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第05話 予想的中

 探りを入れるかのような問いかけ。


 それまでの恭しい口調が崩れてどこか男勝りな印象の物言いになっていたが、本人がそのことに気がついた素振りは見受けられない。


 おおかた内心焦っており、それどころではないからだろう。


 つまり――私の予想は的中したということね。

 まあ元から確信はあったのだけれど。


 とりあえずこの張り詰めた雰囲気を弛緩させるためにも、彼女の問いに答えることにした。


「ええ、もちろん。ですが今の私は貴方も知っての通り殿下とはなんの関係もないただの公爵令嬢です。だから貴方の邪魔をするつもりはないのでどうぞお好きになさってください。なにがあったとしても()()()()()()を貫きますから。それと、すっかり言葉遣いが乱れていますよ?」


 私の指摘にしまった! という表情を浮かべたロゼッタは慌ててそれまでのお嬢様然とした態度を取り繕う。

 まあ器用ね。人間は虚を衝かれた時にこそ素が出てしまうものだけど、すぐに脱ぎ捨てた仮面を取り繕うとする姿勢は大事。


「……っ、その通告に一切の嘘はありませんわねカムシール様?」


 その様子がなんだか微笑ましいものに思えて、初めてロゼッタに人間味と親近感を覚える。

 だから不安であろう彼女を安心させるためにも改めて念を押しておこうかしら。


「誓って貴方の正体ことを誰かに話したりしません。これは()()のお守りから解放された私なりの()()だとでも思ってくださいな」


 だけど、ただ伝えても面白くない。

 まるで暗号のようにこれまた言葉の裏に真意を混ぜて言う。

 先ほどの意味を理解したのだから、これで相手にも伝わるはずだと。


 案の定、暗愚が果たして誰のことを指しているのかすぐに理解したロゼッタは目を細めた。


「――ああ、つまり()()()()()()なのですわね。でしたらわたくしも遠慮なく、そちらのご厚意に甘えさせていただきますわ」


 頷き、それから少しばかりの沈黙が流れる。

 気分はまるで共犯者のよう。

 ああなんだか、気分が高揚してきたわ。


「うふふふふ」


 やがてどちらからともなく相好を崩し、互いに笑い合う私たち。


 このような形の出会いでなければもしかしたら無二の親友になっていたかもしれないと、そんな風にすら思える。

 だって元々ロゼッタに対し、敵意を持っているわけではないのだから。


 むしろあの容姿のように生まれ持ったものだけに頼らず、必要とあらば素の自分とまるで異なる人物を演じきろうとする彼女の気概にはある種の好意すら抱くほど。


「なんなのだお前たち二人して余に伝わらぬ話をしおってからに! カムシール、貴様ももうよいであろう! 余とロゼッタは忙しいのだ!」


 だがこの場で行われた秘密のやりとりに理解が追いつかない愚かな男が一人、焦れたように声を荒げた。


 そんなに忙しさをアピールするほど意中の相手と二人きりになりたいようだから、彼をこれ以上お引き止めするのも可哀想ね。


 まあ私も私で、これ以上無駄話を続けるつもりはない。

 なにより、忙しいのはお互い様。もちろんその意味は双方ともに違うのだけれど。


「おや、申し訳ございません殿下。ただいま話も終わりましたので、愛しのロゼッタさんを殿下にお返しいたします」

「ふん、まったく余計な時間を取らせおって」

「それではごきげんようカムシール様。これからのことはどうぞすべてお任せくださいませ。決着は今宵にもつきましょう」


 ロゼッタは優雅な所作でカーテシーを一つ私に行ってから、隣へと顔を向ける。

 

「では参りましょうか、ルブランテ様」

「うむ、そうだな!」


 再びルブランテの腕を取ると、胸にかき抱いて仲睦まじい様子で部屋を出ていった。

 その姿を静かに見送ったあとで私は「ふぅ」と浅くため息をついた。


「決着は今宵、ね。今日まで本当に長かったわ」


 これからなにが行われるとも知らず、別れ際に見た元婚約者の男は柔和な笑みを浮かべていた。


 かつては己の運命を受け入れ、形だけの婚約者であろうともルブランテから愛される努力をしてきたこともある。


 けれども結局は一度として引き出すことのできなかった彼のその表情に、一瞬だけ複雑な感情を抱く。もっとも、愛惜の類ではないけれど。


 ……そうね、喪失感が一番近いかしら。


 なにせあの時の努力はすべて水の泡となったのだから。


 でも今となってはもはやどうでもいいこと。 


 だってそうでしょう? 私は晴れて自由の身になれたのだから。

 そしてそれを望んだのも、選んだのも向こう。

 だから。


「せめてその時まで楽しい夜になると良いですね殿下、……いえルブランテ」


 自分以外誰もいなくなった部屋で独りごちる。


 響く声は自分でも驚くほど平坦で、つぶやいた内容とは裏腹に一種の憐れみすら感じさせた。

 

 ――愚かな王太子(ルブランテ)は気づかない。


 貴方自身が婚約者(わたし)を捨てたのではなく、婚約者わたしから()()()()()()ということを。


 我が身に迫る残酷な運命から唯一助かることができた選択肢ルートを自ら潰したのだとは、やはり最後まで本人が気づくことはなかった。


 ゆえに彼にとっては救いの手となったであろうある一言を、あえて私は口にしなかった。

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