないか」

「そういう問題ではないだろう。何だ、その気味の悪い話は」

　アルフレードは顔をしかめた。

「急に気味の悪い話だらけになって、たいへんだのう」

　ベルガモットが、わずかに口の端を上げる。

「蘇生(そせい)した者はみなそうなる。いちど冥界に入ると、冥界の者がよく見えるようになるでな」

「どんな理屈でだ」

　アルフレードは眉をよせた。

「知らん。そもそもわたしには、おまえたちに死者が見えん理屈のほうが分からん」

　ベルガモットが言う。

「まあ、ナザリオが仕組んだことだ。気味の悪いことの一つや二つ起こる」

「仕組んだのは先日の幽霊なのか……」

　数日前に起こった信じがたい出来事と、白骨死体のイヤな埃(ほこり)っぽい匂いをアルフレードは思い出した。

「決闘そのものは、じつに見事であった。円舞曲(ヴァルツェル)を見ているかのような軽やかな動き、武器を持つ手の鋭い手さばき、正装の下でうつくしく動く締まった肢体、命を賭した者の精悍(せいかん)な表情」

　ベルガモットは、うっとりと宙をながめた。

「飛び散る紅の薔薇(ばら)のような血飛沫(ちしぶき)、苦痛に耐えきれずに漏れる呻きの幽(かそ)けき色香、瞳の光彩のゆるりと消える様子の儚(はかな)きうつくしさといったら」

　アルフレードは、どうと聞いたらよいのか分からずこめかみを押さえた。

　ムダに詩的なところが精神構造の激しい違いを感じる。

「まるで見ていたような言い方だな」

「胸踊らせて見ておった。ときおり禁止令などが出るせいで、久しぶりとなってしまった決闘だからな」

　ベルガモットが黒い瞳を細めて笑む。

「汚ならしい悪霊の差し金だったのは腹が立つが」

「決闘の理由は？」

「知らん」

　ベルガモットはそっけなく返す。

「……理由はどうでもいいのか」

「いずれにしろ、なかったことになっているのではないか？」

　「ああ」とアルフレードは返答した。

「そうみたいだな。何人かの者に聞いたが、私の死因じたい記憶がみなバラバラだ」

「そして、おまえの記憶もない」

　ベルガモットが、こちらを指さす。

「そうだな」　

「非常にうるわしい決闘であったのにのう」

　ベルガモットが背もたれに身体をあずけてため息をつく。

「ナザリオは、きみを介入させるためにわざと決闘という形をとったわけではないのか」

　ベルガモットは上目遣いでこちらを見た。

「先日、決闘ならきみが食いついてくると思ったとか何とか」

「ただの嫌がらせ趣味であろう」

　ベルガモットが、フンと鼻を鳴らす。

「何か明確な目的があるのではないか？」

「例えば？」

「例えば……きみと接触して蘇生するのが目的だとか」

「ムリだな。時間が経ちすぎている。やつもおそらく分かっている」

　ベルガモットが肩をすくめる。

「時間が経つとムリなのか」

「肉体の再生に手間がかかる」

　ベルガモットが肘(ひじ)かけに頬杖をつく。

「あの者はそこまで手間をかけて蘇生させる価値もない。わたしは頼まれてもやらんぞ」

　ベルガモットは言った。

「冥王というのは蘇生はできないのか？」

　ベルガモットの表情が不愉快そうに歪む。

「もちろんできる。やろうと思えばな」

「ではきみを通して、冥王と接触しようとしたのでは」

　アルフレードそう問うた。

「冥王に蘇生をたのむのか？　ますますムリだな」

　ベルガモットが優美な手をひらひらと振る。

「そうか。やはり冥王とは、きみよりもずっと世の理(ことわり)に厳しい存在なのか……」

　アルフレードは厳粛な気持ちでうなずいた。　

　おとぎばなしに疎(うと)いアルフレードでも、神話の冥王くらいは伝え聞いている。

　厳つく重々しく、堂々たる闇の管理者というイメージだ。

「どこの伝承のとらえ方で言っておる。逆だ。やつは好みでしか動かん」

　ベルガモットが非常に不愉快そうな顔をする。

「じつに身勝手なやつで、自分の好き嫌いでしか判断せん。この上なく我儘(わがまま)きわまるやつだ」

　アルフレードは眉間にしわをよせた。

　それは、目の前の死の精霊とどう違うのだ。

「冥王の話などしたら、気分が悪くなってきたわ」

　ベルガモットが吐き捨てる。よほど仲が悪いのか。

　蘇生の交渉云々という話を聞いた時点では、もう少し懇意(こんい)なのかと思っていたが。

「そうだ、得意のウィーン風ワルツを踊ってくれぬか」

　ベルガモットがそう話を変える。

「は？」

「得意であろう？」

「得意というか、たしなみだからな」

　アルフレードは怪訝(けげん)に思った。彼女と出逢ったのはつい先日のはずだが、どこで得意なのだと知ったのか。

「はよう」

　ベルガモットが無邪気に笑む。

「曲の演奏もなしにか」　

「なくてはいけないのか？」

　ベルガモットが、スッと宙を見上げる。

　白銀の髪の女性が空中から現れ、首を左右にふった。

「演奏はムリか」

「配下に無茶ばかりいうものではない」

　アルフレードは眉をよせた。

「それで。相手はきみがしてくれるのか？」　

「なぜわたしがダンスなど」

「では配下の女性のどなたかがお相手してくださるのか？」

「配下の手など握ったら殺すぞ」

　アルフレードはこめかみをおさえた。

「……一人で踊れというのか」

「よいではないか」

「そんな道化みたいな真似ができるか」

「あれもできない、これもできない、おまえも我儘(わがまま)なやつだのう」

　ベルガモットがため息をつく。

「まあ、今日はもうよい。つまらん女もそろそろ帰ったであろうから、おまえも帰ってよいぞ」

　何の目的で呼んでいるのだ。

　アルフレードはもういちど眉間にしわをよせた。