55 メイド、洞窟体験を終える。
それにしても、まだ結構な数のネフィダロスが残っている。こんな規模の群れは初めてだ……。
タヌセラと部屋の中央まで戻ると、ナタリーさんがため息をついた。
「ネフィダロスは多い時には二十頭以上で群れを構成することがあります。これに遭遇するとチームは全滅の危険もありますので、撤退するのも一つの手だと覚えておいてください。また、洞窟にもデッドゾーンは存在しますからね。オルセラさんとタヌセラさんならどうにか逃げ切れるでしょう」
「分かりました、気を付けます……」
「もう少し洞窟を案内してあげたかったのですが、もうこのネフィダロス達を倒して帰りましょう。私がまとめて片付けます」
こう宣言したナタリーさんの眼鏡がキラリと光る。
き、危険のサインが出た……!
ハロルドさんもこれを察知して私に呼びかけてきた。
「早くしゃがむんだ! ナタリーが殲滅魔法を使う!」
言われるままに私は、すでに実践している彼の隣で急いで屈む。これを確認したナタリーさんが鎖の先端についた剣を手に取った。
「〈アイスウェーブ〉を使った広範囲魔法です。絶対に立ち上がってはいけません」
前置きした彼女は頭上で鎖を大きく振り回し始めた。水平に鎖剣が描く円の外側に冷気の渦が発生。
「〈アイスストーム〉!」
ヒュゴゴゴゴゴゴゴゴ!
周囲に展開するネフィダロス達は渦に呑みこまれて次々に凍りつく。
角竜達もすぐに悟ったらしい。この人間に遭遇した時点で群れは全滅の危険に晒されていたのだと。慌てて壁まで逃げようとしはじめるが、もう時すでに遅しだろう。
ナタリーさんは鎖剣を回転させながら、その口元に笑みを浮かべていた。
「ふふ、ふふふふふふふふふふ」
屈んだままの私は、その表情を見て隣のハロルドさんに尋ねざるをえなかった。
「どうして笑ってるんですか!」
「この殲滅魔法を使う時はいつもこうなんだ……。ナタリーはとにかくリムマイア様への憧れが強い。たぶん五年前にリムマイア様がデッドゾーンで放った〈サンダーストーム〉を真似してるんだと思う……」
ああ、救出してもらった時のあれか……。
後で聞いた話によれば、ナタリーさんは分析を用いた冷静な戦いをする一方で、リムマイアのせいで思い切った魔法も使う、英雄クラスの中でも二面性のある戦士らしい。今は上位魔獣を一撃で貫通できる魔法を開発中なんだとか。よく分からないけど、彼女と一緒に行動する調査団の人達は色々と大変なようだ。
ナタリーさんの活躍でネフィダロスの群れを殲滅した私達は、氷漬けになった部屋を出て、そのまま洞窟を後にした。
町への帰り道、英雄クラスの二人は私に追加で洞窟での注意事項などを教えてくれた。
関所に到着し、訪れた別れの時。
「何から何まで、本当にお世話になりました。明日から台地ですよね。皆さん、無事のご帰還をお祈りしています」
私がタヌセラと頭を下げると、ハロルドさんとナタリーさんはそれぞれ言葉をくれた。
「やっぱりオルセラさんは特別な感じがする。リムマイア様を呼び寄せたり、初めてラクームと契約したり。全ては偶然じゃないのかもね」
「私達は、リムマイア様は転生者の中でも特別な存在だと思っています(私の色眼鏡を抜きにしてもです)。きっとあなた方は出会うべくして出会ったのでしょう(悔しいですが)」
とナタリーさんは最後に眼鏡をクイッと上げて去っていった。
私とリムマイアが、出会うべくして……。ほんとにそんな運命みたいなことあるのかな。だけど、リムマイアと出会わなければ私は死んでいたはずだし、この短期間でここまで強くなっていなかっただろう。今日だって英雄クラス二人の案内で洞窟を体験できた。
まるでリムマイアが私のために環境を整えておいてくれたみたいに……。
(オルセラ! 早く魔石を鑑定してもらいましょう!)
タヌセラの思考が流れこんできて私の考えは中断された。この子が急かせる気持ちも分かるけどね。
関所のエントランスにいた私達はその足で受付へと向かった。カウンターの上に、袋から魔石をジャラジャラと出すと職員の人は目を丸くする。
色々なキャンペーン中だったコレットさんもやって来て一緒に覗きこんだ。
「短い時間でずいぶん稼ぎましたね。まるでリムマイアさんです」
「私達が全部倒したわけじゃないんですけど……」
そう私達、今回の洞窟探索で手に入れた魔石を全部貰っちゃったんだよ……。
まずそれぞれの金額を調べてから、タヌセラにあげるやつと換金するやつに分けようということになっていた。あと昨日忘れていたティグレドの魔石も含まれてるよ。
というわけで、鑑定してもらった結果を金額順に並べたのがこちら。
ティグレド = 約百八十四万ゼア
ブレノーガ = 約七十六万ゼア
ハロルドさんが倒した謎の魔獣 = 約六十九万ゼア
ウルガルダ = 約三十七万ゼア
ネフィダロス二十八頭 = 一頭当たり三十万~四十万ゼア
……金額順と言いつつも、一番下のネフィダロスが二十八頭もいるだけに破格になってるけど。
気付けば横で換金一覧表を見ていたコレットさんが重苦しい空気を漂わせている。
「協会所属の戦士は、自分で倒した魔獣の魔石は貰えるんです……。ナタリーは笑いながら鎖をぶん回すだけで私の年収分を叩き出すんですよ……。……同じ統括補佐でも、私達の収入には天と地ほどの開きがあるんです」
「……えーと、はい、……よければ今晩、お肉をごちそうしましょうか?」
「ぜひお願いします!」