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状態変化同好会 活動記録

“今度こそ”状態変化同好会の会員が強制変身アプリを使って同級生を変身させたかったという話

作者: こす森キッド



──ある日の放課後。


 チョメスケとミッチーが状態変化同好会の活動場所である空き教室にてミーティングをしていた時のことだった。

「そうそう!私こないだね、とんでもないことに気づいてしまったんだよ!」

 コーヒーブレイクの雑談中、ミッチーは不意に何かを思い出したようで、得意げにこう話し始めた。艶のあるミディアムショートの黒髪がサラリと揺れ、第一ボタンまでキチンと閉めた白ブラウスの上から若葉色のカーディガンを羽織った身を机の上に乗り出して、熱っぽくチョメスケに喋り出す。一体何に気づいたのかと、チョメも気になって先を促す。

「あるSNSを眺めてた時にね、こんなハッシュタグを見つけたんだよ。“# 作家は経験したことしか書けない”って」

 ほうほう、とチョメは相槌を打つ。そのハッシュタグは自分でも見かけたことがあったのだ。所謂創作論に関する話題としてバズっていたようで、そのタグの検索画面に飛んでみると、“経験と体験は違う”というような真面目な議論から、“そうそう俺も一冊書き上げるために館を建てて殺人事件起こすの大変だったんだよね”という大喜利まで、種々雑多な投稿が飛び交いタイムラインを賑わせていたのだった。そのタグがどうかしたのだろうか。

「もし、そのハッシュタグに書かれている通りだとしたらさ、世の中に存在する状態変化作品は全部、その作者さんが実際に経験した出来事ってことになるのかな!?

 それが本当だとしたら、私もいつか、◯◯に変身させられたり◆◆に改造されちゃうような目に遭う可能性があるのかも!!

 その場面を想像するだけで、私はワクワクドキドキしてしょうがないよ〜!

 う〜ん、自分があんな目やこんな目に遭うところを想像するだけで××してくるぅ〜♡」

……どうやらミッチーは、あの手の話題を文字通りの意味として素直に受け取りたがるタイプのようだった。それまでフィクションの中だけの話だと思っていた情景の数々が、実は自分の手も届くような現実世界の出来事だったかもしれないという可能性を幻視しているのだろう。自分の身体を両腕で抱き、そのしなやかな肢体をクネクネさせながら、一人脳内で悦に浸っている様子だった。だらしなく緩んだその口角からは涎が溢れかけている。とても他のクラスメイトにはお見せできないような顔をしている。


 彼女は、趣味嗜好こそ尖っているものの、こう見えて状態変化愛好家であることを自覚するようになったのはつい最近のことなのである。状態変化に限らず、創作活動全般について興味を持ち始めて自ら投稿サイトを閲覧するようになってからも日が浅い。それ故におそらく、妄想と現実を区別する理性が、その豊かなイマジネーションの初期衝動に追いついていないのだ。しばらくはこのまま楽しませておいて良い気もするが……。最低限の分別はつくように導いてやらなければ、学校生活の中で悪目立ちをしてしまい、同好会の活動に支障をきたす恐れもある。


 どのみち彼女も、遅かれ早かれ現実を知り、どこまでいっても空想は空想に過ぎないのだという深い喪失感に直面することになる。──ならばせめて、その機会を与える役割は、同志である自分が引き受けよう。チョメスケはそう覚悟を決める。辛いことではあるが、その現実を受け入れてこそ、状態変化愛好家としても一皮剥けることができるのだと彼は信じているからだ。

