39 メイド、洞窟の魔獣と遭遇する。
新暦四六六年四月上旬。
転送から八日目の夕方を迎えた。
昨日同様、装備を整えた私はタヌセラと共にサフィドナの森へと出発。森に入ってすぐに魔力感知を始める。しかし、この日は魔獣に襲われて全滅しそうな新人転送者達は発見できなかった。
「あんな無謀な人達はそうそういないか。その方がいいんだけど……」
じゃあ、今日はもう普通に魔獣を狩っていこうかな。
「キュキュー?」
(別に助けるのは新人じゃなくていいのでは?)
タヌセラがぐいーっと体を伸ばしながら提案してきていた。私はその意味が分からず首を傾げる。
「というと?」
(だからレジセネの町から来た戦士達でも、ピンチになっていたら助ければいいのです)
「この時間に狩りをしているのはベテランの人ばかりなんだから、危機に陥っているなんてありえないよ」
そう言った矢先、感知の端っこに気になる反応が。
……東の台地の近くで、二人の女性戦士が魔獣から逃げてる? 雰囲気から二人共レベル20付近だと思うけど、その彼女達が逃げなきゃならない相手って……。
……何、あの魔獣? とにかく放っておけない!
「タヌセラ! ついて来て!」
契約獣と走り出しながら私は、〈アタックゲイン〉、〈ガードゲイン〉、〈スピードゲイン〉と順に発動した。程なく二人の声が聞こえてくる。
「逃げ切れないわ! 私が囮になって食い止めるからあなたは行きなさい!」
「お姉様をおいて一人で逃げるなんて! 死ぬ時は一緒です!」
「バカ言わないで! 行って!」
「嫌です! 私! 死ぬ時はお姉様と共にと心に誓って、来たーっ!」
獣の咆哮と同時に、木々を薙ぎ倒しながら風の塊が彼女達に迫っていた。
(任せてください!〈狸火〉!)
とっさにタヌセラの発射した火球が風を押し止める。
その間に二人の前に回りこんだ私が〈プラスシールド〉を展開した。魔法の盾は、火球を打ち破ってきた風の砲弾にどうにか耐え抜く。
背後に目をやると二人の戦士は抱き合って座りこんでいた。
「あなたはオルセラ! 助けてくれてありがとう!」
「お姉様タヌセラもいますよ! 私達の出会うきっかけも作ってくれましたし、オルタヌセラはまさに恩人(狸)ですね!」
私達が出会うきっかけを……? そういえば、この人達どこかで見たことあるような……?
そうだ、確かタヌセラをもふっていてチームを組むことになったレベル21【シューター】とレベル16【ウォリアー】のお姉さん達。あれからまだ数日しか経ってないのにずいぶん関係が深まったものだ。
今はそれどころじゃなかった。と私は彼女達を攻撃してきた魔獣に視線を向ける。
こちらを睨みつけているのは、これまで遭遇したことのない大型の魔獣だった。体長はウルガルダと同じ十メートルほどだが、その頭部に付いているのは虎の顔で、竜のような尻尾も二本伸びている。
「あれは獣竜種のティグレドよ。言うなればウルガルダの猫版ね」
【シューター】のお姉さんがそう教えてくれた。
いや、あれは猫なんて可愛いものじゃない。伝わってくる獰猛さは大型肉食獣のものだ。そしてきっとウルガルダより、……あれ?
視界に捉えていたはずのティグレドの姿がいつの間にか消えていた。気付けば虎竜は私達のすぐ横に。
めちゃくちゃ速い!
すぐに私は剣を抜いて〈サンダースラッシュ〉を放つも、敵は後ろに跳び退いて再び森の中に姿を眩ませる。意識を集中させて次の接近に備えた。
…………、来る! 標的は私じゃない!
手から出した〈マジックロープ〉をお姉さん達の腰に巻きつける。ロープを引いた直後に、頭上から現れたティグレドの爪が彼女達のいた場所に振り下ろされた。
「キュララララ!」
(〈狸火〉乱れ撃ち!)
タヌセラが火球を連続で発射。爆炎を逃れた虎竜は私達から一旦距離を取った。そのまま警戒するように様子を窺っている。
急に慎重になった……? そうか、あの魔獣の得意属性は風。苦手な火属性の連射に危険を感じたんだ。
「タヌセラよくやったよ。だけど魔力は大丈夫?」
(出し惜しみしていて戦える相手ではありませんから)
もっともだ。あのティグレドは森の魔獣じゃないよね。いったいどこから来たんだろう?
お姉さん達に尋ねようとして、まだロープで二人をくくったままだったことに気付いてこれを解除する。
「……オルセラ、レベル11なのに私達よりずっと強いわね。申し遅れたけど、私はダイアナよ」
お姉様の方の【シューター】がそう言うと、妹の【ウォリアー】が同意するように頷いた。
「私はシンシアです。お姉様、オルセラは魔力の扱いが私達より遥かに上手ですよ」
え、私ってそうなの? しばらくリムマイアと一緒にいたから、彼女の魔力操作を自然と体が覚えたのかも。特に意識してなかったけど、下手よりはいいよね。
「それより、あのティグレドはどこから現れたんですか?」
私の問いにダイアナさんとシンシアさんは揃って東の台地の岩壁を指した。
「洞窟の中よ。シンシアのレベルを早く上げてあげたくて行ったんだけど、第一階層でいきなり最強クラスのあれが出て来たわ」
「どうにか洞窟から脱出したのですが、まさか外まで追いかけてくるとは思いませんでした」
二人は顔を見合わせて身震いするような仕草をした。
「「本当に死ぬかと思ったわ(思いました)」」
……左様ですか。まだピンチの途中ですよ。
私も関わってしまった以上は、もうあの魔獣を倒すしか生き残る術はない。
「ここは私とタヌセラが引き受けますから、二人は町に戻ってください。魔力、二人共もう尽きそうですよね?」
「できないわよ! たとえ私達より強くても、後輩であるあなた達をおいて逃げるなんて!」
「その通りです! 私もお姉様もあと一発ずつなら魔法を撃てます!」
ダイアナさんは弓を、シンシアさんは槍を、それぞれ構えて訴えかけてくる。気持ちは嬉しいけど、さっきの様子じゃ……。
「……分かりました、じゃあ少し離れて隠れていてください」
私の提案に二人はもう一度顔を見合わせた。
「それがいいわね」
「はい、私達は足手まといにしかなりません」
あれ? ものすごく聞き分けがいい。









