37 メイド、有り金はたいて自分を強化する。
転送されてから七日目。昨日リムマイア達を見送った私は、タヌセラと共にレジセネの中央公園に来ていた。
町のほぼ真ん中に位置するこの公園は、中に池があったり林があったりと結構な広さを誇っている。レジセネで暮らす人達にとって最大の癒しスポットだ。
その小高い丘で、私とタヌセラはやや距離を空けて向かい合った。
「タヌセラ、準備はいい?」
「キュキュ!」
(いつでもどうぞ!)
「いくよ! 〈マジックロープ〉!」
私がかざした手から細長い魔力の紐が発射される。先端がタヌセラの背中にペタッと引っついた。
よし! よっこいしょー!
〈マジックロープ〉を力いっぱい引っ張ると、契約獣を空中へと一本釣り。私は全身を使って受け止めた。
しかし、強く引きすぎたらしく、勢い余ってタヌセラと一緒に草地の上をゴロゴロと転がる。
少し離れた所でピクニックランチをしていた戦士のお姉さん達が私達に視線を向けてきた。
「あらあら、オルタヌセラがじゃれ合ってるわ」
「可愛い、ほっこりするわね」
「それよりあの子達、来て一週間でもうレベル11なんだけど」
「ええ、私達もうすぐ抜かれるわ」
魔力から察するに、あのお姉さん達はたぶんレベル10台の半ばだと思う。申し訳ないけど、一人が言ったように抜かせてもらおう。それでもまだ全然足りない。
草地に寝転んだまま私は隣の契約獣に目をやった。
「とりあえず、これでタヌセラが食べられそうになっても私が引き寄せてあげられるね」
(はい、ですが私ももう簡単には森の魔獣にやられたりしませんよ。空から何か襲ってこない限りは大丈夫です)
今まで貯めたお金とゼノレイネさんから貰った四百万、私は全てを魔法につぎこんだ。購入したのは〈マジックロープ〉の他に、〈アタックゲイン〉、〈ガードゲイン〉、〈スピードゲイン〉の強化魔法。
私なんかを必要だと言ってくれるリムマイアのためにも、彼女が帰ってくるまでに少しでも強くなっておこうと心に決めた。
……そう決意しても、いや、決意したからこそ、たまにすごく怖くなる。
あのシャロゴルテやグラバノスみたいな上位魔獣と、それより遥かに強い守護魔獣と、私が本当に戦えるのか。リムマイアと共に行くということは、割とすぐにその時が来るってことだ。
しかも、これは人類の命運が懸かった戦い。
私なんかが本当に……。
と寝ている私の頭のすぐ近くにタヌセラが立っているのに気付く。狸の魔獣は直立したまま私の顔めがけて倒れこんできた。
「ぷはっ! もふもふに溺れる! タヌセラ何なの!」
「……キキュー」
(……私も怖いですよ)
「え……?」
(だって私は最弱種の魔獣なんですから。ですが、私はオルセラと出会って、この短い期間で信じられないくらい強くなれました。何となく、この先もあなたと一緒なら大丈夫な気がします)
「タヌセラ……」
そうだ、私は一人じゃない。
タヌセラが一緒だし、頼りになるリムマイアやゼノレイネさん、メルポリーさんがついてる。きっとユイリスももうすぐ来てくれるだろうし。(ユイリスは確かレベル6だったと思うけど、こっちに来たらどんどんレベルアップしそうな気がする)
とにかく私は皆の足を引っ張らないように強くならないと。
「ありがとう、タヌセラ。じゃあ、そろそろ行こうか」
立ち去ろうとする私達を見て、ランチをしていたお姉さんの一人が声をかけてきた。
「もうじゃれ合いは終わり? せっかくほっこりしてたのに」
「すみません、今から魔獣を狩りに森に入るので」
「今から? ダメダメ、もう日が暮れるわよ」
「はい、だから行くんです」
「……そう、気を付けてね。……抜かれるの時間の問題だわ、私達」
