31 メイド、人も魔獣も見掛けによらないことを知る。
危険な上位魔獣達を退けたところで、私達はレジセネの町に戻ることになった。
歩けないメルポリーさんをリムマイアが〈マジックロープ〉でくくって引っ張っていこうとしていたので、私が背負っていくことにした。いくら何でも可哀想でしょ……。
背中におんぶするとメルポリーさんはやはりぎゅっと密着してきた。
……まあいいか、背負いやすいし。
歩き出してしばらくすると、彼女がタヌセラに何かをあげ始めた。後ろからガリガリと音がする。
「メルポリーさん、あまりタヌセラにクッキーあげないで。虫歯になっちゃう」
私がそう言うと、前を歩いていたゼノレイネさんが振り返った。
「わしら魔獣は虫歯になどならんぞ。普通の生物ではないからの。時間と共にあらゆる傷が魔力で癒えるのじゃ」
この言葉に契約者のリムマイアがため息をつく。
「私はこいつと契約するまで何度も戦ったが、毎回、完全回復してきてうんざりしたな……」
「魔力の多い人間も似たようなもんじゃろうが」
……何度も戦った末に今があるのか。上位の魔獣と契約するのは簡単じゃないんだね。
それに比べて私とタヌセラは、
……あれ、あの子が食べてるの、クッキーじゃない!
背後を見ると、メルポリーさんがあげているのは魔石だった。
「これは私が狩りまくってたウルガルダの魔石。狸も頑張ったからご褒美」
「キュキュー!」
(メルポリーさん大好きです!)
「うちの狸に、どうもすみません……」
「契約獣の餌付けも大事だから」
「え……?」
よくは分からないものの、しっかり餌付けされたタヌセラは私と同じレベル11になった。
契約獣は満足げな表情で私の隣をトコトコと。
(ところでオルセラ、いずれ私も人に変身できる魔法を覚えるんですよね? 待ち遠しくて仕方ないです!)
そうだ、タヌセラもゆくゆくはゼノレイネさんみたいに……。
ちょっと待って、あの理屈でいくと体は私がベースで、同じ姿ってことだよね。それで髪は茶色で、たぶん狸の耳と尻尾が付け足される、と。
…………。
まさに私の狸版、完全なるタヌセラができ上がる!
「……そんなに急がないで、ゆっくりでいいよ」
「キュ?」
タヌセラが首を傾げていると、前方から戻ってきたゼノレイネさんが突然その顔を掴んだ。じーっと見つめた後に、今度は確認するように体の毛に手をうずめる。
「さっきから気になっておったのじゃが……、このラクームやはり……」
「た! 食べないでくださいよ!」
私が慌てて止めようとした瞬間、彼女はガバッとタヌセラに抱きついた。
「ものすごくもふもふで可愛いのじゃ!」
…………、ん?
恐ろしい暗黒竜の、あまりにも意外な行動に固まる私。
リムマイアが呆れ気味の笑みを浮かべる。
「ゼノレイネはなぜか可愛いぬいぐるみとかが好きなんだ。私の家、鍵のかかった部屋があったろ? あそこにはこいつの集めたもふもふのコレクションが詰まってる」
「わしの宝物庫なのじゃ」
ゼノレイネさんは剥製のように微動だにしないタヌセラを持ち上げた。そのまま脇に抱える。
「名前はタヌセラじゃったか、気に入ったぞ。オルセラ、お前のこともな」
彼女はリムマイアと同じ顔で笑いながら、腰の袋から魔石を取り出した。
シャロゴルテの魔石より一回り大きい……、あのグラバノスのかな?
「今日はわしがこいつで馳走してやろう。何でも食いたいものを言え」
ゼノレイネさんが背中の翼で宙に浮かぶと、さすがにタヌセラも硬直したままではいられなかったらしい。
「キュ、キューイ! キューイ!」
(オ、オルセラ! 助けてください!)
「そうかそうか、そんなにキューリが好きなら山盛り買ってやるのじゃ」
すでに見え始めていた町のゲートに向かって、タヌセラを抱えたゼノレイネさんはスイーッと飛んでいった。すると、すぐにそちらから悲鳴の数々が。
「いやー! ゼノレイネよ!」
「何解き放ってんだリムマイア!」
「リムマイアどこだー!」
「もうタヌセラが捕獲されているわ!」
「タヌセラー!」
飛来した黒竜の少女に、ゲート前の戦士達は大パニックだった。
私がゆっくりと視線をやると、リムマイアは「ああもう!」と頭をかきながら後を追う。
……なるほど、ゼノレイネさんが皆からどれだけ恐れられているか分かった気がする。確かにこれは敵の魔獣よりたちが悪いかもしれない。
私もメルポリーさんを背負ってゲートへと足を進めた。
関所に入ると、入口すぐの所にリムマイアが立っていた。
「大丈夫だ、コレットが対応してくれている」
「コレットさん……? ここじゃあまり見掛けない人だけど」
「今は奥で仕事をしてるからな。私ともゼノレイネとも長い付き合いだから心配ない」
受付では天然パーマの女性職員がゼノレイネさんと向かい合っている。
その職員、コレットさんがカウンターに積まれた札束を指し示した。
「きちんと適正な金額です。駄々をこねてまた魔獣化したら、さすがにエリザさんも本気で怒りますよ。今はアスラシスさんもいるんですから」
「ア、アスラシス、戻ってきておるのかの……?」
「ええ、つい先ほど。……ゼノレイネさんが魔石にされちゃうかもしれませんね」
「…………、……この額でいいのじゃ」
「あとその抱えてる狸を解放してあげてください」
交渉が成立したところで、コレットさんは私達の方に視線を移してきた。一転して笑顔を弾けさせる。
「リムマイアさん、もしやお隣の方が噂のオルセラさんですか!」
「ああ、そうだ。後で紹介しようと思っていたんだが、手間が省けたな」
「聞いてますよ、すごい成長速度らしいですね」
「うむ、今日はシャロゴルテを倒してレベル11になった」
「ええー! 転送四日目で上位魔獣を! もうレベル11ですって!」
コレットさんの大袈裟なリアクションで、他の職員や戦士達の注目が一斉に私に集まった。〈識別〉を使える人達が起点となり、今回も関所中が大変な騒ぎに。
……コレットさん、最初は落ち着いた雰囲気のベテランさんかと思ったのに、結構困った人みたいだ。
リムマイアが私の肩にポンと手を乗せる。
「あれはコレットの病気のようなものだ。何年経っても治らん」
人も魔獣も見掛けによらないということだろうか。それにしても、リムマイアの周りは変わった人(魔獣)が多いな……。









