第11話 傾城傾国
その孤児院は隣国から遠く離れた地の、小高い丘の上にあった。
孤児院といってもほとんど名ばかりの、院長が経営をする傍ら一人で孤児を育てるのがやっとな程度のもの。
スラム出身だという院長は妙齢の美女で、そこでのしきたりなのか顔の下半分をフェイスベールで常に覆っており、孤児たちの前ですらその素顔を晒すことはほとんどない。
そんな色々と謎多き女性はロッキングチェアに腰かけながら、つかの間の余暇を利用して新聞を読んでいた。
「へぇ、やっとかい」
新聞の見出しには、とある国の王太子夫妻の間に待望の第一子が生まれたとあった。
昔自分もその国に在留していたこともあって、王太子と王太子妃のことはもちろん知っていた。
特に王太子妃のことはよく覚えている。
元々は持ちかけられた依頼の障害物としてしか認識していなかった存在ではあるが、個人的には嫌いな人物ではなかった。
わずかな間ではあるものの、依頼対象を通じて彼女とシンパシーを感じたこともある。
「おめでとう、……カムシール」
そんな彼女とはついぞ別れの挨拶をすることは叶わなかったが、異国の地にできた友人のように今でも思っていた。
そしてどうやら向こうも上手くやっているようで、自分のしでかした前王太子暗殺という行為に対する後年の罪悪感も少しは薄れさせてくれた。
「アンタに知らせる方法はないけどさ、こっちはこっちでガキ達と楽しくやらせてもらってるよ」
暗殺を含めて、もうかつてのような汚れ仕事に手を染めるつもりはない。
自分にも今度こそ守るべき存在ができた。
だからこの慎ましくも穏やかな生活を守るためにも、後ろめたい過去と決別をつける時がきた。
だから――。
「お互いに幸せになったタイミングでって決めてたんだ。勝手な話だけどさ、別にいいだろ?」
ロゼッタと名乗っていたこともあるその女性は鍵のかかった机の引き出しから、返り血で赤黒く汚れたフェイスベールを取り出すと手でしばらく弄び、飽きたところで暖炉の火へと投げ入れた。
「院長つまんない、なにかお話聞かせてー」
罪の証が音もなく燃える様を眺めていると、奥の方から自分を呼ぶ声とともに最近孤児院で引き取ったばかりの子供が駆け寄ってきた。
お昼寝の時間を設けていたはずだが、わんぱく盛りなのかもう目を覚ましてしまったらしい。
「……まったく仕方ないねえ、ならとっておきの話をしようか」
「ホントっ? 楽しみー」
「これはあたしの知り合いの傾城傾国の美女から聞いた話なんだけどね――」
そう言って女性は昔の記憶を紐解く。
これから語るのは、兄の婚約者だった公爵令嬢を自分の婚約者とするために、兄を亡き者にしようとした第二王子の愛憎劇。
(了)
というわけで今回で無事完結となります。
まずはここまで本作にお付き合いくださった読者の皆様に最大級の感謝を。
少しでも物語をお楽しみいただけたのであれば、作者も嬉しいです。
最後になりますが、今後もより良い作品作りをしていきたいと考えておりますので作者に対するアドバイスや、次回作ではこういった内容の作品が読みたい、といった感想をいただけますと大変参考、もとい励みになります!
また完結記念にブックマークや感想、すぐ↓からの評価をして貰えますと作者はなおのこと喜びます。
それではまた、別の作品で皆様と会えることを願って。
佐佑左右