 ミッチーが座る席の向かい側、チョメスケは背筋を伸ばして居住まいを正し、真剣な表情を作って彼女の方へ向き直る。

「ミッチー、どうか落ち着いて聞いてくれ……。その件について、非常に残念なお知らせがある」

 彼の佇まい、そこに漂うただならぬ雰囲気を感じ取り、ミッチーも姿勢を正して彼の言葉を待つ。

 室内の空気がピンと張り詰める。オレンジ色の西日が、窓の向こうから二人を照らし出す。



 彼は一呼吸置いてから、ゆっくりと、彼女にこう語りかけた。

「この世に存在する数々の状態変化作品……、その九割は偽物なんだ」

「ガーン!!」

 彼女はその言葉を聞いて、ショックのあまり、新◯さんいらっしゃいの時の桂◯枝と同じぐらいの勢いで椅子から転げ落ち、危うく失神しかけていたのだった……。



✳︎



──そのまた数日後のこと。


「や、やったー!ついにできたぞー!」

 チョメスケは歓喜に打ち震えていた。ついに、自ら開発した強制変身アプリのインストールが完了したのだ。

 先日ミッチーと二人で状態変化のロールプレイという名の茶番を繰り広げた際に使った私製のアプリは、それっぽい文字列やアニメーションを表示するだけのフェイクであった。しかし、あれからさらに催眠術やプログラミングに関する研究を重ねた末、なんやかんやで強制変身アプリは実際に作れるっぽいことが分かってきたのだ。Sw◯ftだとかPyth◯nだとか、図書館で専門書を借りてきて、寝る間も惜しんで勉強した甲斐があった……!これが本当のDXデジタルトランスフォーメーションや……!そして今、その改良型の強制変身アプリのインストールが完了したスマホが、彼の目の前にはある。

 こうなったらもう、やるべきことはただ一つだった。クラスのマドンナ、みんなのアイドル、ひいては学校一の美少女、あのミッチーちゃんを今度こそあんな姿やこんな姿に強制変身させるしかあるまい!チョメスケは高揚感に打ち震えていた。


 ミッチーは、チョメスケと同じクラスに通う女子生徒で、また現在はチョメスケとともに状態変化同好会に所属する会員でもある。明るくてノリが良い性格と溌剌な所作、端麗な容姿とメリハリのあるナイスバディによって学年内でも抜群の存在感を放つ好人物で、状態変化同好会などという得体の知れないサークルに所属しているというミステリアスさすらも追い風に変え、校内における彼女の人気は今も右肩上がりの軌道を描いている。制服のブラウスの上からいつも羽織っているカーディガンの若葉色は、学年内では今や彼女のトレードマークとして認知されつつあった。

 そんな、一見寸分の隙もない完璧な女子生徒に見えるミッチーだが、実は限られた相手にしか教えられないようなとんでもない秘密を抱えていた。ミッチーが入る前から同好会の唯一の会員であったチョメスケだけが、クラスメイトの中で唯一人その秘密、彼女の本性を知っている。

 実は彼女の本性とは……、状態変化をこよなく愛する“上級者“なのだった!

 気まぐれな陽キャが冷やかしで入会してきただけだろう……という当初の予想とは裏腹に、彼は彼女と交わした最初のブレインストーミングの段階で早くもその嗜好の早熟さ、広さと深さに勘付いていた。誰かが変身させられるシチュは勿論のこと、自分自身が強制変身させられるパターンでもイケる、“両刀使い”であるらしいことも判明し、そのヘキの底は未だ見えていない。

 では、その願望を叶えてやろうではないか!この前僕も彼女によって、活動日誌にさえ記せないレベルのとんでもなく酷い格好をいくつもさせられたからな……、その仕返しも兼ねて、今日は好き放題やってやる!チョメスケはそう思いながら同好会の活動場所である空き教室に向かい、ミッチーを待ち構えていた。



✳︎



「きゃー!な、何よこれー!?

 わ、私の身体が今度こそ本当に箱化してるー!?」

 意識が戻った時、ミッチーは自分の身体が巨大な箱へと変貌していることに気が付いた。ホームセンターで買ってきた白ダンボールを上から塗料で塗りたくっただけのチープなものだった前回のそれとは異なり、彼女がいつも羽織っているカーディガンと同じ若葉色の布生地で全体が覆われていて、いかにも彼女自身の身体が変化させられた風な見た目になっている。またその正面には、彼女の顔のカラーコピーを貼り付けていただけの前回とは様変わりして、実際に彼女の顔から型取りして作られたかのような白いライフマスクが浮かび上がっている。

「フッフッフ、気が付いたようだね、ミッチーちゃん?」

 箱全体がゴトゴトと震えている様子を眺めながら、チョメスケはニヤニヤと薄ら笑いを浮かべていた。

「チョメスケ君!また私をこんな恥ずかしい姿に変えるなんて、今度という今度は許さないんだから!」

「フッフッフ……。口ではそう言いつつ、本当はミッチーちゃん自身もそんなふうな姿に変えられることを待ち望んでるって、僕は知ってるんだからね〜?」

「……っ!そんなことっ、ないっ……!」

「だったら、今から同じクラスの誰かをここに連れて来て、その姿を見せてあげようか?

 そしたら、『私、こんな変わり果てた姿に変えられちゃった!』って言って助けを求められるもんね?」

「くっ………………」

 クラスメイトにこの姿を目撃されるところを想像し、恥ずかしさのあまりそれ以上言い返せなくなったミッチーはそのまま黙り込んでしまう。チョメスケはその箱の表面、若葉色の生地で覆われた角をスリスリと勿体振った手つきで撫でてやる。

「そうそう、物品は物品らしく、そんな風に黙って大人しくしてないとね?

