36 メイド、終末を語る。
今回はいつもの二、三倍の分量があります(約6000文字)。
途中で切るのは少し申し訳ない気がしてこうなりました。
もう一度睡眠を取り直した私は、今度はおかしな夢は見ることもなく、転送から五日目の朝を迎えた。〈二度寝〉の固有魔法がなくても案外すっきりした気分だ。
朝一番に、昨日の宣言通りメルポリーさんがやって来た。
今日は鎧やボウガンなどの重装備ではない普段着なので、もう普通にツインテールの美少女にしか見えない。彼女は来て早々に私の腕をぐいぐい引っ張り出す。
「オルセラ、今日は一日たっぷり付き合って。明日には私、死んでしまうかもしれない」
「出陣してすぐに死なないでください……」
あと少しで玄関から引きずり出されそうなところで、間にリムマイアが入ってきた。
「メルポリー、ちょっと」
そう言って二人で私から離れ、小声で何かを相談し始める。やがて揃ってにんまりした笑顔を向けてきた。
「オルセラに素敵なプレゼントを贈るよ。少し待ってて」
「そういうことだ。家で待ってろ」
メルポリーさんとリムマイアは連れ立って出掛けていった。
なんだろ……? まあいいか、言われた通り待っていよう。
しばらくしてゼノレイネさんが寝ていた宝物庫から出て来たので、朝ご飯を作ることにした。フライパンで手早く、目玉焼き、パンケーキと順に焼き上げる。
黒竜の少女はパンケーキにドバドバとシロップをかけながら。
「信じられん……、間違いなくオルセラは料理などできんと思っておったのに……」
「失礼ですね……。昔からお父さんと一緒によくやっていたんです」
タヌセラも私達の隣で同じものを食べていた。
(とろけるバターの乗ったふわふわパンケーキ。肉まんの次くらいに好きかもです!)
「そこは作ってくれた人に気を遣って、肉まんより好きって言うんだよ」
(肉まんに嘘はつけません)
「あっそ」
他愛ない会話をしつつ朝食を終えた。
お茶が入ると、ゼノレイネさんはカップを手に考えこむような顔に。
何か、話すのを迷っているのかな?
「もし大事なことなら、聞かせてくれませんか?」
「ふむ……。リムマイアはお前に余計な心配をかけたくなかったようじゃが、わしは知っておくべきじゃと思う。実はの、今回の台地奪還はかなり厳しい作戦なのじゃ」
「え……、世界中のエンドラインや英雄達が参加するのに、ですか?」
「エンドラインといえど一人で守護魔獣を倒すのは骨が折れる。レベル100に至らない者達はチームを組んでどうにか対抗できるくらいじゃ。守護魔獣とはそれほど強い。そして、東の台地にはこいつがまだ二十頭以上おる」
そんなにいるの!
確か、エンドラインって認定されている人を全員足しても十何人とかだった気が……。あ、昨日コレットさんがどうにか半数集めてみせるって言ってた。英雄クラスの戦士だってそんなに沢山いるわけじゃないよね。だって英雄だし。
その戦力で一気に二十頭以上の守護魔獣を倒すの……?
「た! 大変な作戦じゃないですか!」
「じゃからそう言っとる。さらに厳しいのは、こちらからは戦死者も出せんという点じゃ。戦力は可能な限り保持せねばならん。大きく削られてはせっかく台地を掌握してもすぐに奪い返されてしまうからのう」
勢力圏に置いた台地は守り続けなきゃならないってこと?
そもそも、どうして台地のためにここまで必死に戦わなきゃならないんだろう。全部奪われたらいったいどうなるの?
尋ねるとゼノレイネさんは再び考えこむ仕草を見せた。今度は迷っているというより、口にするのを躊躇っている感じだ。
「あ、あの、無理に話さなくても」
「……いや、オルセラには伝えておこう。ただし、このことを知らん者には絶対に明かしてはならん。よいな?」
「え、は、はい」
「わしら守護魔獣には生まれた時より刷りこまれておる命令が存在する。それは、全ての台地に全ての守護魔獣が揃ったその時、――――」
…………、……嘘、でしょ。
――――。
「オルセラ、どうした? おい?」
気が付くと目の前にリムマイアの顔があった。
いつの間に帰ってきたのか、隣にはメルポリーさんもいる。
私の様子からリムマイアはすぐに状況を察した。ゼノレイネさんを鋭く睨みつける。
「お前、作戦の詳細を話したな? まさかあのことも教えたんじゃないだろうな?」
「どちらも正解なのじゃ」
「お前はどうしてそうお節介なんだ……」
「それはお互い様じゃろうが」
これ以上の問答は無意味と悟ったのか、リムマイアはため息をつく。
この後、彼女がどう行動するか私には分かっていた。思った通り、いつものように私の銀髪をくしゃっと雑に撫でてきた。
「心配するなと言っただろ。私達は必ず成功させる。そのために明日から準備にかかるんだ」
「うん……」
「じゃあもうそんな顔するな。オルセラへのプレゼントが用意できた。行くぞ」
リムマイアは居間に置いてあった私の装備類を抱え持ち、出入口へと急かす。
「わしとタヌセラはドッグレースを見にいくのじゃ。あとでこっちに来てくれ」
「キュキューイ!」
(行ってきまーす!)
