52 メイド、初めて洞窟に入る。
先月の投稿を忘れていました。すみません。
というわけで、今回は2話分(約4000文字)です。
今は魔獣が大人しくなる昼の時間帯だけど、全く遭遇しないというわけじゃない。
前方に走竜種レギドランの群れが通りかかるのが見えた。竜達が私達の方に振り返ったその時、ナタリーさんの眼鏡がキラリと光る。レギドラン達は弾かれたように逃げていった。
「この森の魔獣ならこうやって敵意を込めた魔力を放つことで追い払えます。たまに逃げないのもいますが。時間を節約したいので洞窟まではこれで行きますね」
「……ナタリーの眼鏡が光った時は要注意だ」
ハロルドさんがそう言った傍から、またナタリーさんの眼鏡がキラリ。彼は小声で「ごめん……」と謝った。どうやら余計なことを言ってしまったらしい。
だけど、眼鏡だけで、じゃなくて殺気だけで森の魔獣を追い払えるなんて、やっぱりこの二人は相当な腕前だ。聞いてもいいのかな?
「あの、お二人のレベル、伺ってもいいですか?」
「ええ、もちろん。私は【シーカー】レベル51です」
「俺は【ウォリアー】レベル54だよ。出撃回数はナタリーとあまり変わらないけど、〈団結〉のおかげで少し上がりやすくなってる」
ナタリーさん、ハロルドさんと順に教えてくれた。二人共、英雄クラスだし頼もしいはずだ。これは、今日は本当に見学のつもりでついていっていいかもしれない。
なんて考えが甘かったことはすぐに痛感する。
しばらく森の中を駆けた後、私達は岩壁に開いた大きな穴の前に立っていた。
「ここはランクDの洞窟です。説明しなければならないこともあるのですが、実際に中を見てもらった方が早いでしょう」
ナタリーさんの言葉を受けて、ハロルドさんが掌の上に〈ファイアボール〉を浮かべた。
「最初だけ真っ暗だからね。じゃあ、俺の後ろからついてきて」
言われるまま彼に続いて洞窟へと入っていく。
最初だけってことは、中には明かりを設置してあるのかな? あ、遠くに小さな光が見える。
そこを目指して暗闇の回廊を歩くこと数十秒。抜けた私の前に広がっていたのは目を疑う光景だった。
「ここが、洞窟……? これ、人間が造ったわけじゃ、ないですよね……?」
私達は、奥行きが何十メートルもあるだだっ広い部屋の端に立っていた。ここはもう部屋と表現するしかないと思う。だって、壁も足元も自然の岩肌じゃなく、綺麗なブロックが敷き詰められているんだから。
私が一通り周囲を見回すのを待っていたように、ナタリーさんが口を開いた。
「はい、造ったのは私達人類ではありません。この部屋も、あれも」
彼女は上を指差して私に見るように促す。目をやると空中に光り輝く水晶がいくつも浮かんでいた。あれらが光源になって部屋を照らしているようだった。
タヌセラも水晶を眺めながら。
(キラキラしていて綺麗ですね。オルセラ、あれ何ですか?)
「私に聞かないで。たぶん魔法の何かでしょ」
「その通り、あれは私達が作る魔法道具と同じ原理でできています。ですが、人の手による物ではありません」
「じゃあ、いったい誰が……」
「分かりません。現段階で言えるのは、魔獣をさし向けてきている人類の敵、ということくらいです。あと、相手はかなり高度な文明と力を持っている、ということでしょうか。とにかく情報が少なすぎて私の〈状況分析〉をもってしても分かりません」
ナタリーさんはクイッと眼鏡の位置を修正した。それから改めて私の顔を見つめる。
「もう一つ言えることがあるとすれば、この洞窟は台地上で戦える者を選別するための試練の道だということです」
「そう、早速出迎えが来たよ」
ハロルドさんが注意喚起しながら剣を抜く。
奥の部屋から一頭の竜が姿を現していた。体長は四メートルほどで、後脚だけで立って歩いてくる。何だかレギドランに似てるな。と〈識別〉で見てみるとやはり走竜種で名前はブレノーガだった。レベルは12。魔法を一つ、〈雷刃〉なるものを習得している。ということは雷が得意属性かな。レギドランとの違いといえば、その体格の大きさと、両前脚の肘から伸びている刃だろうか。
敵を観察している私に気付いたハロルドさんがフフッと微笑む。
「ブレノーガは同じ走竜種でもレギドランとは大分違うよ。群れで行動しないし、戦い方も独特だ。まあちょっと見てて」
そう言うと彼は〈プラスソード〉で魔法の剣を伸ばして前に出た。
これを見たブレノーガは一旦立ち止まり、姿勢を低くして二枚の刃を外側に向ける構え。何度か呼吸をしたのち、駆け出して一気に距離を詰めた。
互いの間合いに入った人と魔獣。次の瞬間にはもう激しい打ち合いが始まっていた。双方から次々に繰り出される刃と刃がぶつかる。どちらも相手の隙を狙いつつも、自分の隙も熟知しているように確実に対応。結果として互いに無傷のまま、まるで示し合わせたかのような打ち合いが続いた。
やがてブレノーガの方が後ろに跳び退く。すぐに構え直し、「なかなかやるな」と言わんばかりに喉をグルルと鳴らした。
……この魔獣、剣士みたいだ。
「ね、独特だろ?」
もう一度笑みを浮かべながらハロルドさんは剣を鞘に収める。あれ、まだ戦闘中なのに……。不思議に思っていると、ナタリーさんがそっと私の背中に手を当てがってきた。
「ブレノーガと戦うと近接の腕が上がると言われています。ちょうどいい機会ですし、オルセラさん、戦ってみませんか?」
「……いえ、私は今日は見学だけで」
「まあそう言わずに。私とハロルドが見守っているので何の心配もありません」
「……でも、まだ心の準備が」
「まあそう言わずに。ちょうどいい機会ですし」
……ダメだ、断れない。背中に当てがわれた手は優しく触れているだけなのに、断固たる意思が伝わってくる。私がここでこの魔獣と戦うことは初めから決まっていたんだ。
この洞窟は、私にとって本当に試練の道だった……。
ハロルドさんに代わって前に出た私は、剣を抜くと同時に〈プラスソード〉を発動させる。隣を見るとタヌセラも戦闘態勢で並び立っていた。
「キュオオオオオオ!」
(あっちが二刀流ならこっちは二狸流です!)