 という訳で、今日のラインナップ、いってみよう!」



1.蛇化



「まずは蛇化から見てみよう」

 チョメスケがアプリ上で蛇化モードのボタンを押すと、若葉色の箱の中からゴソゴソとした物音が聞こえ始めた。しばらくしてその物音が止んだかと思うと、箱の側面がパカッと開き、その中から、身体の首より下が蛇のように一纏まりの形状になったミッチーがシュルシュルと這って出てきた。

「ぎゃー!私の身体、蛇になってるー!?」

「おおっ、動きが本物の蛇みたい」

 今のミッチーの身体は、頭部は人間の時のままであるものの、首より下はそのスリムな肢体を若葉色の皮膜に覆われて縛り上げられているような、細長い形になっている。その鱗に覆われた手足のない若葉色の身体をクネクネとうねらせて、文字通り蛇行しながら床を這い移動している。流石の適応力!まるで本物の蛇を思わせるような彼女の動きに、チョメスケは早くも感心が隠せずにいた。そんな風にすっかり蛇と化した身体の躍動の中で、人間の姿のままである頭部が奇妙に浮いてしまっているが、そのギャップが却ってコケティッシュに感じられる。ミディアムショートの髪先が床を掠めそうなギリギリの高度をキープしたまま、器用にスラロームし続けている。


 さて、これだけでも既になかなか良いものを見れたなという満足感があるのだが、今回はこれだけではない。

 アプリの蛇化モードの画面をスクロールしていくと、もう一個『進化』というボタンが現れる。なんと、このボタンを押すことによって、蛇化した身体がさらに進化して、また違った姿形へと変化するのだそうだ。

 おいおい、進化することによって姿形が変わるだって?

 ポ○モンじゃあ、ないんだぜ?

「ポチッとな」

 チョメスケは迷わずそのボタンを押してしまう。彼女の身体がアプリからの命令を受信したように、反応が返ってくる。

「キャッ!また、私の身体に何か異変が……!?」

 そう言いながら、ミッチーは若葉色の箱の側面、パカッと開いたその中に身体を引っ込め始めた。細長い尻尾は箱の外に出したまま、上半身だけを箱の中にすっぽり仕舞い込む。頭隠して尻隠さず……。そして箱の中から、ゴソゴソと物音がし始めた。進化による身体変化が始まったのだ。

「……おや!?ミッチーの様子が……!」

 箱の中から彼女が自らナレーションを当てる声が聞こえてきたので、じゃあ効果音はこっちが付けてやろうということで、チョメは「テン↓テン↑テン↓テン↑テン↓テン↑テン↓♪」とBGMを歌い続ける。

 が、上半身だけを箱の中に引っ込めているせいだろうか、進化には思ったより時間がかかっているようだった。チョメはだんだん息苦しくなってきて、所々BGMが途切れてしまう。それに気付いたのか、なるべく早く終えようと、箱の中から聞こえてくるゴソゴソとした進化の物音が慌ただしくなった気がした。箱から飛び出ている若葉色の尻尾もピクンピクンと波打っている。

「テレレレレン↑♪」

 やがて、SEを自分で呟きながら、ミッチーが箱の中から身体を引っ張り出してきた。おっ、金銀世代だったのか……。

「テレテテレレレン♪ミッチーはキングミッチーに進化した!」

 そう口ずさみつつ、進化を終えた身体を見せてくる。♀なのに“キング”なのか……とチョメは一瞬思ったが、よく考えたらキングコブラにも♀はいるのでそんなにおかしいことは言ってないことに気づく。日頃の行い……。


 さて、キングミッチーとなった彼女の上半身には、人間の姿の時と同じように両腕が生えていた。蛇の尻尾と人型の身体との境目になっている下腹部辺りから、指先や首元までをピタッと包み込むタイツを着込んでいるような見た目をしていて、浮かび上がったそのしなやかな身体のラインから一瞬ボディペイントなのかと見紛うほどだった。表面には本物の蛇を思わせる鱗模様が入っていて、身体の背中側の鱗はいつものカーディガンと同じ若葉色の中に時折濃い緑色が縞模様を作るように差し入り、腹側の鱗は普段の彼女の地肌に似た白っぽい色をしている。その配色がまた、いかにも爬虫類っぽい雰囲気を補完していた。そんな腹側の白色越しに浮かぶ彼女の胸の丸みが、鱗の上からでもその形の良さをふっくらと主張しているのが見てとれる。

