33 メイド、食事の前に食べられそうになる。
食料品店の並ぶ通りに入った私達は、まずコレットさんご要望のお肉を買うことにした。牛、豚、鳥、羊、猪をそれぞれ一キロずつ。羊と猪、いるかな……。
それから、ゼノレイネさんは思い出したようにとある店舗に視線を向けた。
「たぶんメルポリーも来るじゃろ。あの菓子店で甘いものでも買っていってやろう」
意外と、と言ったら失礼かもしれないけど魔獣なのにそんなことに気が回るんだな。と思っていると、店に入ったゼノレイネさんは目を輝かせてショーケース内のケーキを眺め始める。
……甘いもの、間違いなくゼノレイネさんも好きだよね。この人、(本体は)恐ろしい姿と力なのに恐ろしく乙女だ……。
あれ、上機嫌だったのに急に不穏な空気に。
「わしのお気に入り、イチゴソースのレアチーズケーキがないのじゃ」
黒竜の少女は再び尻尾でビタンビタンと床を叩き出す。
すると、店員さんは即座にカウンターの下を探る動き。
「今回、イチゴが入荷できなかったもので。他の商品をご検討いただけると有難いです」
そう言いながら猫のぬいぐるみをそっと差し出した。
「…………。仕方ないのう。ではラズベリーソースのレアチーズケーキを一ホール、あとシュークリームを二十個もらおうかの。オルセラ、頼んだぞ」
店を出ていくゼノレイネさん。支払いを済ませた私は、スイーツと猫を抱えて慌てて後を追った。
ゼノレイネさんと一緒に買い物をして分かったのは、商人の人達は割と彼女の扱いに慣れているということ。おそらく皆さん、ぬいぐるみを常備してらっしゃる。
おかげで私達の買い出しはスムーズに進んだ。他に購入したものといえば、全員で摘まめるピザやフライドポテト、サラダなど。
瞬く間に私は、狸と熊を抱えるゼノレイネさんより大荷物になった。
しかし、彼女はまだ何か買う気のようだ。
「タヌセラの大好物のキューリを買ってやらんと」
「……タヌセラの大好物は肉まんです」
最後に肉まんを購入すると私の積載量は限界に達した。
リムマイアの家に到着し、私達は鍵のかかった部屋の前へ。
「しばし待っておれ。絶対に覗いてはならんのじゃ」
とゼノレイネさんはもふもふ達を抱えて、彼女の宝物庫の中に入っていった。扉が閉まるや、かん高い声が。
「皆の者! ただいまなのじゃ! 会いたかったぞ! のほほほほほほほほ!」
もっふ――――っ!
……たぶん、ぬいぐるみの海にダイブしたんだと思う。
待つこと約十五分、部屋の扉が静かに開いた。
「待たせたの。では飯にしようか」
満足げな表情のゼノレイネさんが手ぶらで出てきた。
……ん? 手ぶらで?
鍵のかけられた扉の向こうから、「キューン……、キューン……」と鳴き声が聞こえる。
「タ! タヌセラは出してあげてください!」
「いかんいかん、うっかりコレクションしてしもうたのじゃ」
宝物庫を出たタヌセラは、二階の屋外テラスで呆然と風に吹かれていた。
食べられないって分かっていても、遥かに格上の魔獣にずっと持たれたままじゃ疲れちゃうよね……。
やっぱりここは私が契約者としてきちんと言わないと! 怖いけど!
「ゼ! ゼノレイネさん! タヌセラをぬいぐるみのように扱うのは、や、やめてください! 私の大切な契約獣なんです!」
「ほう……、オルセラ、わしのすることに異を唱えるか? わしの力は先ほど見たはずじゃぞ」
突如、ゼノレイネさんの雰囲気が一変し、その体から黒い魔力が溢れ出す。
殺気に満ちた竜の眼差しが私の全身を射抜いた。
本気で怒らせてしまった! ここここ殺されるっ!
だけど……!
「ゆ、譲れないことは……、譲れません!」
ゼノレイネさんは私の目を見つめたまま全く動かない。その一秒一秒がとても長く感じられた。
やがて、まるで嘘のように彼女から一切の敵意が消え去る。
「すまんかったの、ちょっと試してみたくなったのじゃ」
「冗談、だったんですか……?」
「いいや、完全に食うつもりじゃった(そのつもりで殺気を放った)」
「ええー……。……たぶんチーズケーキの方が美味しいですよ」
「ほっほっほ、もっともじゃ。今後は、タヌセラをちゃんと仲間の契約獣として扱う。それでよいな?」
「あ、はい。お願いします」
はぁ、本当に殺されるかと思ったよ……。
ん? タヌセラ、どうしたの?
狸の契約獣は涙を流しながらふるふると震えている。
「キュ、キュ……。キュー!」
(オルセラ、私のためにそこまで……。大好きですー!)
感極まったタヌセラは、飛びこむように私に抱きついてきた。
これを見ていたゼノレイネさんもうずうずし始める。
「たまらん! 仲間として尊重するがもふもふするのは許してほしいのじゃー!」
私に抱きつく狸に抱きついた。
待って二人(匹)共! 間に結構な大きさの毛玉魔獣が挟まってるだけにすごく暑苦しい!
場が落ち着いたところで、私達はご飯の準備を開始した。
その合間に、私は気になっていたことをゼノレイネさんに聞いてみることに。
「さっき関所で話していた、作戦っていったい何なんですか?」
「ああ、あれを取りにいく作戦じゃよ」
そう言って彼女は東の空を指差した。
あれって、まさか……。
「台地、ですか……?」
「そう、東の台地を奪還するのじゃ」
「とても大きいですけど……、そんなのどうやるんです?」
「全ての守護魔獣を倒せばよい」
守護魔獣というのは台地に点在する一際強い上位魔獣らしい。通常の魔獣と異なるのは、それぞれがオンリーワンの存在であり、一度討伐すれば次の生成まで時間が掛かるということ。
全守護魔獣を倒せば、つまり守護魔獣が一頭もいない状態を作れば、台地全体の魔獣の発生を抑制できるそうだ。その台地を人間が勢力圏に置いたことになる。
ただ、そう簡単にはいかない。
何しろ守護魔獣は他の個体より抜けて強いので。
「今回、二頭も討伐できたのはヴェルセ王国の戦士達が総出で行っておったからじゃ。お前の国、戦士の質は世界トップクラスじゃし、アスラシスに関して言えば、わしはエンドライン最強じゃと思っとる」
話しながらその最強戦士のことを思い出したのか、ゼノレイネさんは小さく身震いした。
にしても私の国、そんなに強かったんだ……。
そういえばお母さん(ルクトレア総司令)、この戦争は量より質が大事だから戦士達の育成にかなりの予算を注ぎこんでるって言ってたっけ。
私は体をさすっている黒竜少女に目をやった。
「でも、ゼノレイネさんも相当強い魔獣なんでしょ? コレットさんが守護魔獣級だって」
「当然じゃろ。わし、元は守護魔獣じゃもん」
……改めて、リムマイアすごい魔獣と契約したな。いわゆるエリアボスの一角じゃん。
そして私、さっきは本当に危なかった……。