「確かにタヌセラと分身体が一緒なら楽に倒せるだろうけど……。今回は私一人でやらせてくれない?」
きっとナタリーさんとハロルドさんが見たいのは私の腕前だろうから。それに、私も確かめたい。ブレノーガという近接戦闘に長けたこの魔獣に、私がどこまで通用するのか。
(分かりました、オルセラを信じます。ただし、強化魔法はちゃんと使ってください)
タヌセラもナタリーさん達がいる位置まで下がった。
心配しなくても大丈夫だよ。私はハロルドさんほど余裕はないからね。
ゲイン全種を使用し、さらに〈サンダーウエポン〉で剣に雷を纏わせた。これを見ていたブレノーガは、両肘から伸びる刃を同じように雷で包む。それから改めて私の方を向いて目を細めた。
……なんか喜んでいるのが伝わってくる。私を敵として認めた、みたいな……。あいつの〈雷刃〉って〈サンダーウエポン〉と同じような魔法だったし、私達は戦闘スタイルが似ているからかな。
でも、あっちが断然有利だと思う。刃は二枚だし、雷が得意属性だから耐性も備わっているだろうし。私は剣一本だし、別に雷に強いわけでもない。もちろん剣の腕だけで戦うつもりはないんだけど……。
私は剣の切っ先をブレノーガに突きつけた。
「言っとくけど私、他の魔法も使うからね」
これに走竜は不思議そうに首を傾ける。
……思わず申告してしまった。通じてはいないけど。この魔獣の雰囲気で果たし合いみたいな気分にさせられる……。
名乗り合いはしなかったものの、私とブレノーガは互いの視線から戦闘開始の時を知った。
剣の届く距離で向かい合うと、すぐに走竜の二枚の刃が連続で繰り出される。私は剣でガードするだけで精一杯だった。
とても反撃できる気がしない! 同じ剣一本で互角に打ち合っていたハロルドさんすごすぎ!
というわけで、早速他の魔法を使うことになった。防御用に盾代わりの〈プラスシールド〉を展開する。これでどうにか私の方も攻撃が可能に。だが、出した剣は相手の刃でことごとく防がれた。
やっぱりこの魔獣は相当な手練れだ。何とか攻撃の隙を作らないと。幸いにも私の魔法の盾は手を使わなくても操作できるから左手は空いてる。リボルバーでもいいんだけど、最近慣れてきたこっちで戦ってみようかな。
と左手から発射した〈マジックロープ〉をブレノーガの後脚にペタッと接着させる。すぐに引っ張って竜の体勢を崩し、体を剣で斬りつけた。さらにロープで前脚を絡めて相手の攻撃を妨害。生じた隙を突いて剣で突く。
私は左手でロープをクルクル回しながら剣を構えた。
「これが私の、魔法のロープ剣術だよ」
……かっこつけて言ってみたものの、〈マジックロープ〉が伸縮接着自在で便利すぎて、少し卑怯な気がしなくもない。あと、それほどかっこよくもなかった。
これに対して、ブレノーガは変わらずに同じ構えをとる。
おぉ……、「自分はあくまでもこれで戦う。来い」といった感じだ……。あっちの方が全然かっこいい……。
じゃ、じゃあ、遠慮なく行かせてもらうよ?
ロープを活用して手合わせすること数分。
ズズン……。
力尽きたブレノーガが床に倒れこんだ。「グー……」と鳴いたその声は、まるで「見事だ……」と言っているように聞こえた。魔石を拾い上げた私はそれをじっと見つめる。
……変わった魔獣だった。思いっ切り魔法のロープ剣術で戦っちゃったけど、ナタリーさんとハロルドさんが見たかったのはこれじゃなかった気がする。がっかりさせてしまったかもしれない。
振り返ると二人は感心したような表情で拍手していた。
「素晴らしい戦いでした、オルセラさん。ロープの使い方などまるで昔のリムマイア様を見ているようでしたよ」
「本当にリムマイア様そっくりだった。いい戦いを見せてもらったよ」
……あ、これが見たかったんだ。
ハロルドさんはため息をつきながら隣のナタリーさんに視線を送る。
「もう充分だろ、ナタリー」
「……はい。オルセラさん、試すような真似をしてすみませんでした。あなたは私達がなりたかった存在、リムマイア様から求められる真の仲間だったのでやっかんでいたのかもしれません。あなたはそれを見抜いていたから、あえてリムマイア様と同じ〈マジックロープ〉を多用する戦いを私達に見せたんですね。……もう、完敗です」
「……いえ、そこまで考えていませんでした」
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