中央公園を出た私とタヌセラは、一旦リムマイア宅に戻った。
タヌセラが肉まんを補給している間に、私は服を着替えて装備を身につける。最後に魔法のブリムを手に取った。
……どうしよう、これ。感知拡張の能力は絶対に必要だし、仕方ないか……。
覚悟を決めて頭に乗っけた。
家を出て関所横のゲートまで行くと、出入りする戦士達でなかなかの混雑具合だった。
日暮れ時を迎え、これから魔獣は活発に動き回る。それを避けて帰還する者と、逆に高い遭遇率を求めて出立する者がちょうど行き違う時間帯だ。
私も外に出る戦士達の列に加わる。
すると、周囲から一斉に視線の集中を浴びた。元々私は様々な要因(出自、クラス、成長速度、タヌセラ、など)で注目されがちではある。さらに今日は買ってもらった装備の初披露とあって一際だった。
あちこちから「おお……」とか「ついに……」といった感嘆の声が聞こえる。
……はいどうも、これが私の完全体です。メイド騎士、出撃します……。
ゲートを出ると逃げるようにサフィドナの森に駆けこんだ。
「探るからちょっと待ってね、タヌセラ」
契約獣に一言前置きして、魔力感知の範囲を最大まで広げる。
……わ、すごい。感知範囲が以前の数倍になってる。ふざけたブリムだと思ったけど、ちゃんとした魔法道具なんだね。
瞬時に何組かの戦士のチームと魔獣達の存在を確認できた。
んー、人間の方はどれも町から出て来たベテラン戦士か。それならそれでいいんだけど。
私達がこの時間帯に出発したのは高い遭遇率を求めてじゃなく、ある特定のチームを探すためだ。
それは今日転送されてきたばかりの新人戦士達。
私もこの一週間で色々と分かってきた。通常、新人達は昼前に転送されてきて、明るい内にレジセネに辿り着くことを目標に森を進む。間に合いそうにないならどこかに隠れて夜をやり過ごすんだけど、この判断を誤る時があるらしい。
一番危ないのが夕刻、もう町が見えている場合。一気に行ってしまおうと強引に進むから、新人転送者が最も全滅しやすいんだって。
そんなチームはいないに越したことないんだけど……、……ああ、いた。
しかもすでに魔獣と戦闘中だ。
私がそちらに走り出すと、タヌセラも後ろからついてきた。
戦っているのはどうやら女の子六人のチームみたい。全員で鎧竜種のブロドトンをガシガシ叩いている。
その魔獣は動きが鈍いから放っておいて町を目指せばいいのに。大したダメージにもなってないし、そんなことしてると他の魔獣を呼んじゃうよ。
……ほら、厄介なのが現れた。
ブロドトンが逃げ出し、入れ替わりで体長が倍はある大型魔獣が女の子達の前に。ウルガルダだ。
「ごめんタヌセラ! 先に行く!」
私は〈スピードゲイン〉を発動して走る速度を上げた。
お願い! 間に合って!
焦る気持ちを抑えつつ感知を続ける。
ウルガルダがお得意の尻尾での薙ぎ払いを繰り出した。
二人が盾で防御するも軽々と弾き飛ばされる。圧倒的な力の前に残る四人は硬直。
狼竜はまとめて片付けようと再び巨木のような尻尾を振るった。
ドンッ!
……はぁ、セーフ。
左手一本で尻尾を受け止め、私は安堵のため息をついていた。
依然として硬直したままの女の子達は目を丸くして私を見つめてくる。
「もう大丈夫だよ。この魔獣は私が倒すから」
皆さん、今年はお世話になりました。
おかげさまでこのメイデス、コミカライズも決まりました。
本当に応援してくださっている皆さんのおかげです。
来年は色々とお届けできると思います。
スローペースではありますが、「なろう」でも投稿していきます。
来年もよろしくお願いします。
 









