40 メイド、契約獣に賭ける。
足早に後方へ下がるダイアナさんがくるりと振り返る。
「あのティグレドは私でも〈識別〉できないから、たぶんレベルは20台の半ばよ。使用できる魔法は二つ。一つは最初に放ってきた〈ウインドブラスト〉。もう一つはすでに発動中の、行動速度を上げる〈風の陣〉ね。はっきり言ってあのスピードの魔獣じゃ私達はなぶり殺しにされるだけだから、引き受けてくれてすごくほっとしてるわ。でも安心して! オルセラ達がやられそうになったら私達も出て一緒にやられるから!」
……全然安心できない。余分に二人の命を背負わされただけだ……。
だけど、合点がいったよ。敵は速度を上げる魔法を使っていたのか。レベルもずっと上みたいだし、道理でめちゃくちゃ速いわけだね。私でもどうにかギリギリ対応できるくらいだし気を付けないと。
隣の契約獣に目をやった。
「タヌセラ、あまり私から離れちゃダメだよ」
「キュ! キュキュー!」
(はい! 私達のコンビネーションが試される時ですね!)
私達が駆け出すと、ティグレドも攻撃態勢を取る。それを確認した次の瞬間には、もう私達の真横で大きく口を開けていた。
くっ! 本当に速いっ!
とっさにタヌセラを拾い上げ、私は前方に跳んだ。
ドゴオオォォ――――――ッ!
放たれた〈ウインドブラスト〉が背中すれすれを通過していった。
すぐに掲げた狸がカウンターで火球を発射。これを読んでいた虎竜も跳躍で難なく避けた。空中にいる敵に向かって、今度は私が〈サンダースラッシュ〉を撃つ。しかし、ティグレドの前脚一薙ぎで雷の波動はあっさり消滅させられた。
(オルセラ……、これは非常にまずいのでは?)
先ほどとは一転してタヌセラの不安げな声が心の中に響いてきた。
確かにこれは……、非常にまずい。攻撃を当てるのがすごく難しい上に、当たっても簡単に防がれる。このままじゃ私とタヌセラだってなぶり殺しだ。私達は(ついでにあのお姉さん達も)間違いなくここで死ぬ!
……一つだけ勝てる可能性があるとすれば、それはこちらが今より強くなるという手。もちろん私は急にレベルアップなんてできない。でも、タヌセラならそれが可能だ。
これ……、持ってきておいてよかった……。
私が道具袋から取り出したのは、メルポリーさんと一緒に倒したシャロゴルテの魔石だった。
「タヌセラ! すぐにこれを食べて!」
(い、いいんですか……?)
「これしか方法はない! タヌセラに賭けるよ!」
(…………、分かりました! たとえ翼が生えても勝手に飛んでいったりしませんので!)
まあ翼は生えないと思う。私が期待しているのはもっと別の生成物だ。
魔獣は最初に魔法を覚えたレベルの倍数で新たな魔法を習得していくらしい。タヌセラはレベル6で〈狸火〉を覚えたから次は12。この魔石で確実に発現するはず!
タヌセラはおにぎりほどあるシャロゴルテの魔石を口に咥えた(ちょっと顎がきつそうだ)。煌く宝石が割れ、溢れた魔力が吸いこまれる。
「キュアアアアアアアア!」
タヌセラの全身の毛が電気を流したように一斉に逆立った。
まるで本当に翼が生えそうな雰囲気だけど、分かってる。これはかつてない魔力の大量摂取に感動してるだけだって。毛が元に戻ると、私はすぐに〈識別〉で契約獣の能力を確認した(契約獣は自分よりレベルが上でも閲覧できる)。
すごい! タヌセラ一気にレベル14まで上がった! それで新しい魔法は……!
え……、何これ?
「キュキュ! キュイッキュー!」
(上位種の魔石をいただいてしまった以上、ここは私が頑張るしかありません! 絶対に何とかしてみせますので任せてください!)
「待って! 早まらないで!」
私が止めるのも聞かず、タヌセラは一匹でティグレドに向かって走っていく。虎竜の方は駆けてくる狸をちらりと一瞥しただけで全く取り合う気配もない。
跳び上がったタヌセラがティグレドの胸に勢いよく得意の頭突きを食らわす。が、一切ダメージを与えられずにボンと弾き返された。諦めずにタヌセラは空中で〈狸火〉を放つ。虎の鼻先に小さな火の玉がポッと点火。
これにイラッとしたようで、ティグレドは首を伸ばして宙にいる狸にかぶりつく。その体は一咬みで塵へと変わってしまった。
「タヌセラ――――ッ!」
(タヌセラ――――ッ!)
「キュオォ――――ン!」
私の隣ではタヌセラが一緒になって叫び声を上げていた。
……えーと、つまり走っていったタヌセラは一匹だけだったということ。最初から二匹いたんだよね、実は。いや、二匹に増えたというべきか。
タヌセラが覚えた魔法は、〈狸分身〉だ。









