57 [ルクトレア]ミレディアの秘密
オルセラが転送されてから九日目。
いよいよ今日、ユイリスが戦場に出発する。
私がミレディア様の執務室に入ると、すでに全員が集まっていた。転送されるユイリス、部屋の主であるミレディア様、何か言いたくて仕方なさそうなオルディア。
少し違和感を覚えた私は〈識別〉でユイリスを確認した。
「またレベルが上がったわね……」
一昨日までのオルディアとの訓練で、ユイリスはレベルを6から14まで上げた。それで昨日は一日休養に当てたはずなんだけど……。……今見たら、なぜか彼女はレベル16になっている。
「暇だったのでオルディア様を有効活用……、オルディア様にご協力いただきました」
ユイリスの言葉に、徹底的に利用された聖母はため息をつく。
「……昨日も今朝もずっと打ち合ってたんだよ。この子、すごくタフなの……」
四六時中、軍隊と戦っていた人間に常識を当てはめたのが間違いだったわ。
ユイリスの前世は旧暦時代に神格化されるまでに至った戦士、軍神赤神。成長が早いとされる転生者達の中でもおそらく抜けた存在で、そこに〈聖母〉の育成力が加わったことで一日1レベル以上の急成長を遂げた。
できればあと一か月くらいオルディアと訓練してほしかったんだけど。
私の考えが伝わったらしく、ユイリスはその整った顔に微笑みを浮かべた。
「後は向こうで魔獣に相手をしてもらいます。早くこの双剣も試したいですし。素晴らしい武具をありがとうございます。二千年前にはなかった物なので楽しみですよ」
そう言うと彼女はポケットから転送水晶を取り出す。
「待て、ユイリス。一つ確認しておきたいことがある」
ミレディア様が執務机の上に一冊の本を乗せた。パラパラとページをめくり、終盤に書かれている文章を指差す。
「これは、もしかして事実ではないか?」
尋ねられたユイリスはしばらくミレディア様の顔を見つめた後に頷いた。
「はい、事実ですよ」
「やはりか……。この竜とは魔獣だな?」
「そうだと思います。あっちは塵になりましたし、魔石らしきものも見ましたので」
「まさか倒したのか!」
「私もそれで命を失いましたけどね」
とユイリスの方が机の上の本を閉じた。
あれって軍神赤神の伝記よね。どういうことかしら? 私が同様に状況を飲みこめないオルディアと顔を見合わせているうちに、ユイリスは手の中の水晶玉を砕いた。
「では、オルセラのことはお任せください」
頼もしい言葉を残し、光に包まれた赤髪の剣士はやがて部屋から姿を消した。
見届けたオルディアが早速ミレディア様の執務机に詰め寄る。
「今の話は何なの!」
私も幼い女王に視線を送って説明を促した。
「旧暦時代の文献に、たまに竜が登場するのはご存じですよね? あれらは全て作り話だと思われていますが、中には真実もあるのではないかと私は考えました。竜とは魔獣だったのではないかと」
「旧暦時代に魔獣が存在したと言うんですか?」
思わず私が聞き返していた。
「ええ、たった今ユイリスから確認も取れました。いくつか竜を退治したという話もありますが、その辺りはほとんどが作り話の気がしますね。記述から推察するに出現したのはいずれも上位魔獣。たとえ英雄と謳われた者でも旧暦の武器や魔法で勝てたとは思えません。ですが、ユイリスの固有魔法なら、と彼女に聞いてみたんです」
なるほど、ミレディア様も安心したかったというわけね。
確かに、竜の出てくる昔話は結構多いし、描かれた絵も残っていたりする。それらのエンディングでよくあるのが、いつの間にか霧のように消えていた、というパターン。きっとそれが事実なんだろう。
でも、どうして旧暦に魔獣が? 目的は何だったの?
さすがにミレディア様でも分からないかしら。
「はい、分かりません。可能性として考えられるのは、何かの実験、あるいは、人類への警告」
分からないと言いつつも的を射てそうな答が返ってきたわ。本当に十歳とは思えない知識と考察ね。
ちなみに最初に話を振ったオルディアはといえば、一歩引いて私達の会話を聞いていた。
「昔の魔獣のことなんてどうだっていいよ」
「ついに放り投げたわね」
「アスラシスにユイリスに、私の周りは転生者だらけだ」
「二人だけじゃない」
「とにかく私も早く台地で戦いたいよ」
あ、この流れはまずい。予想通りオルディアはいつもの言葉で私をせっついてきた。
「ルクトレア、私が戦えるようにさっさと世界を動かせる権力を手に入れて」
もちろん私だってできることならそうしたい。ただ簡単にはいかない事情があった。
世界戦線協会の理事国の中で、我がヴェルセ王国は日に日にその存在感を増してきている。各国への支援を通じてもう根回しは充分だし、出資額でも現在二位で、なろうと思えばいつでも一位になれる準備は整っているのよ。だけど、今の一位を張ってる理事長国のゼファリオン帝国がね……。
帝国の代表である宰相とは個別に何度も会談を重ねていた。国内の経済状況がよくないから彼だって本音では今の座を下りたいと思っている。しかし、そうは皇帝が許さない。旧暦から続くあの帝国の最高権力者は自国が一番じゃないと気が済まないみたいね。国土の広さはもちろん、協会への出資額でも、派遣する戦士の数でも。
話を聞いていたオルディアが拳を握り締める。物とか壁とか壊さないでよ。
「オルセラがその皇帝の数撃った戦士達を頑張って助けているかと思うと……! 私、皇帝に体当たりしてこようかな!」
「ややこしくなるだけだからやめて。あの帝国じゃ建国の皇帝一族は神の一族なのよ……」
そのせいで、宰相はじめ貴族達は皇帝に頭が上がらない。彼らが団結して皇帝から権力を奪う未来は見えている。ただ、そこへと至るための重要な鍵が欠けているようだった。
話を聞いていたミレディア様が椅子から立ち上がり、私達の所へ歩いてくる。
「そのうち手伝おうと思っていたのですが、今がその時のようですね。おそらく私がその鍵です」
「どういうことです?」
この時、彼女の周囲の空気が一瞬で緊張した感じがした。いつにも増して女王オーラが出ているわ。
「ゼファリオン帝国を創ったのは私です。前の生では帝国の初代女皇エルティオーネ・ゼファリオンでした。隠していましたが、私は転生者です」
…………。
ああ、そう……、天性の女王じゃなくて、転生の女王だったのね……。逆に納得だわ。……物心ついた頃から聡明なはずよ、転生者なんだもの。
巨大帝国で長く女皇として君臨していたんだから、あのオルセラを姉様と呼ぶのにも相当抵抗があったでしょうね。百万歩も譲ったわけだわ。
オルディアに目を向けると、やはり呆然とした表情をしている。
「私……、転生者を産んだの……? 私の周り……、転生者だらけだ……」
……そうね、実の娘まで転生者だった。









