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第04話 元婚約者

「嬉しく存じますわ、ルブランテ様。わたくし、この時をずっと心待ちにしておりましたのよ」

「ははは、そうかそうか、本当に可愛いやつだなロゼッタは、……むっ?」


 ロゼッタはしなだれかかるようにルブランテの腕を取ると、たわわに実った胸元をわざとらしく押し付けてみせた。


「こらこら、そう(はや)るな。心配せずとも十二分に可愛がってやるから焦らんでよい」


 ごく自然に行われた所作を見るに奥ゆかしさの欠片は微塵もなく、貴族令嬢というよりはどこか娼婦を思わせた。


「はしたない女で申し訳ございませんルブランテ様。ですがわたくしがそれだけ待ちわびていた事なのだと分かってくだされば幸いですわ」

「よいよい。皆まで言わずともロゼッタのことは余が一番分かっている。なにより、それだけ強く求められては男冥利に尽きるというものよ」


 媚を売られていることにも気づかず、すっかり鼻の下を伸ばしてその巨乳の感触を堪能しているルブランテだが、なるほどこういう単純なハニートラップでロゼッタは一国の王太子に取り入ったのだろう。


 その時の光景がありありと想像できるが、別に腹も立たない。

 これまでルブランテがどこでなにをしていたかなんて今さら知ったところで興味もなければ関係もないからだ。


 まして王妃教育と同じように彼もまた将来の王になるための特別な教育を受けているだろうに、この程度のハニートラップに引っかかるその危機意識の薄さに呆れる感情の方が勝ってしまった。


(国王王妃両陛下には申しわけないけれど、彼の人の上に立つ者としての資質は皆無と言わざるを得ないわね。まあ、どう考えても本人が一番悪いのだけれども)


 とはいえそんなことはこの際どうでもよく。

 現在の自分の心情としては、一刻も早く目の前からこの二人にはいなくなってもらいたい。


 そうして晴れて自由の身になったことを祝い、一人楽しくおやつタイムを迎えたかった。


 けれどもその前にこれだけは言っておいた方がいいだろうと思い、私は小ぶりな口を開いた。


「殿下とお茶に向かわれる前に一つだけよろしいですか、ロゼッタさん」

「はい?」


 もはやこちらの存在など気にも留めず、まさにこれからルブランテを連れ立って部屋を出ようとしていたロゼッタを呼び止める。


「……わたくしになにかご用がありまして?」


 振り返ったロゼッタは明らかに不機嫌な表情を隠そうともせず、お互い本当に貴族であるならば家格が格上であるはずの私をめつけた。


 眼光が鋭く、温室育ちである並大抵の貴族令嬢なら、それだけでも蛇に睨まれた蛙のように竦み上がること間違いない。


「すぐに済みますので、そう身構えなくても結構ですよ」


 しかし私は動じることなく涼しい顔でその視線を受け止め、次いでにっこりと口元を綻ばせた。


 そんな私の様子になにかを感じ取ったらしく、慌ててルブランテが、


「おいカムシール貴様、まさかロゼッタに危害を加える気ではないだろうな!」


「そのつもりはございませんのでご安心ください殿下。この泥棒ねことそしることもいたしません。ただロゼッタさんには()()()()として私から是非一言お祝い申し上げたくて」


「ふ、ふん、なんだそんなことか、紛らわしい。ならば捨てられた貴様に対する余の情けだ、特別に許可してやろう。さっさと口にするがよい」


 しかし早とちりしたことを恥じてか、こほんと軽く咳払いをしてから促してくる。

 言われなくてもそうするつもりだ。


 それにしても危害を加えると勘違いするとは、人をなんだと思っているのだろうかこの男は。

 考えなくてもこの状況で手を汚すはずがないと分かるだろうに、それだけ私に対する理解もなにもないということか。 


「ありがとうございます殿下。それではロゼッタさん、この度は交際おめでとうございます。私が射止めることのできなかった殿下の御心を見事に捉えられるとは流石としか言い様がありません」


「お褒めいただきありがとう存じます。ですが、ルブランテ様がこのわたくしをお選びくださったおかげで、カムシール様には大変心苦しい想いをさせてしまって恐縮ですわ」


 ロゼッタはそう謝罪するものの心にもないことは明白だ。もちろん私からの称賛を受け入れる声も棒読みで投げやりになっている。

 もしかすると彼女もまた私のことを侮っているのかもしれないわね。


 ふふ、いいわ。

 なら一つ鎌をかけてみましょうか。


 それを聞いて果たして平静でいられるかしら?


「いえ、ロゼッタさんが気に病む(演技をする)必要はありませんよ。婚約解消も殿下がお決めになり、そして私が受諾しただけのこと。陰ながらこれからの幸せを祝福するとともに殿()()()()()の時までお二人がご健勝であらせられるよう心より祈っています」

「…………っ!?」


 殿下の最期の時まで――。


 その含んだような物言いに隠された真の意味に気がついたのか、ロゼッタはそこで初めて動揺の色を見せた。


 フェイスベールが内側からわずかに揺らめき、恐る恐るといった様子で彼女のワインレッドの瞳がこちらを見据える。


「……アンタ、もしかして()()()()いたの?」

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