 そこから上、頭部の方へ視線を上げていくと、鎖骨の形が浮かぶ華奢な肩周りから後頭部と上頭部、前髪に至るまでをすっぽりと包み込む若葉色の大きなフードを被ったような見た目をしている。全体像の中でもシルエットがふわりと膨らんだこの頭部は、コブラと呼ばれる種類の蛇、その平べったい頭の形状を彷彿させる。また、頭部の形をすっぽりと覆い隠すそのシルエットは、どこかアラブ圏の女性が身につけていそうな衣装の雰囲気に少し似ている気がした。その大きなフードについてもやはり、背中側が若葉色の鱗、腹側が白色の鱗によって覆われているのだが、もう一つ注目すべき部分として、背中側には若葉色の鱗の上から、大きく赤色のリボンのような模様が描かれているのだった。これは、普段彼女が制服のブラウスの胸元に結んでいるリボンを表現しているようである。

 フードの内側に目を向けると、基本的に人間の姿の時と同じような、目鼻立ちの整った彼女の顔そのままである。ただ、その中でもパッチリと開いた両目に注目してみると、まるでカラーコンタクトを入れているかのように、若葉色に染まった瞳の真ん中、縦長のスリット状になった真っ黒な瞳孔がパックリと浮かんでいる。そのいかにも爬虫類然とした目つきに、一瞬ドキッとしてしまう。また、口の中を見てみると、人間の姿の時よりも上下四本の犬歯が鋭く尖り、その先端がそれぞれ唇から顔を出していた。舌の形状は流石に人間のそれのままのようで、チョメは彼女の舌が本物の蛇のように二股に細長く分かれていないことを確認し、内心ホッとしているのだった。


 こんな感じで、彼女の進化は完了したのだった。一度首下を蛇化させられた身体が、コブラの獣人のごとき姿へとさらに二段変身を遂げたのである。

「シュルルルル……、キングミッチーは猛毒を持っている上、非常に凶暴なのだ……!

 油断していると、獲物を全身丸ごと飲み込んでしまうぞ……!」

 身体の前で物々しく両腕を組み、下半身に繋がる尻尾で床をピシピシと叩きながら、チョメに対しても威嚇をしてくる。ムニッと浮かんだ両胸の膨らみの間を自分の人差し指で下へツツーッとなぞり、全身を丸呑みにされる想像を嫌でも掻き立ててくる。

 目を離したらやられる……!そう思って、チョメも身構える。

 それにしても、蛇化から丸呑みへと発想を繋げられるとは、流石ミッチーだ。目の付け所が鋭い。この驚くべき成長スピード。

 世の中興奮することは一杯あるけれども、特に興奮するのは、蛇化させられた人間が自分の中に新たに芽生えた本能を抑えきれずに本物の蛇みたく“獲物”を丸呑みしてしまうというシチュエーションだろう。

 『あれっ、昨日の夜まで確かに人間の女の子だったはずなのに、いつの間にか蛇になって人ひとり丸呑みしてお腹が膨らんでるな。興奮してきたな?』という具合である。

 そんなことを思いつつ、ミッチーは常に手加減のない求道者であることを忘れてはならない。下手したら、ガチで一度丸呑みしてみようとトライしてきかねない。どこまでやれるのかとことん突き詰める、そういう危うい雰囲気を持った奴である。

 視線を逸らさないようにしながら、じっと後退りして相手の出方を窺う。空気が張り詰めて、室内がシンと静まり返る。


 と、その時だった。白色の鱗越しにおへそが浮かんでいるあたりから、『ニョォーン』という彼女のお腹が鳴る音が聞こえてきたのだった。色白な彼女の顔が、ほんのりと朱色に染まる。……どうやら、本当に腹ペコ状態だったようだ。

「……カ◯リーメイト持ってきてるから、一緒に食べる?」

「………………食べる」

 チョメからの提案に、ミッチーも恥ずかしそうにポソッと同意する。

 その一転しおらしい様子が彼の中の何かをくすぐってしまったのだろうか、よせばいいのに、チョメスケはもう一言彼女をからかいたくなってしまった。

「でも、ミッチーはいつも食いしん坊だから、僕まで食べられないように気をつけないとなー?」

「…………本当に襲い掛かるよ?」

 パックリ開いた瞳孔で睨みながら、ドスの効いた声で脅かしてきた。

 おーこわっ!

