30 メイド、危険な闇の契約獣と出会う。
グラバノスがその巨体を震わせると、上に乗っていたディアボルーゼはすぐに跳び退いた。
睨み合う二頭の飛竜。
こんな大きな生き物同士が戦うなんて……。
絶対にもっと離れた方がいいよね。
タヌセラ、しょんぼりしてる場合じゃないから! 早く逃げるよ! そうだ、メルポリーさんは立てないから背負っていかなきゃ!
と視線を向けると、彼女は落ち着いた様子でまたリンゴジュースを飲んでいた。
「こんな怪獣決戦は滅多に見れない。ゆっくり見物させてもらう」
「残念だが、期待には応えられないぞ。すぐに終わる」
リムマイアは大型魔獣達を眺めながらそう言った。
全く慌てる素振りのない熟練戦士達を見て、私にも平常心が戻ってきた。メルポリーさんの隣に腰を下ろし、リンゴジュースを受け取る。
緊張の連続でさすがに喉が渇いちゃったよ。ああ、魔法(道具の)瓶のおかげで冷たくて美味しい。
え、タヌセラもまた欲しいの? あとで絶対歯磨きね。
「このメイドと狸……、だからゆっくり見物するなって……。ほら、始まるぞ」
リムマイアの発言を契機にしたように、飛竜達の間に緊迫した空気が流れ出す。
ずっとどこか気後れしていたグラバノスが最初に動いた。
前脚をドン! と鳴らすと、大地がめくれていくつもの大岩が宙に浮かび上がる。
この深緑の竜が得意とする地属性の魔法なんだろうけど、すごい規模だ。もちろんただ岩を浮かせるだけじゃないよね……。
思った通り、巨岩群は黒竜に向かって一斉に発射された。
この攻撃に対し、ディアボルーゼは目の前に漆黒の防壁を築く。
大岩は魔法の壁に触れるなりことごとく消滅した。砕くわけでもなく、まるでとても細かく分解するように。
「あ、あの壁、怖い……。何なの、あの属性……」
私が呟くと、飲んでいたジュースをリムマイアが上から抜き取った。
「ちょっとくれ、私も喉が渇いた。あれは闇属性だ。光以外のどの属性にもまんべんなく効くし、魔力吸収の特性も持つ厄介なやつな」
「吸収って……?」
「今のもそう。さっきの岩はグラバノスが魔法で構築したものだから、そのつないでいた魔力を吸収してあんな感じに細かくなった」
「そうなんだ……。ところであの闇の壁、ちょっと大きくなってない?」
「だから魔力を吸収したって言ってるだろ。あの防壁は一気に壊さないとどんどん強化される。あと、吸った魔力はディアボルーゼ本体にも入るから、あいつは基本的に魔力切れの心配がいらない」
そんな能力、ありなの……?
だとしたら、リムマイアの契約獣は本当に強い。反則みたいな魔法がある上に、たぶんあの黒竜自身も……、あれ?
視線をやると、先ほどまでいたはずの場所からディアボルーゼの姿が消えている。
黒竜はすでに緑の飛竜のすぐ隣に移動していた。
虚を突かれたのはグラバノスも同様だったらしい。回し蹴りのように放たれたディアボルーゼの尻尾を、その腹部にもろに食らった。
体長三十五メートルあるグラバノスの体が大空へと弾き飛ばされる。
即座にディアボルーゼは空中の敵に向かって口を開いた。
発射されたのは真っ黒な火炎放射。
ゴオオオオオオオオオオッ!
闇の黒炎に飲みこまれ、グラバノスの巨躯は塵へと変わった。
……攻撃に移ってからわずか数秒で決着。本当に、すぐに終わった……。
勝利したディアボルーゼを見つめていると、突然その全身が光り始めた。直後、黒竜の姿がこつ然と消える。
今のって、転送の光かな? 仕事が済んだから帰っちゃったってこと?
