Castello degli inferi. 冥界の城
連れられてきたのは、異界の暗い森だった。
月も星もないうす暗い空。長い雲がゆっくりと渦巻き、空に薄墨色のマーブル模様を作っている。
あたりは怖いほどに静かで、音が存在しないのかと思うほどだ。
草の香りも土の匂いもない森に、アルフレードは違和感を覚えた。
「……中庭から一瞬で来るのは、どういう理屈だ」
前方を歩くベルガモットに問う。
「おまえに太古の世界の成りたちを説明しても納得はできんだろうし、粒子だの電子を帯びた最小のものがどうと言ってもどうせ分からんだろう」
「は？」
「よい。魔法かなにかだと思っておけ」
ベルガモットはふり向きもせずそう返した。
「ここはどこだ」
アルフレードは尋ねた。
「あの世とこの世の狭間だ」
「煉獄か？」
「好きなように呼んだらいい」
ときおり木々がゆれるが、風はない。
地上の自然現象を、上っ面だけまねているような妙な感じだ。
太陽もない。
光源はどこなのだ。
前方にかかっていた霞が晴れ、巨大な城のシルエットが現れた。
近づくと前時代的な城だと分かる。
城が要塞の役割をしていた時代の厳つい古城という感じだ。
「入れ。ゆるす」
ベルガモットが、城門に続く跳ね橋のまえで告げる。
アルフレードは城を見上げた。
城の壁面は、びっしりと蔓でおおわれている。ところどころに大きな赤い花が咲いていた。
「きみの居城か？ 何とまあ、イメージにぴったりだな」
「おまえのイメージなど知らん」
ベルガモットは先に跳ね橋を渡った。
あとをついて跳ね橋をわたり門をくぐると、真っ暗い通路が遠くまで伸びている。
戸惑ったが、こんなところで置いていかれても困る。
ベルガモットの靴音を早足で追う。
白く光る女性が、エスコートするようにアルフレードの手を取った。
造形の整った顔立ち、足元までのびた白銀の髪。
ベルガモットも凄絶な美しさではあるが、この女性と比べると雰囲気にだいぶ人間くささがあることに気づいた。
「ありがとう」
アルフレードは光る女性にとりあえず礼を述べた。
「礼などいちいち言わなくてよろしい」
ベルガモットが先を歩きながら刺々しい口調で言う。
「彼女はきみの配下か何かか？」
「そうだ」
「下の者への気づかいは必要だろう」
アルフレードはそう返した。
「おまえも仕えている者に傲慢に接しているではないか」
「そんなつもりはない」
アルフレードは眉をひそめた。
「というか、どこからか見てでもいたのか、きみは」
前方から光が射しこんだ。
広々とした庭にでる。
うすくやわらかな光が射していた。
豊かに生い茂った木々。足元の草原には、淡い色の小さな花が咲いている。
あの世だの煉獄だのいわれた割には、明るくのんびりとした光景にアルフレードは驚いた。
ベルガモットの歩いて行く方向にそって、何人もの白い女性が空中から現れる。
白いドレスをからげてうやうやしく礼をした。
手を引いてくれた女性がいつの間にか消えていたことに気づく。
礼をしている女性たちのなかに混じったのかもしれないが、みな同じ容姿をしているので区別がつかない。
「配下の精霊どもだ」
ベルガモットが紹介する。
「美しい者ばかりであろう」
「そうだな」
アルフレードはそう返事をした。
ふん、とベルガモットが吐き捨てる。
「女たらしが。手を出したら殺すぞ」
どういう意味だ。
アルフレードは目を丸くしてベルガモットのうしろ姿を見た。