 どうやら藪蛇だったようだ。



2.ピラミッド化



 チョメスケが、若葉色の箱の中からピラミッド型に変化したミッチーの身体を引っ張り出す。

「うっひゃー!私の身体、ピラミッドになっちゃってるっ!」

 ピラミッド型に変形したミッチーが、その場でビタンビタンと跳ねてみせる。

 彼女の身体は、人間大の四角錐に変貌していた。全身がいつものカーディガンと同じ若葉色一色に染まっている。その正面の頂点に近い箇所に丸い穴が一つ空いていて、そこから顔はめパネルから覗いた時のように、ムニュっと彼女の顔が生えている。前髪のような遮蔽物もなく、その表情が露わになっていた。

 その少し下、制服姿であれば首元に相当する辺り、普段制服のブラウスに結んでいるリボンが、変化せずにそのままピラミッドの表面にちょこんとくっついている。そのリボンの赤色が若葉色の全体像の中で鮮やかに浮かんで見える。


 ただ、問題なのはその下、制服姿であれば胸の部分に当たるところ、人間の姿の時と同じように二つの柔らかそうな膨らみがピラミッドの表面にふっくらと浮かんでしまっているのが分かる。

「………………」

 チョメとしては、案の定だと内心思いながら、それを眺めていた。前回球体化において綺麗な球体の形を再現できずに終わった時と同様、ミッチーのメリハリのある身体つきがまたしても裏目に出てしまっているのだった。本来直線のみで構成される四角錐であるはずのピラミッド型の中で、その正面の胸部に当たるところだけ、人間であった時の名残を隠せずに、二つの半球状の膨らみがプックリと浮かんでしまっているのである。

「……………………」

 チョメの視線に気づいたミッチーも、もっと上手くやれるはずだったとでも言いたげに、ムスッとして黙りこくってしまった。蔭になるような遮蔽物がない分、彼女の表情が明らかに不機嫌そうな色を浮かべているのがよく見えた。


「うーん……。可愛いんだけど、やっぱりピラミッドとしては落第かなぁ……。そんな丸っこいピラミッドなんか見たことがないし……。

 ……ん?」

 チョメスケがまだ感想を述べている最中、何やらミッチーのピラミッドがガタガタと動き始めていた。

 また何か変化が起ころうとしているのかと思って見ていると、彼女のその四角錐の身体から、若葉色の全身タイツを指先まで着込んだような両手両足が、急にニョキッと生えてきた。ピラミッドの両側面に弁を開くような形で穴が空き、そこから両腕が現れる。同時、底面にも両脚がニュッと生え、ピラミッド型の身体がそのまま垂直方向に立ち上がる。


 こんな具合で、若葉色のピラミッドから人間の顔と手足だけが生えたような姿になったミッチーが、不機嫌な表情で黙りこくったまま、徐にチョメスケのことを追いかけ始めた。ゴールキーパーみたく両腕をガバッと広げて、獲物の動線を遮りながら迫ってくる。

「うおっ!?怖い!

 その格好で無言で追いかけてくるの、なんか怖い!

 せめて、せめて何か喋って!」

 そう訴えながら、ピラミッド化した女の子に教室の隅に追い詰められるという、文明史上なかなか類い稀な経験をしたチョメスケであった。

 この経験をいつか小説に書く日が来るのかもしれない。



3.家化



「じゃーん!ミッチーハウスへようこそー♪」

 アプリ上で家化のボタンを押して、しばらく箱の中からゴソゴソとした物音が聞こえてきた後、箱の中から家化した姿のミッチーが飛び出してきた。

 その姿は、本物の家を再現したというよりは、どちらかというと『住宅を女の子の姿形に擬人化した』と表現した方が適切かもしれない。


 具体的に説明すると、彼女は今、パッと見では学校指定の丸首体操服を身に纏ったような姿をしている。その体操服の所々に、人間が住む家屋を思わせるような意匠が組み込まれているような、そんな格好をしていた。

 首と両袖の計三箇所に緩み防止のための赤い縁取りが施された純白の生地の丸首に、赤いショートパンツを履いた体操服姿。大まかな見た目は普段とさほど変わらないのだが、いつもとは異なり丸首の裾周りを内側に折り返さずにゆったりと伸ばしたままに着ており、ショートパンツ越しのお尻の丸みがその半分くらいまで丸首の白い生地によって包み隠されている。そんな風にふんわりと着込んだ丸首の正面、いつもなら胸部全面を覆うような形で大きな名札が縫い付けられているはずの箇所を見ると、十字型のアルミ格子が入ったガラス窓が据え付けられている。本来平面型の角張った形に作られている格子と女の子の胸の丸みというものとは形状が全く異なり、相容れないもの同士であるはずだったが、今ミッチーの胸に付いている格子はガラス面との間に多少の厚みを持たせた作りのようで、サッシの成形を工夫しつつその格子とガラスとの間の空間に上手いこと胸の丸みを収納することによって、丁度良く彼女の身体にフィットしているようだった。

