35 メイド、夢を見る。
ただ一人、私は森の中を歩いている。
見上げればすぐ近くに台地の岩壁が見えるので、ここはサフィドナの森だと思う。なのに私は普段着のまま、武器も防具も装備していない。
まるで初めてここに転送されてきた時みたいだ。
おや、向こうから何か飛んでくる。
大きさは……、体長一メートルくらいかな。背中に翼が生えていて、脚は四本だから飛竜種? え、あんな小さいのもいるの?
でも、飛竜にしてはやけに毛がもふもふしてるな……。
……いや、あれは飛竜じゃない。
タヌセラだ!
「キュキュー! キュ、キュキュー!」
(オルセラ見てください! 私、シャロゴルテの魔石を食べたら翼が生えたんです!)
…………、そんなバカな!
翼を授かった狸の魔獣は私の周囲をパタパタと飛び回る。やがて目の前の空中で停止した。
(では、私はお先に台地の上に行ってますね)
ちょ、ちょっとちょっと!
「キュキューイ」
(オルセラも早く来てくださーい)
待ってタヌセラ! 翼は生えても今のレベルじゃすぐ他の魔獣にやられちゃうよ!
私が止めるのも聞かず、契約獣は台地を目指して飛んでいく。
ところが、上空数百メートルを飛行中、横から深緑色の巨竜グラバノスが。タヌセラはパクッと一口で食べられてしまった。
タ、タヌセラ――――ッ! 言わんこっちゃない!
「言わんこっちゃない!」
私はベッドにしているソファーの上で飛び起きていた。
……夢、だった。何となく途中からそんな気はしていたけど……。
ランプを灯すと、部屋全体が薄明かりに照らされた。ここはリムマイアの家の居間で、私とタヌセラは寝るのにも使わせてもらっている。
そのタヌセラはといえば、クッションの上で丸くなって熟睡中。
「クー……キュー……、クー……キュー……」
(肉……まん……、肉……まん……)
肉まん、どんだけ好きなの。と思いつつも無事であることを確認して胸を撫で下ろす。
壁の時計を見ると深夜二時を回っていた。
机に放置していた飲みかけのコップを取り、中の水を喉に流しこむ。
……あんな夢を見たのは、きっと昨日は色々とあったからだ。上位魔獣との戦闘や、台地での作戦の話。あと、死の暗示も何度かされたし。(……夢の中で食べられたのはタヌセラだったけど)
本当に色々とあった一日だったけど、一番驚いたのはやっぱりこれだよね。
コップを置くと傍らの本に手を伸ばした。その表紙には怪物のような大男が描かれている。
これが、リムマイアの前世……。
ずいぶん可愛く縮んだものだと思う。
現在のこの世界には、過去からの転生者が何人もいるらしい。
一時代に名を轟かせた人ばかりで、知識や技術を有したまま生まれ変わった彼らは、現代でもその才能と能力を発揮している。
戦闘分野で言うなら、英雄クラスの若い人は大体そうで、エンドラインのほとんどがそうなんだとか。
そういえば、あのエリザさんも実はエンドラインの一人で転生者だった。
彼女の前世は、かつて大陸の西側一帯を統一した英雄王だ。私もこの人物のことは知ってる。人間離れした強さを備えていて、治世者としても優れていたって有名だよ。
ただ、英雄王には一つだけとても困ったところがあった。
それは、色を好みすぎたということ。とにかく女性が大好きでまさに手当たり次第。そのせいで彼は、複数の女性から同時に毒を盛られるという残念な最期を迎えている。
エリザさんがその英雄王だと聞かされて、私は妙に納得してしまった……。そして生まれ変わっても全くこりてない……。
あと彼女が二十四歳という若さで前線基地の統括者を任されているのにも頷けた。
だけど、歴史に名を遺したといっても本当に人それぞれだね。
前世のリムマイア、凄まじい……。
本をパラパラとめくっていると部屋の外で物音がした。
程なく出入口の扉が開いてリムマイアが室内に。
「悪い、起こしてしまったか」
「ううん、たまたま目が覚めちゃって。ミッシェルさん、どうだった?」
「いつも通り元気だったぞ。あいつには〈二度寝〉があるからな。しばらく埃をかぶっていた剣と鎧をオルセラが使ってくれて喜んでいた」
昨晩から日をまたいで、関所では世界各国の協会理事が出席する遠隔会議が開かれていた。(遠くの人同士の映像と音声を送り合うことができる、すごく高価な魔法道具が使われているらしいよ)
ミッシェルさんは現在、ドルソニア王国を代表して理事になっている。リムマイアが顔を見せないと、彼女が駄々をこねて会議がなかなか進まないそうだ。
世界最高峰の会議で駄々をこねられるミッシェルさんは、話に聞いた通りの人だと思った。
リムマイアは思い出したように「そうだ」と。
「お前の母、ルクトレアから伝言を預かってきた」
そうだ……、お母さんはヴェルセ王国代表の理事なんだから当然出席してる。なぜかやけに緊張するけど、聞かせてもらうことにした。
『オルセラ、あなたが思う道を進みなさい』
私が……、思う道……。
お母さんは予知を解析して、私の現在の状況を知っているだろう。だからこそあの言葉を送ってきたんだ。
今、私にはゼノレイネさんに貰った四百万があった。このお金で転送の予約をすれば、一か月後には王国に帰ることができる。でもそれは……。
視線からリムマイアは私の言いたいことを察した。
「私も同じ考えだ。オルセラが好きに決めればいい。今回の作戦が終わって戻ってきた時、お前がどんな答を出していたとしても尊重する」
「リムマイア、いいの?」
「ああ、強制しても意味がないからな。私がいない間、この家も好きに使ってくれて構わん。……ただし! タヌセラが肉まんを隠そうとした時だけは絶対に阻止しろ!」
「わ、分かった……」
噂をすれば、タヌセラが寝ていたクッションの上で頭を持ち上げた。
体をブルブルッと震わせてこちらに歩いてくる。もふもふの毛をすり寄せてきたのでまずは一撫で。
「起こしちゃってごめんね。せっかく肉まんの夢を見ていたのに」
(肉まんの夢はいつも見ているので大丈夫です)
「どんだけ好きなの」
(加えて今日は素敵な夢を見ました。なんと私! 魔石を食べたら翼が生えて空を飛べたんです!)
「……それ、私も見たよ(その後、食べられてたけど)」
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