45 メイド、契約獣革命を起こす。
関所の受付前に集められたラクームはなんと総勢百十匹。
捕獲に向かった戦士達は全員が夜でも活動できるベテランばかりだったので、その気になればラクームを探し出して確保することは容易かった。
……それにしても、この状況で本当に契約なんてできるんだろうか。目の前の大騒ぎしている光景を見るに不安でたまらなかった。
「キュッキュー!」
(ここは私の出番のようですね!)
タヌセラが颯爽と歩みを進める。凛とした声で鳴いてラクーム達の注意を引きつけた。
(私は唯一にして最強の契約獣ラクーム、タヌセラです。皆さんに危害を加えるつもりはありませんのでどうか落ち着いてください。人間との契約が可能かどうか試したいだけなんです。協力していただければすぐに済みます。私の大好物でおもてなししますのでちょっとの間だけ我慢してくれませんか)
タヌセラの丁寧な説明でラクーム達は一気に平静を取り戻した。
こんなにしっかりしたこの子を見るのは初めてかもしれない。仲間が増えるとあって、もしかしてリーダーの何かが芽生えたのかな。
そう感心して見ていると、契約獣は遠慮がちに私の方に視線を寄こしてきた。
(……それであのうオルセラ、すみませんが肉まん百十一個、買ってきていただけないでしょうか?)
「ああ、うん……。いいけど、一個多いのは自分も食べるつもりだからだよね?」
この話をコレットさんにすると、肉まん代は協会が出してくれるとのこと。
「おもてなしは大事ですね。職員を二人付けますので百二十個買ってきてください。(余ったら私が食べます)タヌセラさんがいてくれて本当によかったですよ。これなら人とラクームとの面接をスムーズに進められそうです」
確かに、言葉の通じるタヌセラがいなければ収拾がつかなかったと思う。
飲食店通りのいつものお店で肉まんを買って戻ると、関所の外にまで人が溢れていた。
室内ではラクーム達が綺麗に整列している。二十二匹ずつ五列に並んでおり、その列と列の間を戦士達がぞろぞろと行進。
見るからにスムーズではあるけど、どういう状況なの?
私が首を傾げて立っていると、タヌセラが視線を狸の列に据えたまま歩いてきた。
(ラクームの皆には、契約してもいいと思える人が前を通ったら声を上げるように言ってあります)
「戦士の方は五百人を超えるくらいですね。さあ、これで何組成立するでしょうか」
契約書の束を持ったコレットさんが、大面接会の様子を窺いながら呟いていた。
え、五百人もいるなら全ラクーム百十組できるんじゃないの?
とりあえず私もおもてなしの肉まんを配っちゃおう。と袋を抱えて戦士達の行列に加わる。
「はい、これどうぞー。いい人がいたらタヌセラを呼んでねー」
狸達の前に肉まんを一個ずつ置いていった。
そうして流れるように戦士達とラクームの面接は進み、やがて最後の一人が狸の列を通り抜けた。最終結果はといえば……。
「嘘、でしょ……。……たったの、五組」
森へと帰る百五匹のラクーム(と見送りに同行するタヌセラ)を私は呆然と眺めていた。
隣ではコレットさんもため息が止まらない。
「……やはり難しい魔獣でしたね。契約できる確率はなんと一万分の一以下です……。しかし、想定していたことではありますし、これから回数を重ねればどんどんラクームの契約獣を増やせるでしょう」
「また今日みたいにやるんですか?」
「もちろんです、これは大幅な戦力の底上げが期待できますから」
「え、そんなに大層なことです?」
「大層なことですよ。そして、大事なことです。この戦争はエンドラインや英雄クラスだけのものではありませんので」
主戦力とされるレベル50以上の戦士達が狩る上位魔獣はピラミッドの上の方にいる。この魔獣達は下層の魔獣達の魔石を取りこむことで力を得ているらしい。ピラミッドは何層にもなっていてこれの繰り返しだ。
人類が戦力を底上げできればピラミッドを下から崩していくことになり、上位魔獣や守護魔獣の弱体化にもつながる。ラクームはそれに大きく寄与できるとコレットさんは言った。
「今日を境に毎月数十匹のラクームが契約獣になります。これまで契約獣を持てなかったいくつものチームに魔法に特性のある魔獣が加入するんです。まさに契約獣革命!」
喋っている間にコレットさんは段々と元気になってきた。私の手を力強く握る。
「全てはオルセラさんがタヌセラさんと契約してその能力を解明してくれたおかげです! この功績はきちんと報告しておきますね! また、このラクーム計画は私が責任を持って進めます!(すごくお給料が上がりそうな予感がします!)」
コレットさんは弾むような足取りで関所に入っていった。
……あの人、仕事できるんだけど、所々で欲望に忠実なんだよね。
今度は私がため息をついていると、森の奥からラクーム達を見送りにいっていたタヌセラが戻ってくるのが見えた。
「お疲れさま。タヌセラ、皆から尊敬の眼差しで見られてたじゃない。この森のラクーム達からすればもう信じられない強さだもんね」
(まだまだこんなものではありませんよ。私は実は割といい種族だと発覚しましたので、全契約獣の中で最強を目指すことにしました)
「それ、ゼノレイネさんよりも強くなるってことだよ。大丈夫?」
(が、頑張ります……)
さっき、ラクームと契約できる確率は一万分の一って言ってたっけ。私がタヌセラと出会えたのは本当に奇跡みたいだ。
ところで、今回ラクームと契約した五組のうちの一組は……。
ちょうどそのチームが手続きを済ませて関所から姿を現した。
「今日は素晴らしい日ね!」
「はい! お姉様! 命拾いした上に新たにもふもふの妹ができました!」
ダイアナさんとシンシアさんがラクームを囲んでクルクルと回っている。一万分の一の幸運を掴んだのはシンシアさんの方だった。
タヌセラが呆れたような眼差しで彼女達を見つめる。
(……あの人達、今日一日で一生分の運を使い果たしたんじゃないでしょうか)
「言わないであげて……。……私は転送初日にあれ以上の運を使っちゃった気がするし」
その幸運は今も続いているのかもしれない。少しは力もついてきたけどまだまだだと思う。洞窟の魔獣一頭にあんなに苦戦していたら台地の上なんて到底行けない。
奪還作戦の第一陣が飛び立ってから二日が経過した。
……リムマイア、今頃どうしているんだろう。
この下に貼ってあるカバーイラストをタイトルロゴの付いたものに差し替えました。
さらに、その下に帯ありのものも追加しています。
帯ありの方はネット上ではここでしか見られないかもしれません。
こちらはタヌセラがオルセラより目立っている気がしますね……。
また、コミカライズも始まりましたので、ページの最下部に試し読みのできる所へのリンクを貼りました。
ぜひご利用ください。
本日、メイデス1巻発売となります。
よろしくお願いいたします。
さて、なろうの方はいよいよ次回から舞台は台地の上へ。
こちらも評価などで応援していただけると嬉しいです。