 また下腹部の方に目を移すと、丸首の裾の蔭からベルトのバックルが覗いているような具合で黒檀色の住宅の玄関の意匠が据え付けられていて、その玄関上の軒を成す屋根の形の流れに沿って、降り積もった雪を思わせるように丸首の裾がゆったりとしな垂れかかっている。足元を見てみると、いつもの白靴下の代わりに灰色の長靴下を履いていて、それが建物の基礎部分を表しているようだった。

 また、彼女の左前腕は赤レンガでできた煙突に変化していて、その見た目は片腕をキャノン砲のような武器に改造したバトル漫画の登場人物みたいな雰囲気がある。ただ、その身体の主がミッチーという女の子であるというギャップが、そのビジュアルにどちらかと言えばキュートさを付与しているように見える。力こぶを作る時のようなポーズで左腕を掲げ、排気口を上に向けている。代わりに右手は腰に添え、姿勢のバランスを取っていた。ただ、ずっと左腕を上げっぱなしにするのはやはりシンドイのか、時折右手を添えた腰をクイクイと左右に揺らして体重移動させて、紛らわせている様子だった。

 加えて、頭には若葉色の瓦が並べられたいかにも和式住居らしい瓦葺き屋根を、帽子のように被っている。


 こんな感じで、苦し紛れな気もするが、とにかく彼女の身体は家化した訳だった。

「どう?家になった私、めっちゃ可愛くない?

 これもしかして、歴史上最も可愛い家なのでは?!」

 右手で下腹部の玄関をポンポンと叩きながら、チョメスケに問いかけてくる。普段人間である時の彼女は『自分自身の容姿が可愛いかどうか』という話はあまりしたがらないのだが、変身している時はそのタガが外れるようで「この格好の私、可愛くない?」とチョメに聞いてくることがあるのだ。テンションが上がっているのか、ライフルで獲物に狙いを定めるように、右手を添えた左手の煙突をこちらに向け、ウインクしながらビシッと決めポーズを取ってくる。

「あーうん、多分そうじゃないかな。めっちゃ可愛いよ!

 可愛さ部門だったらダントツじゃないかな?」

 そう感想を伝えると、彼女はご満悦そうな表情で「えへへー♪」と瓦葺きの頭を右手で掻く。

 ツッコミを入れようと思えばいくらでも入れられそうなおかしなやり取りなのだが、それ以上にあくまでも自分のことを“家”だと言い張り続けるミッチーのはしゃぎ方が面白すぎて、彼は細かいことなどはもうどうでも良くなってしまった。建築基準法も景品表示法も、この無敵っぷりの前では道理が引っ込んでしまう可能性がワンチャンある。


 同意が得られていよいよ機嫌を良くしたのだろう、ニヤリとした表情で下腹部の玄関のドアを自らの右手でカチャリと開けながら、チョメを誘うような口振りで彼女はこう囁きかけてくる。

「どう?折角だから、私の中にお邪魔していく……?」

「……オウフ!」

 その声の響きがあまりに蠱惑的過ぎて、瞬間チョメスケは彼女の前から二歩ほどヒョイと飛び退いた。ただでさえいつもは女子と接する機会が疎い学校生活を送っているので、含みを感じさせるその言い回しは免疫のない彼には刺激が強過ぎたのだ。状態変化を愛する同志だと思っているからこそ普段自然に接することができているというのに、こんな急にドキッとさせてきて、もし勘違いしてしまって君にガチ恋しちゃったらどうするんだい!?そんな風に考えながら、チョメはミッチーに睨むような視線を送る。

 その様子を見たミッチーは、何か変なことを言っただろうかと不思議そうな表情をしている。もしかして天然のタラシなのか、この人は……?陽の者、恐るべし……。

「いやぁ、そういう下ネタっぽいのはちょっと……」

 チョメスケは悔し紛れにこんなことを口にする。しかしそれを聞いても彼女はあまりピンときてない様子で、不思議そうに聞き返す。

「……この程度の台詞で下ネタになるの?」

 それは……実際どうなんだろうなぁ……。状態変化という、もしかしなくてもアブノーマルな特殊嗜好の話を日常的に繰り広げているせいで、そもそも一般的な判断基準がどのようなものだったか、だんだん分からなくなりつつあるチョメスケなのだった。

