8 メイド、固有魔法のやばさを実感する。
お風呂から出ると、リムマイアが用意してくれた服に袖を通した。
「お風呂ありがとう。生き返った気分だよ」
見ればリムマイアも装備を外し、楽な服装に着替えている。
「構わん、待ってる間にメシ買ってきたから食おう」
彼女に連れられて建物の二階へ。廊下つきあたりの扉を開けると、テーブルや椅子が置かれた屋外テラスになっていた。
早速、買ってきたものをテーブルに並べるリムマイア。
料理の数々を前に、私にはどうしても気になることが。
「……これ全部で、いったいいくらするの?」
そう、この町はおそらく、ものすごく物価が高い。
ここに来る途中で見た、屋台の串焼きは一本八百ゼアもしていたよ……。普通の値段の十倍近くしてる……。
「大体、四万くらいだな。オルセラがすっからかんなのは分かってるし、払えなんて言わない。気にせず食え」
「……ごちそうになります」
そうは言ってもさすがに気が引けるよ。こんなに高級な屋台グルメ。
人の気も知らず、隣ではタヌセラが遠慮なくガツガツ食べている。
……お前、次々にたいらげてるその肉まん、たぶん一個千ゼアはするから。
(人間の食べ物がこんなに美味しかったなんて! 契約して本当によかったです!)
……まったくもう。人間にもいるよね、こういう無神経な人。
ん? この揚げパン、中にお肉たっぷりのソースが入っててめちゃ美味しい! 手が止まらない。何個でもいけそう。
リムマイアは私の顔をじっと見つめながら。
「……お前、値段にビビってたくせに遠慮なくガツガツ食べてるな」
…………、え?
リムマイアによれば、あらゆるものを輸送物資に頼っているレジセネの町は、何から何まで高価らしい。比較的安いのは地下から汲み上げている水と温泉くらいなんだって。
なので運搬戦士は結構稼げる人気職みたい。
私、運搬戦士になろうかな。……ダメだ、私の契約獣はちょっと大きいだけの狸だった。
「あと、宿もそうだな。格安のとこでも一泊十万はする」
彼女が明かした価格に、私は目を丸くする。
じゃあ、そんなレジセネで一軒家を借りてるリムマイアはやっぱりすごいな。さすがレベル86。
私がそう言うと、彼女は照れたように笑った。
「私の国は貧富の差が激しいんだ。その中でも私はどん底にいた。いわゆる浮浪児ってやつをやったこともある。道の端から通り過ぎる奴らを眺めながら、いつか絶対にこいつらよりいい家に住んでやる! って思ってた。たぶん、それで自分の家ってのにこだわってるんだろうな。賃貸だが」
とリムマイアはもう一度笑顔を作った。
……同じ十五歳でも、きっと彼女は私なんかよりずっと大変な経験をしてる。
私やタヌセラにすごくよくしてくれるのも、どん底にいる私達が放っておけないからなのかな?
こんなにいい子なのに頻繁にチームを追い出されるなんて。
……〈戦闘狂〉ってそんなにやばい固有魔法なの?
見つめていると、リムマイアは思い出したように「そういえば」と。
「メシを買いにいった時に聞いたのだが、今ヴェルセ王国の拠点は全員出払ってて無人かもって」
「そんな! どうして!」
「何でも、所属チームが窮地に陥っているらしくて、総出で救出に向かったんだと」
「そうなんだ……。大丈夫かな……」
「心配ないだろ。あそこにはマジ強い奴がいるから。数日で戻ってくるはずだ。それまではうちにいてくれていいぞ」
……リムマイア、本当にすごくよくしてくれる。
と感謝したのも束の間、彼女の次の言葉に凍りつく。
「その間暇だし、魔獣との戦いに慣れておいたらどうだ? 私も新しいチームが見つかるまで暇だから、オルセラを鍛えてやろう」
……本当に、すごくよくしてくれる。
「無理無理! 絶対無理! 私何の訓練も受けてないんだよ!」
「だから私が鍛えてやるって。一か月後に迎えにきた親友とやらが強くなったお前を見たら、びっくりするんじゃないか?」
あのユイリスが……、強くなった私にびっくり……?
『まいったわ、オルセラ。私は百年に一人の逸材なんて言われてるけど、あなたは千年に一人の逸材ね』
悪く……、ないかも。
「やって、みようかな」
「簡単に乗せられるその単純さ、私は好きだぞ。じゃ早速明日からな」
「あ、でもその前に、【メイド】から戦闘クラスに変えたいんだけど」
私がそう言うと、今度はリムマイアが凍りつく番だった。
あれ? どうしたの?
「オルセラの固有魔法はやばいって、私は散々言ったよな?」
「うん、散々言ってたね」
「バカなのか! クラス変更したら固有魔法も消えるだろ!」
「そうだけど、……え、そこまですごい固有魔法なの?」
彼女は一つ大きなため息をついた。
「……いいか、固有魔法はお前と共に成長する。もしもだ、お前が呼び寄せるものの種類を限定できるようになったら、どうなると思う? 例えば、金銭的に価値のあるものに絞って呼び寄せたりとかすれば?」
そんなことができたなら、あのリボルバーみたいなのがどんどん私の所に……。
「私! 大金持ちになれる!」
リムマイアは「そういうことだ……」と椅子に体を深く沈めた。
……なるほど、だからエリザさんにも口止めしてくれていたのか。
実際にはどういう成長を遂げるかは分からないけど、確かに私の固有魔法はやばい……。
「だけど、【メイド】のままで魔獣と戦えるかな?」
「その点は何とかなるだろ。【メイド】だって能力補正はちゃんとあるし、魔法を買って補強すればいけると思う。絶対に必要なのは遠距離の攻撃魔法だな。おすすめはこれだ」
立ち上がったリムマイアは空に向かって手をかざす。
「〈サンダーボルト〉」
バリバリバリバリ――――ッ!
眩い閃光と共に、星空へと雷の帯が伸びた。
その轟音に、満腹でうとうとしていたタヌセラが飛び起きる。
実演してくれたリムマイアは再び席へ。
「雷属性の下位魔法だ。遠距離技としても使えるし、近接戦でも攻撃時に流しこむことができる。使い勝手のいい魔法だ。まあ、私はもう上位互換のやつしか使用してないから、こいつはいらないんだが」
そうなんだ、いらないなら私が貰っちゃおうかな。
〈人がいらなくなったものを呼び寄せる〉発動! なんちゃって。
キィー……ン。
……ん?
食事を再開していたリムマイアが、フォークを持ったまま固まっている。
「……私の中から〈サンダーボルト〉が、消えた」
…………。
私は夜空へと手を伸ばす。
「〈サンダーボルト〉!」
バリバリ――ッ!
一筋の稲妻が闇を裂いて駆け上っていった。
「いらないって言ったから、私が貰っちゃった。なんちゃって」
「……なんちゃって、じゃないだろ。お前の固有魔法、マジか……」
……私も同じ感想だよ。
人の魔法を勝手に抜き取るとか、確かにこれはやばい……。
次話の前に、広告下のリンクから下記のエピソードをお読みいただければと思います。
ヴェルセ王国 エピソード1
『どうもすみません。孤児院出身メイドの私が王子様と結婚することになりまして。』
並んでいる他のエピソードはそれぞれ独立した話にもなっておりますので、どのタイミングでお読みいただいても大丈夫です。