と契約獣ペアが一足先に出発。
すぐに私もリムマイアとメルポリーさんに連れられて家を出た。
そうだよね、何だか分からないけど私のために用意してくれたんだから、塞ぎこんだ顔をしてちゃダメだ。二人には戦い前最後の休みになるし、逆に私が楽しませるくらいの気持ちでいかないと!
到着したのは、戦士の武具などを扱っているお店だった。
入るなりまず服を着替えるように言われる。試着室で渡された服に袖を通しながらふと。
これ、すごく着慣れてるというか、なぜか懐かしい感じがするね。あ、下はスカートなんだ。
「着替えたよ。プレゼントって言うからもっと華やかな服かと思ったけど、意外ときちっとしたのなんだね」
「相変わらず遠慮ないな、買ってくれた人に気を遣え。まあここからだ」
「そう、ここからが本番」
リムマイアとメルポリーさんは早速私の体に防具を装着させていく。最初に以前から使っている胸鎧。それから肩と腰の鎧、小手。
え、こんなスカート服の上に? でも全体的に統一感があって結構マッチしてる。
仕上げに剣と銃を腰に差すと、私は姿鏡の前に立った。
「なんかちょっと、かっこいい……。まるで戦女神みたいだ」
下がスカートのせいか、神話の戦場を駆ける女神のようだった。けど、どこか違和感があるな。と思っているとリムマイアが頭に何かを乗っけてきた。
「こいつで完成だ」
「こ、これは……!」
頭上に取り付けられたのは、メイドの象徴とも言うべきブリム。
……そうか、違和感を覚えたのは服がきちっとしすぎていたからだ。頭にブリムが乗ったことで完全になった。
「完全に、メイド騎士になった……」
見ていた二人が納得したようにうんうんと頷く。
「元からあった胸鎧に合わせて見繕った。同じ防御魔法が肩、腰、小手、の全防具に宿っているよ」
「そしてそのブリムだ。ルクトレアが、城の倉に眠っていたからメイドの娘に渡してほしい、と速達で送ってきてちょうど昨日届いた。魔力感知の範囲を拡張する魔法が宿っているみたいだな。どうせなら【メイド】らしい装備にしようとそうなった。面白いだろ?」
リムマイアはメルポリーさんと視線を合わせ、互いにニヤッと笑った。
この二人、こういう時だけ意気投合するんだね……。楽しんでもらえたみたいでよかったよ……。というより発端はお母さんか。
お披露目も済んで装備を外しているとリムマイアが。
「勘違いするな。その装備で別にオルセラに何かしてほしいってわけじゃない。気にせず進む道を選んでくれ」
「あ、うん」
「まあ私がいない間にオルセラが死なないための備えだ。お前、そそっかしいから」
「目を離したらすぐ死ぬみたいな言い方やめて……」
私の装備が【メイド】らしく完成を見たところで、私達はレジセネの数少ない遊興施設の一つ、ドッグレース場に向かった。
場内に入ると凄まじい歓声。特に声援を浴びているのは一匹の犬だった。すごくもふもふの大型犬……、いや、あれはタヌセラだ。
ゼノレイネさんが私達に気付いて駆け寄ってくる。
「ちょっと飛び入り参加させてみたのじゃ。ほれ、始まるぞ」
目をやるとタヌセラが犬達にまじって走り出した。ぐんぐん後続を引き離し、ぶっちぎりの一位でゴール。
レースを終えて戻ってきた狸の魔獣は上機嫌だった。
「キュッキュッキュ」
(ふっふっふ、犬達に格の違いを見せつけてやりました)
「そもそも生物として違うからね」
動物に勝ってはしゃぐタヌセラを見ていると、少し切ない気持ちが込みあげてきた。
レジセネの町は戦争のために造られたので遊べる場所なんてそれほど多くはない。それでも楽しめたりリラックスできるスポットはいくつかあるから、この日の残りの時間は皆でそれらを回った。
夜はまたテラスで甘いものを片手に焼肉。
……何だか怖くなって私は寝る前に一時間ほど素振りをすることにした。
ふと手を止めて台地を見上げる。すると、体の奥底から湧き上がってくるような震えが。
打ち払うように、私は剣を強く握り直した。
瞬く間に翌日になり、リムマイア達が台地に出発する時間が訪れた。
関所の前には、第一陣として赴く戦士達が集まっている。
リムマイア、エリザさん、メルポリーさん以外に、英雄クラスの七人が一緒に行くらしい。どうやらエンドラインはエリザさん一人だけみたいだね。
その唯一の最終戦線が私の方に歩いてくる。
「オルセラ、ついに私の秘密を知ってしまったようね」
「えーと、あ、前世のことですか?」
「そう、私の前世はかの英雄王」
エリザさんは私の顎先に指をやり、クイッと顔を上げさせた。
「私のこと、好きになってもいいのよ?」
「こんな時に何をやっているんですか」
眼鏡をかけた女性が、背後から元英雄王の襟首を掴んでいた。そのままズルズルと引きずっていく。