「だって、今の私って家なんだし、体内に人間をお招きするのも、別におかしくはないんじゃない?」

 ミッチーのその反論も、尤もであるように聞こえるが……。

「……んー、まぁ、理屈の上ではそうかもしれないけど。

 ただ、そういう表現だと、万が一何も知らない人に聞かれた時に誤解を生みそうな気が……。

 もう少し、違う言い方にしたほうがいいんじゃないかな?」

 チョメの提案に、ミッチーは顎に右手を当て、眉間に皺を寄せながら考え込む。

「うーん……『私の中に入居してみる?』とか?」

「まぁ、響きが事務的な感じだから、さっきのよりはマシな気がする」

「私の中に定住してみる?」

「うん、そういう方向性で」

「私の中を満たすテナント募集中です!」

「ちょっと揺り戻したねぇ」

「私と一生を添い遂げる契約を結びましょう?」

「別の誤解が生まれそう」

「私の中を宅地開発してみる?」

「わざと言ってます?」

「私の中をテナントで満たして、私との間にもう一軒建てましょう!」

「あーうん、面倒臭いからもうそれでいいや」



4.石膏像化



「きゃー!私の身体、石膏像になっちゃってる!?」

 若葉色の箱の隣、石膏のようなもので固められてしまったような姿のミッチーの身体が鎮座していた。一辺1mぐらいの白い立方体の土台の上に、彼女の上半身、その一糸纏わぬ裸体が生え、全体が引き締まっていると同時に要所要所で嫋やかさを感じさせるそのプロポーションを露わにしていた。まるで、彼女本人の身体から型を取り、その型に石膏を流し込んで、この像を作ったかのような。それくらい、彼女の姿は本物の石膏像そっくりな見た目へと変化していたのだ。そのしなやかな曲線が、カッチカチに固められているはずの肢体の上に、人体らしい柔らかみを印象付けている。両腕を背中側に引っ張られるように反らし、胸を張るような姿勢を取っているそのポーズは、一昔前のロボットアニメなどで取り上げられることのあった生体ユニットの描写を思い起こさせた。ピンと引っ張られた両手の先は、腰よりも後ろ側、白い土台の中に埋まって固定されているようだった。

 全身が若葉色の塗料で塗り固められ、ツヤツヤと輝いていた。その表面の艶かしい人肌の質感とは対照的に、彼女の顔は目を閉じて眠っているような表情のまま固まっていて、人間だった頃のように動く気配はない。

 あられもない姿のまま拘束されるという恥辱の中で唯一かけられた情けであろうか、両胸の先端、本来ついているはずの二つの乳頭がまるで初めから存在しなかったかのようにオミットされていた。双丘の丸みが真珠のようにツルリとして綺麗な半球型を形作り、蛍光灯の光を反射し艶めいていた。


「私をこんな姿にするなんて、絶対に許せない!!今度私が変化させる側になった時、もっと恥ずかしい格好をさせてやる!!」

 ミッチーの声がどこかから聞こえてくる。像の横、若葉色の箱がカタカタと揺れているように見える気がする。

「フッフッフ、良い眺めだねぇ?

 でも、これだけでは終わらないよぉ?

 君の人格を像から吸い出した上に洗脳を施すことによって、僕の思うままに動く操り人形にしてやるのさぁ!」

「や、やめて、チョメスケ君……!

 この上さらにそんな辱めを……!?」

 助けを乞う彼女の声が響くが、チョメは意に介さない。若葉色の箱がガタガタと震える。彼女の声はその中から聞こえてくるようである。

「フッフッフ、そんなこと言ったって今更遅いよぉ?君の魂は既に像となった身体から排出され、その箱の中に閉じ込められているのさ……。

 さぁ、無様に操られて歌って踊る自分を、ただただ呆然と眺めているがいい!

