41 メイド、二匹の狸と奮戦する。
それにしても今作ったタヌセラの分身、すごく弱かったな……。
(はい、〈狸分身〉を試しに使ってみただけで魔力はほとんど込めてませんでしたから)
狸の魔獣は落ち着いた様子で淡々と述べていた。
「……冷静だね。私は分身と分かっていてもタヌセラと同じ姿の狸が消滅して、ちょっとドキッとしたよ……」
(感覚としては〈狸火〉が潰されたのと全く同じです。実際、分身には魂も意思も宿っていなくて、完全に私が操作していますし)
「じゃあ、さっき分身がやられた時どうして叫んだの……」
(オルセラが叫んだからつられてつい……)
タヌセラは〈狸分身〉の情報をまとめて送ってくれた。どうやら現在保持している魔力の半分まで分身体に与えることができるらしい。……待って、だったらこの〈狸分身〉は大変な魔法だ。
ティグレドに視線をやると、先ほどの分身体が激弱だったせいか余裕の表情を浮かべている。そんな顔をしていられるのも今の内だよ。
まず私が駆け出し、その後ろにタヌセラと分身体が続いた。
私の放った〈サンダースラッシュ〉を、ティグレドはやはり前脚の爪でかき消す。次いで発射されたタヌセラ本体の〈狸火〉はジャンプしてかわした。
思った通り、火属性のあの魔法は触りたくないみたいだね。けどそうはいかないよ。もう追撃の準備はできてる。
虎竜が跳んだ方向を見定め、タヌセラが分身体から〈狸火〉を撃っていた。その威力は本体が放ったものと全く変わらない。火球はティグレドに直撃し、初めてその巨体を弾き飛ばした。
あっちももう実感しているだろう。〈狸分身〉の恐ろしさを。
あれはタヌセラの活動時間を半分にする代わりに戦力を二倍にする魔法だ。
地面に横たわることになったティグレドだが、すぐに起き上がって私達から距離を取った。
……さっきより大分間隔を空けたな。それだけ警戒心が増してるってことなんだろうけど、無理せずもう洞窟に帰ってくれていいんだよ?
虎竜、ちらりと岩壁の方に目をやる。が、雑念を払うように首を横に振った。
いやいや! ほんと無理せず帰って! ここは本来、たぶんあんたが出て来ちゃダメなフィールドだから……。
意地になってるみたいだし、倒すしかないか……。タヌセラが二匹に増えてもようやく互角に戦えるようになったというだけ。しっかり作戦を立てなきゃ勝てないと思う。
「というわけでタヌセラ、私に作戦があるんだけど」
「キュキュー」
(ふむふむ、伺いましょうか)
打ち合わせが済むと、私と二匹のタヌセラは先ほど同様に走り出す。今度はタヌセラと分身体がすぐに私から離れ、皆でティグレドを取り囲むような布陣を敷いた。
今、相手のスピードに反応できるのは私しかいないから、絶対にタヌセラ達を攻撃させるわけにいかない。なので私の方から攻めて引きつける!
虎竜の周囲を駆け回りながら、〈プラスソード〉を伸ばした剣で斬っていく。
……引きつけるとかかっこつけて言ったけど、私だって割といっぱいいっぱいだ……。ひぃぃ! 目の前を巨大な鉤爪が高速で!
当たればただでは済まない攻撃の数々をいずれも紙一重で避けていた。ティグレドの意識が両サイドに分かれたタヌセラと分身体に取られているので、まだどうにかなっている感じではある。
タヌセラも頑張って、今にも〈狸火〉を撃ちそうな雰囲気を出してるし。
「キュー……、キュー……」
(撃ちますよ……、撃ちますよ……)
戦闘を続けながら私は体長十メートルある虎竜の周りを何周か回った。
そろそろいいでしょ! いくよ!
私は左手に持っていた〈マジックロープ〉を引っ張った。このロープは交戦開始時に出したもので、走りながら地面に垂らし続けていた。そして現在、ロープはティグレドの周りで何重にもなっている状況。ちなみに先端は地面に接着させてあるので、引き上げると同時にロープを縮めれば……。
シュルルルルルルルル!
一瞬で〈マジックロープ〉が虎竜の巨体を縛り上げていた。
私はこのロープにかなりの魔力を込めているけど、それでもリムマイアの〈サンダージェイル〉のような強度にはなるはずもない。でも、わずかな時間だけ停止させられたらいい。本番はここからだから。
「タヌセラ! 今だよ!」
私の合図で両サイドのタヌセラと分身体が同時に動いた。
「キュオオオオオオオオオオ! オ!」
(レベル14〈狸火〉フルパワー×2! です!)
出現した二つの大火球がティグレドを左右から挟みこんだ。がっちりはまってしまった虎竜は微動だにできない。魔力は〈狸火〉からの防御に回すしかなく、もう〈ウインドブラスト〉も放てないだろう。
よし! 完全に拘束した! あとは全力で攻撃するだけだ! 私の手札で一番効くのはやっぱりこれだよね……!
剣をティグレドの胸部に突き刺して〈サンダーウエポン〉を流しこむ。この魔法を連続で放ちつつ背後の森に視線を送った。
「ダイアナさんシンシアさん! 来てください!」
私が呼びかけると二人は慌てた様子でこちらへ駆けてきた。
「オルタヌセラすごいわね! こんなの見たことないわよ!」
「まるでハンバーガーみたいです!」
あ、確かに。ハンバーガーみたいだ。









