46 [リムマイア]狂戦士、台地上で作戦を語る。
台地の上に来てから二日が過ぎた。
標高は千メートルを超えるが、実感としては下にいるのとあまり変わらない。周囲には木々が生い茂り、すぐ近くを小川が流れている。周りの風景がこんな感じで、この台地自体が端から端まで何十キロとあるんだから無理もないと思う。
これほどの規模の巨大な台地が、大陸南方の戦場地域であるこの一帯には二十七も存在する。いずれも綺麗に平らで、まるでこの上で戦えと言われているようだ。
何らかの意思を感じるが、実際そうなんだろう。上に出るための洞窟からして特殊だしな。
オルセラの奴、初めて洞窟に入ったらきっと驚くぞ。あいつはまだレベル11だったから、この作戦が終わってしばらく経ってからになるだろうが、その時は私がしっかり引っ張ってやらないと。
「何をニヤニヤしておるのじゃ。どうせオルセラのことでも考えておったのじゃろうが」
いつの間にかゼノレイネが私と同じ顔で下から覗きこんでいた。
「お前だってよくタヌセラのことを考えてニヤけてるだろ……。私はそこまでじゃない」
「気付いておらんのか……? リムマイア、この二日間は口を開けばオルセラの話ばかりしとるぞ」
「……マジか?」
「作戦に集中せんか。本番はまだ先じゃが」
そう、奪還作戦の本番はまだ先だ。これから何度かに分けて戦力が補充されたのち、本格的に守護魔獣の討伐に乗り出す。今はその準備の段階だった。
私達がいるのは東の台地(正式名称はナンバー01台地という)の真ん中からやや南東に外れた所にある拠点だ。それほど大きくはないが下から運びこんだ生活可能な建物が何棟か並んでいる。言ってみれば前線の最前線基地だな。
ここから出撃して台地の魔獣の数を減らすのが、私達の進めるべき準備になる。
第一陣の戦士を二チームに分けて交互に出ており、現在は私達のチームが休憩していた。こっちのチームは私とゼノレイネに、建物内にいる二人、それと……、何してるんだあいつ?
ツインテールの美少女、メルポリーがさらさらと流れる小川をじっと見つめている。顔を上げるとおもむろに呟いた。
「釣りをしてくる」
それだけ言い残し、背中から生やした半透明の翼で空中に浮かび上がる。少女の姿はすぐに空の青に溶けこんだ。
メルポリーが使ったのは〈自由なる翼〉という飛行魔法だ。私達台地で戦う戦士は体長何十メートルもある魔獣を相手にするので、必ず空中移動の魔法を習得している。一般的には二通りあって、一つは私が使用している足場生成の〈ステップ〉、そしてもう一つが今のあれ。どちらを覚えるかは、各自の戦闘スタイルで決めることになる。
だから、私達は洞窟を通らなくても台地の上と下を行き来できるが、乗せてくれる奴がいるなら魔力を節約する感じだな。
その乗せてくれる奴が隣でため息をついていた。
「どいつもこいつもたるんどるのう……。キャンプ気分じゃな」
「ゼノレイネ、案外お前が一番真面目かもな」
まあ、メルポリーは特に天然ではあるが、今回のメンバーは全員が単独でも狩りをする、個性強めの戦士ばかりだから仕方ないとも言える。
噂をすればメンバーがまた一人、建物の扉を開けて姿を現した。
金髪を後ろで結い上げた身長百七十センチほどある女性がこちらへ歩いてくる。私とゼノレイネが座っている丸太に、一緒になって腰を下ろした。
「今、メルポリーがどっかに飛んでいかなかったか?」
「ああ、釣りに行くそうだ」
「じゃ、新鮮な魚が食えるかな。とりあえずアタシは肉を焼く」
そう言って彼女は目の前の石に火炎板(炎を発する魔法道具だ)を置いた。次いでフライパンを乗せ、宣言通りにぶ厚い肉を焼き始める。
「リムマイア、お前も横で何か焼くか?」
「いや、私はもう飯を済ませたから」
「じゃったら、わしのこれを焼いてくれ」
とゼノレイネがフライパンにチョコレートを放りこんだ。
「何やってんだ! アタシの肉が甘くなる!」
「ビスケットをつけて食うのじゃ」
「……この甘党魔獣が」
愚痴りながら女性は肉を脇に避難させる。
彼女の名前はマルティナといい、私と同じ転生者だ。前世も私と同じ男性だが、生きた時代はあちらが千年ほど前になる。戦乱が極まっていた時代を、傭兵団を率いて渡り歩いたらしい。
そういえばこいつも前世は大男だったか。
「マルティナ、お前も以前は身長二百センチ超えてたんだろ? お互い女になってしまっているし親近感が湧くな」
「ああ、だがアタシはリムマイアほど縮まなくてよかったと思う。ま、お前は小動物系美少女の地位を確立したから勝ち組ではあるが」
「うるさいな、確立した覚えはないぞ……」
転生者といっても多種多様だ。前世から性別やサイズが完全に変わってしまった者がいる一方で、容姿までほとんど同じ者もいる。ちょうどそいつも出て来たな。
身長百八十センチくらいの黒髪の男性が、のろのろとこちらに歩いてくるのが見えた。私達が座っている丸太に静かに腰を下ろす。
「……いや、何か言え」
マルティナが居心地悪そうに言うと、彼はぼんやりした表情のまま。
「寝起きはテンションが低いんだ、そっとしておいてくれ……」
彼の名前はフリーゼンという。寝起きだけじゃなく、常にこんなテンションだ。生きていたのはマルティナと私の間の時代で、とある王国を代表する騎士だったらしい。今とあまり変わらない風貌だったそうだから、人は見掛けによらない。
フリーゼンは横の私達の顔を眺め、それから周囲を見回した。
「メルポリーはどこだ?」
「ああ、釣りに行くって」
私が答えると彼はしばし考えに耽る。やがてぼそぼそと喋り始めた。
「この二日間、気になっていたんだが、どうも彼女は様子がおかしい……。やけに狩りに積極的というか、そう、経験値が欲しくてたまらないといった感じだ。そんな印象を受けなかったか?」
「……言われてみれば」
台地の上に来てから、メルポリーはやけに張り切っている節がある。積極的に魔獣を爆破し、レベルも47から48に上がった。
だが、それがどうしたと言うんだ。私はフリーゼンに尋ね返していた。
「別に悪いことじゃないだろ? むしろ作戦のことを考えれば望ましいことだ」
「今のところはな……」
「どういう意味だ?」
「メルポリーは『魚を』釣りに行くと言っていたか? それ以前に、ちゃんと釣り竿を持っていたか?」
いや、魚とは言ってなかったし、釣り竿も持っていなかった。
フリーゼンは「そもそも」と話を続ける。
「この台地上に魚はいない」
「「それを先に言え」」
私とマルティナの突っこみが重なった。
しかし、だとすればまさかメルポリーの奴……。
嫌な予感が頭を過ったその時、足元から震動が伝わってきた。魔力感知で接近する者の正体が分かると同時に私は頭を抱える。
空中を泳いでこちらへと帰ってくるメルポリー。彼女を追って岩山のような巨大魔獣が向かってきていた。
……あいつ、守護魔獣を釣ってきやがった。
ほのぼのしていて好きなパートです。
守護魔獣が迫ってきていますが。