エリザさんの方は途端に大人しくなり、意気消沈している様子。
「これから大変なんだからちょっとは大目に見てよ、ナタリー……」
「前世で散々好き勝手やったでしょう。私も四日後にはハロルド達の調査団と共に再び上に行きますから、しっかり準備を進めておいてください」
「戻ってきたばかりだし、もっとゆっくりしてていいのよ」
「ゆっくりしていたら誰があなたの毒牙にかかるか知れませんので」
「毒牙にかかったのは(前世の)私……」
あの人がナタリーさんか。話で聞いた五年前よりさらに眼鏡が似合うようになっている気がする。エリザさんとはああいう力関係なんだね。
「けど、エリザさんにも苦手な女性とかいるんだ」
「いる。私もその一人」
呟きに返事があったので振り返ると、そこにはメルポリーさんが立っていた。
所構わず爆破する女性は、苦手とする人は結構多いと思う……。
メルポリーさんは一緒に行く戦士達をざっと見回した。
「私も昨晩、リムマイアから転生者達の話を聞いた。今日共に行く全員が、そして作戦に参加するほどんどがそうらしい。奴らは妙に使命感に燃えていて積極的なんだとか」
「あの全員が……、転生者って本当にいっぱいいるんですね」
「私以外は全員が二度目とか、反則か。オルセラ、私絶対に生きて戻ってくるよ。死んでる場合じゃなくなった。転生者達に私の力を見せつける! あわよくばこの作戦に乗じてレベルを上げる!」
やる気を漲らせ、メルポリーさんは大きな歩幅で去っていった。
言われてみれば、今回台地に赴く戦士達は誰も彼もが若く見える。私と同い年くらいの人もいるし。そっか、全員が転生者なのか。
「あれ? その中でメルポリーさん一人だけ現生者って、逆にすごくない?」
「だから、あいつには才能があると言ったんだ」
呟きにまた背後から返事が。
誰かはすぐに分かった。振り向いてその姿を確認する。
「リムマイア、もう戦闘準備は万端だね」
彼女は防具や装飾品に身を固め、背中にはいつもの折り畳み式の大槍を背負っていた。
「うむ、着いたらすぐ活動開始だ。私じゃなくても、転生者ばかりで経験豊富だからその辺りは心得ているだろう。私達は皆、生まれて間もなく魔力を鍛え始めているし、戦場に来るのも早い。メルポリーはそれにたった二、三年で追いつこうとしてるんだ。あれを才能と言わずに何と言う」
確かに、転生者達には前の人生プラス現生の経験があるんだから、それに追いつくなんて何十倍の速度だろ……。戦いの天才、まさに人間兵器だ……。
「オルセラはおかしなメルポリーしか見てないが、普段のあいつは戦闘センスに溢れた戦い方をするし機転も利く。お前も乗せられてシャロゴルテを倒しただろ?」
「うん、見事に乗せられた」
「しっかり戦力になるからこそ今回選ばれている。もしオルセラが私と共に戦うなら、たぶんあいつももれなくついてくるぞ。……あ、いや、勘違いするな! あくまでもオプションの話だ!」
慌てて取り繕おうとするリムマイアを見て、私は思わず笑みがこぼれた。
「リムマイア、私はどうするか、もう決めたんだよ」
予想外だったのだろうか。彼女は私の顔を見つめたまま停止してしまった。
「……もう、決めたのか?」
「この作戦が終わったらきちんと話すよ。だから、絶対に無事帰ってきて。私を誘ったのはそっちなんだから。絶対だよ」
これはもう、半分言ってるようなものだけどね。
リムマイアもそれが分かったらしい。驚きの表情が笑顔に変わった。
「任せろ!」
力強くそう言い残し、彼女は皆の方に駆けていく。
「お前ら! この作戦は必ず成功させるぞ!」
そうして、いよいよ出発の時がきた。
ゼノレイネさんが黒竜の姿に戻り、その背に戦士達が乗りこむ。
周囲には大勢の人達が集まってきていた。レベル50に満たない戦士達、関所の職員達、町の商人達。この作戦のことをどこまで知っているかは人それぞれなんだろうけど、今後の戦況に大きく影響するものであると、全員が何となく肌で感じ取っている。
飛び立つ直前、ゼノレイネさんは私の方をちらりと見た。
私は前に、譲れないことは譲れない、と言った。だから、彼女はあの話をすれば私がどんな答を出すか、分かっていたんだと思う。
台地へと向かって飛ぶ黒竜を見送りながら、私の頭には昨日聞いた話が甦ってきていた。
――――、全ての台地に全ての守護魔獣が揃ったその時、ついに人類への侵攻が開始される。
守護魔獣は先導役だ。彼らに続いて、翼を持つ者は空を飛び、持たない者は地を駆け、全魔獣が一斉に動き始める。
人も国もことごとく呑みこまれるだろう。
魔獣達は決して止まることはない。
この世界から、人類が完全に消え去るその日まで。









