27 メイド、師匠の本気を垣間見る。
対戦相手が代わったことで鳥竜達はより慎重になっているようだった。
……私達二人と一匹より、リムマイア一人の方が怖いってこと?
私の疑問が伝わったらしく、タヌセラがフーと息を吐いた。
「キュ、キュキュー……」
(当然ですよ、メルポリーさんは魔力を使い果たしていますし、私達オルタヌセラは戦力的にいないも同然、空気なんですから……)
全くその通りだけど、自分で言ってて悲しくならない……?
さっきまで地面に膝をついていたメルポリーさんは、もう立つのを諦めて普通に座ってしまっている。
水筒を取り出し、本格的に休憩し始めた。
「リムマイアがやってくれるなら終わったも同然。オルセラも座るといい。リンゴジュース、飲む?」
「それ、リンゴジュースなんですか……」
「魔法(道具の)瓶だから冷たくて美味しい」
「今、そういう甘いのはいいです……」
「キュッ! キュッ!」
(私! 飲みたいです!)
専用の水入れでジュースを飲むタヌセラを眺めつつ、私も仕方なく草地に腰を下ろした。
観戦する私達に、リムマイアが呆れ果てたような視線を送ってくる。
「のんびりしすぎだろ、別にいいが。オルセラ、せっかくだから私の本気を少しだけ見せてやる」
「本気って?」
「〈戦闘狂〉を使う。こいつら相手なら出力は五分の一くらいだな」
「……暴走して私達を攻撃してきたりしない?」
「お前の中で私の魔法はどんなイメージだ……。この程度なら完全に制御できる」
リムマイアの〈戦闘狂〉はどれだけ理性を奪われても基本的に敵味方の区別はつくみたい。理性や戦闘後の疲労と引き換えに、一時的に魔力量と身体能力を上昇させる固有魔法のようだ。
リムマイアが〈戦闘狂〉を発動させると、そろそろ襲いかかろうかと様子を窺っていたシャロゴルテ達が硬直した。
それは私も同じだった。
こ、これで、五分の一なの……?
私にはリムマイアの正確な実力なんて分からないけど、大変な魔力の量だってのは分かる。
それが今、たぶん倍以上にまで増えた……。
全力で使えばこの五倍ってこと?
……リムマイアはこれまで私の固有魔法を散々やばいって言ってきたけど、やばいのはそっちじゃない……。
リムマイアは固まっている二頭の鳥竜に目をやった。
「これでも多かったか。弟子に力を見せると約束したからな、悪いが……、逃がさないぞ?」
魔獣達の心中を見透かしたように彼女はニヤッと笑った。
……なぜか、すごく邪悪な笑みに見える。
覚悟を決めたらしく、シャロゴルテ達は揃って地面を蹴った。
対するリムマイアは大槍を一振り。
すると、発生した雷の大波が森の木々ごと鳥竜達を空高く吹き飛ばした。
なんて破壊力! 私の〈サンダースラッシュ〉とは規模が違う!
大技を放ったリムマイアは振り返って私を見る。
「今のは〈サンダーウェーブ〉な。オルセラもサンダー系魔法をⅡまで使えるようになれば習得できるぞ。じゃあまあ、そこでゆっくり観戦してろ」
そう言った直後、彼女の姿は目の前から消えた。
え、どこに……?
視線を彷徨わせると、もう上空に飛ばされたシャロゴルテの真上に移動していた。
大槍を薙ぎ、雷の斬撃で一頭を森に叩き落とす。
あれが〈サンダースラッシュ〉の上位互換かな?
やっぱり私のとは込められてる魔力が違いすぎるね……。
そのままリムマイアは魔法で作った半透明の板に乗って空中に留まっている。
「あれは〈ステップ〉という魔法」
メルポリーさんがクッキーなんかのお菓子を食べながらそう教えてくれた。
言われた通り本当にのんびりしている。
お菓子の入った包みを私の前にずずいと。
「オルセラも、食べる?」
「いえ、ジュースよりもっと無理です……。喉を通りません……」
……やけに私に勧めてくるね。
あ、タヌセラまたもらってる。これは後で歯磨きだな。
上空ではリムマイアが大槍に雷を纏わせてシャロゴルテと戦っていた。
さっきまでのように大技は使わず、攻め急ぐこともない。
おかげで鳥竜も何とか凌げているんだけど、どうしてあんな戦い方をして……?
一緒に空での戦闘を眺めていたメルポリーさんがポツリと。
「あれ、たぶん肩慣らし」
「肩慣らし、ですか?」
「そう、上位魔獣との戦闘で後れをとらないための。リムマイアはまるで格下みたいに扱ってるけど、シャロゴルテはかなり強く、厄介な相手。何しろ、私がたった今殺されそうになったくらいだから」
言いつつメルポリーさんはクッキーをもぐもぐ食べる。
とてもたった今殺されそうになった人には見えない……。彼女は相当なメンタルの持ち主だ。
だけどそういえば、リムマイアは最近は私に付きっきりでこの森の魔獣としか戦っていなかった。
ちょっと申し訳ない気がする……。あんなに強い戦士なんだから、本来は実力に見合った仲間達といるべきなんだろう。
「あのメルポリーさん、どうしてリムマイアに仲間ができないか知っていますか?」
「知っている。答は、あれ」
と彼女は戦闘中のリムマイアを指差した。
「…………? どういうことです?」
「リムマイアと一緒に戦っていると嫌でも思い知らされるから。格の違いというやつを。それは、レベル、センス、殺気、覇気、あらゆる面で。チームを組めば痛感させられ、次第に耐え切れなくなる。だから、リムマイアは皆から好かれていながらも、頻繁に追放処分を受けている」
「そうだったんですね……。でも少し戦いの才能があるだけで」
「少しじゃない」
メルポリーさんはすぐに私の言葉を遮った。そのままどこか悔しそうな表情で話を続ける。
「リムマイアは私には才能があると言ってくれるけど、素直に受け取れない。あっちは転送からたった一年でレベル50に到達したんだから」
戦士にとってレベル50は一つの頂と言われている。辿り着くのに幾度もの死線を越えなければならず、その先は急激に上がりが遅くなるため。
多くの戦士には目標地点であり、ゆえに到達した者は英雄と呼ばれる。
「だけど、リムマイアは通過点のように易々と乗り越え、その後もレベルを上げ続けている。二、三年以内にエンドライン入りするのが確実と言われるほど」
そうだ……、もうレベル86なんだから、レベル100の人類最終戦線の入口は見えている。しかもまだ十五歳だなんてすごいことだ。
私はもう一度、上空のリムマイアに視線をやった。
「エンドラインって基本的に単独行動ですよね? リムマイアもあんなに強いなら仲間は必要ないんじゃ……」
「私もそう思う。契約獣だって恐ろしく強いから。でも、リムマイアはなぜかずっと仲間を探し続けている」
そう言った直後に、突然メルポリーさんは森の方を向いた。それから、「非常にまずい」と呟く。
私もそちらに視線を移し、すぐに状況は理解できた。
……確かに、これは非常にまずい。
先ほど森に叩き落とされたシャロゴルテが、私達に向かってまっすぐ飛んでくる。
まるで忍び足のような、魔力を抑えた低空飛行。
私達を捕捉した鳥竜の目がキラリと光った。
タヌセラの全身の毛が一斉に逆立つ。
(あ! あれは私達を人質にするつもりではないでしょうか!)
わ! 私もそんな気がする!