これが見当違いであることはすぐに分かった。
「……さあ、来るぞ。ここからが大変なんだ」
リムマイアは今日一番の神妙な面持ちになっていた。
来るって、何が? リムマイアほどの戦士がここまで警戒するなんて……。
私も一緒になって森の奥に視線をやった。
やがて現れたのは……。
え……、リム、マイア……?
そこには、顔と背丈がリムマイアと完全に同じ人間が立っていた。
違うのは、真っ黒な髪と金色の瞳。そして、側頭部から生える二本の角と、髪同様に黒い翼と尻尾。
……信じられないけど、魔力の感じから間違いない。この子、あのディアボルーゼだ。
何とか現実を理解しようと頭をフル稼働させていると、横からメルポリーさんが。
「オルセラ、知らなかった? 契約獣は数年経つと人化の魔法を覚える。その際、ベースとなるのは契約者の姿」
全然知らなかった……、初耳だよ……。タヌセラ、知ってた?
尋ねると私の契約獣はふるふると首を横に振った。
「キュウウン。キュキュー?」
(いいえ、私も初耳です。ですがそういえば、角や尻尾を付けた人を町で時々見掛けませんでした?)
……いたね。あれ、ファッションとか、魔法装備の何かかと思っていたんだけど。
リムマイアが自分と同じ顔の少女の隣に並ぶ。
「改めて紹介する。こいつが私の契約獣、ディアボルーゼのゼノレイネだ」
名前を呼ばれたゼノレイネさんはしばし私の顔を凝視。
それからリムマイアが持つ魔石に視線を移した。先ほど倒したシャロゴルテのもので、大きさはおむすび(ライスボール)くらいある。不意にそれを奪い取ったゼノレイネさんは、まるでおむすびのように齧りついた。
魔石が砕け、溢れ出した魔力が彼女の口に吸いこまれる。
「おい! お前勝手に!」
抗議の声を上げるリムマイアに、ゼノレイネさんはビシッと指を突きつけた。
「黙れ。何やら面白い状況になっておるのに、今までわしを呼ばなかった罰じゃ。もう少しで自分から出ていくところじゃったぞ」
こ、この人(魔獣)、やりたい放題だ……。
ちょっと待って、確か契約獣は契約者には逆らえないはずだよね?
私の疑問を察したリムマイアが大きめのため息をついた。
「契約の内容が違うんだ……。言ってみれば、私とこいつはほぼ対等な関係」
「むしろわしの方が上じゃ」
「お前が黙れ。……町の皆にも悪いからなかなか呼べないんだ」
基本的にゼノレイネさんの方から人間に危害を加えることはできないけど、彼女が自分への攻撃だと認識した場合は反撃できるみたい。
つまり、判定はゼノレイネさんの主観によるので、周囲の人は怖くて仕方ない。
メルポリーさんがジュースのおかわりを注ぎながら。
「自在に結界を通り抜けできるから余計にたちが悪い。ゼノレイネは気まぐれで思いついたように行動する。周りにとっては危険極まりない存在。リムマイアに仲間ができないのは契約獣の存在も大きい」
本当に大変な契約獣だ……。私も攻撃判定されないように気を付けないと。
下手したら町中で暗黒竜が大暴れなんてことに……。
ゼノレイネさんの動きに注意を払っていると、彼女はタヌセラの前でしゃがみこんだ。考え事をするように狸の顔をまじまじと見つめる。
「キュ、キュキュー」
(わ、私は悪いラクームじゃないですよ)
「ふむ、何を言っておるのか全然分からんのう」
私が間に入って通訳をすると、ゼノレイネさんは納得したように頷く。
「確かに悪くない。ラクームにしてはやけにうまそうじゃ」
「ピ……!」
タヌセラは跳び上がって私に抱きついてきた。
(こ、この方! 敵の魔獣と全く同じ目で私を見てくるのですが!)
……ああ、うん。食べられないように気を付けようね。