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第02話 三文芝居

「おおロゼッタよ、自身に仇なす者まで慮るとはそなたはなんと慈悲深い心の持ち主なのだ。それに引き換え、カムシールはなんと狭量なことか。おおかた彫刻品と見紛うほどに美しいロゼッタの容貌に嫉妬したのだろうが愚かにもほどがある。まったく、これだから女というやつは……」


「いやですわルブランテ様、わたくしが彫刻品のように美しいだなんて。しがない男爵令嬢であるわたくしなどより、よっぽどカムシール様の方が見目麗しくありましてよ。その証拠にほら、学園でカムシール様の美貌を褒めたたえる殿方の数は尽きないほどですもの」


「ははは、そのようなことあるものか。確かに他の貴族たちには美人の令嬢が婚約者で羨ましいと褒めそやされたこともあるが、あんなのはただの世辞だろう。余の両(まなこ)にはロゼッタの美麗さしか映らんよ。この世のどのような名画よりもずっと眺めていたくなる」


「ルブランテ様ったら、本当にお上手ですこと。流石、女性の扱いに慣れていらっしゃるご様子。お戯れであっても嬉しさのあまりわたくしもつい本気にしてしまいますわ」


「構わん、余は世辞など言わぬ。なればこそ我が口をついて出た称賛の言葉はすべて嘘偽りのない本心ということだ。だが、ここまで余に言わせるとはお前も罪な女だ。一国の王太子を惑わすとはこれは責任を取らせねばならぬな」


 あの気位が高く傲慢なルブランテがこうも他人を、それも普段は下に見ている男爵令嬢を臆面の照れもなく褒め称えるとは驚きね。


 それだけルブランテがあの女に入れ込んでいるということかしら?


 私のことを褒めてくれたことなんて一度だってない癖に。とはいえ気のない相手からの褒め言葉なんてもらったところで嬉しくもないけれど。

 

 ああそうそうこのかんの私はといえば、目の前で繰り広げられるあの二人の胸焼けしそうなほどに甘くてくだらない、まさに歯の浮くような会話を黙って聞かされていた。


 けれども脳裏に浮かぶのは、


 ――時間の無駄なのに、いつまでこんな茶番を見守っていなければならないのだろう。あー早くおやつ食べたい。今日はドーナツの気分!

 ただそれに尽きた。


 ◆


 ロゼッタが留学のためにこの国へとやってきたのは一月(ひとつき)ほど前のこと。


 上流階級の子息子女のみが通う学園に転入し、その類まれなる美貌と女の武器とも呼べる豊満な肉体をもって数々の有名子息を侍らせ始めたのもすぐの話。


 もちろんルブランテもその内の一人で、一応は婚約者である私のことなんてどこ吹く風で早々にロゼッタの虜となった。


 当初は人目を憚って逢瀬を重ねていたようだが日数が経つにつれて大胆になっていき、とうとう怪しげな二人の関係は自分のあずかり知るところにまでなっていた。


 だからといって私には二人に詰め寄るつもりもなければ、引き離すつもりもなかった。


 ましてロゼッタに対しイジメを行うなどもっての他で、浮気だろうがなんだろうが勝手にやってくれ、というのが本音だった。


 だって浮気をされて悲しむのは、相手に好意を持てばこそ。もちろんそんなものは私にはなく、向こうにも期待していないので特にこれといって裏切られたという感情はない。


 唯一女のプライドを傷つけられたという気持ちがなくはないが、清楚な女性が多いこの国の貴族令嬢と比べると、ロゼッタのように肉感的な体の持ち主はやはりそれだけ魅力的に映るのだろう。


 ゆえにお互いのタイプが違うとしか言いようがなく、ルブランテもしょせんは浅ましい男なのでどうせ性欲にでも負けたに違いない。


「ああ、それにしても本当にロゼッタは純情可憐に過ぎるな。カムシールを含め、もっとこの国の女どもはお前を見習うべきだ」


「わたくしなどを見習うべきところなんてございませんわ。それでしたらわたくしの方こそ学園でご令嬢の方々を見習うことが多々ありましてよ」


「謙虚なところもお前の美点だ。見た目だけではなく心根まで美しいとは、なんと素晴らしい女性なのだ。隣国の女は皆そうなのか?」


「そのようなことありませんわ。あちらでは女性はみんな猫のように気まぐれで自分勝手。ですがルブランテ様と一度お会いになり、そのご威光に触れれば誰もが躾の行き届いた忠犬のようになりますわ。このわたくしのように」


「ほう、そうかそうか。ならばいずれロゼッタの帰郷に合わせて隣国との交誼も兼ねた観光旅行に赴くのも悪くはないな! 両国の友好をとりもつ親善大使としてこれほど似合いな男もいまい!」


 熱を上げているロゼッタの美辞麗句に気をよくするルブランテだが、まさかお世辞であることに気がついていないのだろうかと少し不安になる。


 こんなちょろ……いえ、無防備な男が親善大使なんてやったらそれこそ外交問題に発展すること請け合いだもの。


「はぁー……」


 とはいえ(いま)だ続けられるむずがゆいやりとりにいい加減辟易してきた私は、もはや隠すことなく大仰にため息をついた。


「――どうかお二人とも、そろそろ他所でやってくださいませんか。先程から私、あなた方の会話のおかげで背中がむず痒くて仕方がないのです」

「なんだと?」 


 すぐさまルブランテが私の言葉に反応し、再び睨みつけてくる。


 あまりに露骨な態度の差に思わず笑ってしまいそうになるが、我慢をする。

 だってここからは反撃の時間なのだから、笑顔を浮かべるのはそのあとに取っておかないと。

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