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第10話 公爵令嬢

 私が王太子ルブランテ暗殺の一報を知ったのは、彼に婚約破棄を告げられてから一日と半時が経ってのことだった。

 その際犯人として事情聴取されたわけではないが、婚約者の身分でもあったために多少なりとも疑われて色々と追求を受けることになった。


 しかし自らの口でルブランテにはずっと前から浮気をされていたこと、それが原因で婚約解消の憂き目にあったことを赤裸々に語り、今回の一件には一切関与していないと控えめに主張した。


 それに加えて私ではなくロゼッタを脇に連れてプライベートルームに消えたルブランテの姿を彼の弟君が目撃しており、おかげでこちらの証言は全面的に肯定された。


 双方の名誉のためにくれぐれもこの件は内密に――そう宰相からは釘を刺されたものの、実情はどうであれ我が家としても家名を下げるだけだと表向きは婚約者の王太子を無残に暗殺された悲劇の公爵令嬢、ということになっている。


 現在、凶行を成し遂げた犯人としてロゼッタの足取りを追っているが、服をはだけて泣きながら城から走り去っていく姿が確認されたのを最後にようとしてその消息はしれないそうだ。


 宰相の口ぶりでは既に口封じをされたと見立てられているようだけど私は確信している。

 強かな彼女のことだ、無事に逃げのびて今頃はどこかで鼻歌でも口ずさんでいると。

 だから二度ともう会うことはないだろうけど、今後の平穏をひそかに祈っている。


 そしてこれは後に分かったことだが、ロゼッタという男爵令嬢は()()()()()()()()()()()

 隣国のある男爵家には確かにロゼッタという名の嫡女がいたそうだが、当時の流行り病で十にも満たない年頃で死去したという。

 その上両親ともども褐色の肌を持ち合わせず、当然ながら娘も親と同じ雪のように白い肌だったそうだ。


 以上のことから偽物のロゼッタという暗殺者を手引きした黒幕がいることは確かで、ルブランテが亡くなったことでなんらかの利益を得た者たちが国内に少なからずいるという。

 その中には()()()も含まれており――。


「人の恨みというのは一体どこで買ってしまったのか案外本人には分からないものですね、殿下。かくいう私も、あの時たまたま彼の独り言を耳にしていなければ、あるいは彼女が暗殺者だと気がつくことがなかったかもしれないけれど」


 脳内に思い起こされるのは、前に王太子妃教育で王城を訪れた際のこと。

 ある部屋の前を通った際、少しだけ開いていた扉の先から漏れ聞こえてきたのだ。


『……あの男さえ消してしまえば。それで幸せになれるのなら自分の手を汚すだけの価値がある』


 まさしくあれは悪魔の囁き。


 隠れて耳を澄ますと、どうやらある男の暗殺を苦渋の決断で彼が計画していることが分かった。

 きっとその結論に至るまで何度も葛藤したことだろう。

 本来なら彼の暴走をここで止めるべきだった。でも私はそれをしなかった。


 子供の頃の話とはいえ、かつて男女の愛を誓い合った想い人が義憤に駆られる姿を目撃し、心がどよめいた。

 だからこそ私もあえて見てみぬふりをすることで、人知れず彼に協力する決意を固めたのだ。


「だって『守るべき国民のため、なによりいまだ愛するカムシールのために僕は悪魔にもなろう』なんて言われたら、もう自分の気持ちに嘘をつくことなんてできなかったもの」


 自室で紅茶を嗜んでいた私は誰に語るでもなく一人つぶやく。

 茶菓子ドーナツを一つつまみながら、試しにあの時言えなかった、いやわざと言わなかったルブランテが暗殺者から唯一助かるための、そして彼が真実を得るために必要だった言葉を口にしてみることにした。


「ああそうそう、殿下が入れ込んでいるそちらの彼女って実は貴方の()()()()()()()()ですよ? ……まあ独り言ですが」


 我に返ると急に照れが生じたのでごまかすように最後にそう付け加え、紅茶で口内の菓子を流し込む。

 しかしだいそれた激白を終えたことで、口の中も心の内もスッキリできた。


「さ、そろそろもう一人分のお茶の用意をしないと。あの人はスコーンが好物だから、付け合わせにイチゴのジャムもお願いしておかなきゃ」


 この後に件の彼――アイルゼンとは会う約束になっている。

 なんでも私と二人きりで、どうしても伝えたいことがあるらしい。

 それは己の罪の告白かどうかまでは今のところ分からない。

 もし仮にそうだったとしても、きっと私は彼と王太子暗殺の罪を分かち合うことを選択することだろう。

 暗愚から解放されたい一心でルブランテの暗殺を見過ごしたのは確かなのだから。


「でもできれば告白は告白でも、別の意味の告白なら嬉しいわね、……なんて」


 積もる話はたくさんあるけれど、お互いに純真無垢だったあの頃のように緊張せずに話せるか、今はただそれだけが気がかりだった。

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