43 メイド、頼りない年上の先輩の弟子ができる。
皆が一通り喜び終えたところで、私はティグレドの魔石を拾い上げた。
「二チームが協力して倒したから、この魔石は換金してダイアナさん達と半々で分ける感じでいいですか?」
「それはいけないわ。私達は助けてもらった上に経験値まで分けてもらったんだもの、魔石はオルタヌセラが取っておいて」
ダイアナさんの言葉にシンシアさんもこくこくと頷く。
「私とお姉様の貢献度はおそらく微量ですしね。それゆえに、オルセラはもう一つレベルが上がると思ったのですが」
確かにかなりの強敵だったしレベルも大分格上の魔獣だったから私もちょっと期待していたんだけど。まあその内上がるだろう。
魔石は有難くいただくことになり、とりあえず私達は町への帰還を急ぐことにした。
全員が満身創痍で魔力も尽きかけているのでこれ以上の戦闘は避けたい。そして、こういう時に限って現れる魔獣は相場が決まっている。ブリムの感知力で事前に察知できたが、ダイアナさん達がまたヘロヘロになっていたので(さっきは嬉しさのあまり疲れを忘れていたらしい)結局遭遇することになった。
狼頭の魔獣、獣竜種ウルガルダがでんと私達の進路に立ち塞がっていた。
「せっかく生き延びたと思ったのに……。ここまでなんて……」
ダイアナさんが呆然と呟く。
「……え? 倒せばいいじゃないですか。二人はヘロヘロですから私とタヌセラでやりますね」
「あなた達だってもう魔力はないでしょ! 行っちゃダメよ!」
私が駆け出すと後ろから悲鳴にも似た声が聞こえた。
いや、でも倒さないと帰れないし。魔法は使えないし能力も大きく低下している状態だけど、森の魔獣ならもうどうとでもなりそうな気がした。体長は同じでも、あのティグレドに比べれば全然大したことない。
ウルガルダの前脚の爪を避けながら剣を抜く。ジャンプしてその首筋に斬りつけた。巨体の横に着地するとすぐにリボルバーの引き金を絞る。二発の〈ファイアボール〉弾が続け様に炸裂。
呻くウルガルダの上の空中で毛玉が高速回転している。落ちてきた毛玉が狼竜の背中に触れたその時だった。
ズダンッ!
弾かれたウルガルダの巨体は激しく地面に叩きつけられた。そのまま全身が塵と化す。
恐るべき毛玉の正体はもちろん……。
「タヌセラ、今のは何?」
(頭突きだけでは芸がないので新技を考えてみました。回転蹴打です)
どうやら私の契約獣は魔法だけじゃなく新たな近接技も編み出したらしい。高速回転で生まれた遠心力を上乗せする破壊力抜群の蹴り技だ。
私達を心配してくれていたダイアナさんとシンシアさんが追いついてきた。
「……あなた達、まるで台地帰りのチームね」
「お姉様、私達レベルの上でも間もなく抜かれますよ。今のでレベルアップしましたね、オルセラ。おめでとうございます」
そう、私はこの戦闘でレベル13に上がった。やっぱりさっきのティグレドの経験値で12の満杯近くまで行ってたんだね。
日も完全に沈み、月明かりの中にレジセネの町が放つ光が浮かび上がっている。久方ぶりに、生きてこの光景が見られたことに私は感謝した。
「……なんかベテラン戦士みたいな雰囲気を感じるけど、確かまだ転送八日目よね?」
「心強いですよね、お姉様。私達はオルタヌセラを師匠と仰ぎましょう」
「そうね、とても頼りになるし、これからも助けてもらいましょう」
え……、私達、あなた方の後輩ですよね……?
何だか頼りない年上の先輩の弟子ができたところで、私達はようやく町に辿り着いた。まずはやっぱりゲート横の関所へ。洞窟から魔獣が出て来ていたし、きちんと報告しておこうということになった。
建物内に入ると、職員達は台地奪還作戦への協力を呼びかける活動中。
指揮を執っているのはコレットさんで、私の顔を見てこちらへとやって来た。彼女は話を聞くなりあの困った癖が。
「えー! 自分達(と頼りないお姉さん達)だけでティグレドを倒したですって!」
案の定、私達は注目を集める羽目になった。もう慣れてきたので気にせず話を進める。すると、コレットさんが途中で遮った。
「待ってください、タヌセラさんのそれ、もっと詳しく教えてくれませんか?」
「回転蹴打ですか?」
「そっちもすごいですけど、ではなくて〈狸分身〉の方です」
私が説明を終えるとコレットさんは硬直してしまった。
この間にタヌセラが分身体を作り出す。
(実物をお見せした方がいいかと思いまして。魔力は尽きそうなので戦闘力はありませんが)
この場では戦闘力がなくても威力は充分だったらしい。二匹に増えた狸の魔獣を囲んであっという間に人だかりができた。なぜかその輪にダイアナさんとシンシアさんも加わっている。
「いつもタヌセラはすごい人気であまりもふれないからね」
「二匹いればチャンスは二倍。参加しない手はありませんよね」
ついさっきまでずっと一緒にいたじゃないですか。私がそう言うと二人はくるりと振り返った。
「「もふ会はまた別なのよ(なんですよ)」」
……もふ会? これって、そういう集まりだったの?
「キュキュ。キュキュー」
(そこ、押さないで。順番を守ってもふってください)
……いつの間にか、私の契約獣が謎の会合を主催してる。
「他の人がもふっていると自分ももふりたくなるという集団心理ですよ」
硬直の解けたコレットさんが私の隣に立っていた。彼女はパンパンと手を鳴らして皆の視線を集める。
「〈狸分身〉は単にお得な二倍もふれるだけの魔法ではありません。ここで世界戦線協会としての公式見解を(私が勝手に)発表します。獣竜種ラクームは最弱の魔獣などではありませんでした。むしろ魔法習得の観点からは、ラクームは非常に恵まれた強い魔獣であると言えます!」
メイデス1巻が、8月20日、TOブックスより発売されます。
この下にカバーイラストを設置しましたので、ぜひご覧ください。