 それでは、洗脳が完了したところで、ミュージックスタート!」

 そう言いながら、チョメスケは箱の横に置いておいたラジカセの再生ボタンを押す。



5.メドレー



 若葉色の石膏像が固唾を飲んで見守る中、ラジカセから、エレキギターとベースとドラム、ロックバンドの演奏する音源が流れ出す。その曲は、BARBEE BOYSの「目を閉じておいでよ」のインストゥルメンタル・バージョンだった。

 再生が始まってからもしばらくは若葉色の箱からゴソゴソと物音が聞こえていたのだが、イントロが終わりに差し掛かる頃にはその物音も鎮まり大人しくなる。

 そして歌入り間際のタイミングで箱の側面がパカっと開き、中からミッチーの姿が現れる。

 本体から吸い出された人格である彼女の姿は、バニーガールの格好へと変身していた。若葉色のバニーガール衣装、大胆なハイレグの肩出しレオタードに身を包み、頭には若葉色のウサギ耳、白いカフスの付け袖と付け襟に、赤い蝶ネクタイを結び、足元には若葉色のハイヒールを履いている。ハイレグからスラリと伸びる脚がヒールをカツカツと鳴らしながら、箱から歩き出てくる。

 そして何故かその手には二本の日本刀を携えていて、鞘からシュルリと引き抜いたそれらを両手に一本ずつ持ち、チョメスケの方を向いてポーズを決める。右手の刀は上段に構えて、左手の刀は逆手に握り、身体の正面に向かって地面と水平方向に構えている。

 そのポーズを維持したまま、真剣な表情で、再生される音源に合わせて原曲の歌詞とは異なる替え歌を彼女は歌い出す。


「状態変化あるあるを聞かせて〜♪

 状態変化あるある聞きたい〜夜〜♪」


 彼女が放つ殺気に押し負けぬよう、相対するチョメスケも真剣な表情を浮かべ、右手に持つスマホの画面を彼女の方へ突き出し見せるようなポーズを取って、男声パートを歌い出す。


「いきなりこんなあるあるは嫌いかい〜♪

 だけど変化あるある早く言いたい〜から〜♪」


 その正面に立つミッチーの方に視線を戻すと、彼女はいつの間にかギャル化した姿に変化している。

 いつもは下ろしている髪をシュシュでまとめてポニーテールにしている。上半身にはわざと普段より小さめサイズのブラウスを着ているようで、それ越しにキュッと締まったボディラインの細さ、柔肌の質感が浮かんで見える。第二ボタンまで開けていて、下着が見えかねないギリギリのラインまではだけた胸がなんとも挑発的である。そして、トレードマークである若葉色のカーディガンを腰に巻き付けて前に結んでいる。折り返されて短くなったスカートをヒラヒラと靡かせていたかと思うと、白靴下をルーズソックスのようにずり下げた右足を掲げて、突然宙に向かってハイキック一閃!その鋭い軌道は、さながら円月殺法である。ミニスカートから長い脚をスラリと伸ばしたギャルは、軒並み足技が強そうに見えるのだ。


「早いとこ♪耳元で⭐︎

 変化あるある♪聞かせてよ♡」


 彼女のハイキックを紙一重のところで躱しながら、チョメは歌を継ぐ。


「そんなあ〜るあ〜る〜♪早く言いたい〜♪」


 そのまま、チョメスケが単独で歌い上げるサビへと突入する。

 その背後には、またしても一瞬のうちにチアリーダーの姿に変身を遂げたミッチーの姿が映る。若葉色のチアユニフォームに身を包み、赤いポンポンを両手で振って、地声よりも高い音域を一生懸命歌うチョメを頑張れ♪頑張れ♪と応援している。


「変化しておいでよ♪早くあるある聞きたいなら〜♪

 ほら、いつもを凌ぐ♪変化あるある言いたいから〜♪」


 次の瞬間、既にミッチーはニワトリに変身している。若葉色の雌鶏の顔出し着ぐるみを着込んだような姿となったミッチーが、両脚の間から今ツルンと産み落としたように見える茹でウズラサイズをチョメスケに食べさせようとする。


「ヘフ、ハフフホフヘフ!ハハフヘフヘフ、へへヒハフハフ〜!

 ──モグモグモグ、ゴクン。

 ほら淫らな夢で♪変化あるある聞かせるから〜♪」


 二人が各々自由な決めポーズを取っていると、空き教室のドアがガラガラガラ!と音を立てて開く。突然の大きな物音に、二人とも思わず驚きの声を上げる。


「「ひゃああああ?!!」」

「うるさいんじゃお前ら!!

 あと、状態変化あるある早く言えよ!!」

 開いたドアの隙間から、見回りに来ていた小林教諭が顔を覗かせた。フルコーラスが終わるまで待てなかったようである。


「あっ、はい……。

 えー、状態変化あるある……、想像力たくまし過ぎて足元に大きな魔法陣が浮かんでる描写だけでご飯三杯イケる……」



おわり

二人が可愛かったので頑張ってアイデア絞り出して書きました。

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