20 メイド、欲に目が眩んだ契約獣を目撃する。
すごい……、私、運搬戦士になったみたい!
私は今、角竜種モノドラギスの背に乗って森の中を疾走していた。
昨日の訓練(という名のガチ実戦)終わりに、リムマイアは確かに言った。この魔獣と戦ってみないかと。
あれから一夜明け、私は当然のように体長十五メートルあるこの巨竜と戦わせられている。つまり、現在私が乗っているのは野生のモノドラギス。正真正銘、敵の魔獣だ。
戦闘開始後すぐに、一番の死角である背中を取ることができた。それからは振り落とされないように必死にしがみつき、今に至る。
角竜が背後の私をギロリと睨んできた。
まるで、「下りろ!」と言わんばかりだね。そりゃそうか。
悪いけど、従うわけにはいかないよ。
上半身を起こし、剣を振り上げたその時だった。
モノドラギスが結構な大きさの木に突進。これをへし折った。
葉っぱやら木の枝やら木材やらが私にビシバシ当たる。
いたたたた! やめてー!
しかし、角竜はさらに木への体当たりを繰り返す。
……あっちも必死か。命のやり取りだもんね。
……もう決着をつけさせてもらうよ。
今度こそしっかり剣をモノドラギスの背に突き刺した。
「〈サンダーウエポン〉ー!」
刃から雷を流しこむと魔獣は動きを止める。
地面に倒れる瞬間に、私は跳び上がって衝撃を回避。横腹に着地し、起き上がろうとするモノドラギスにもう一度〈サンダーウエポン〉を流しこんだ。
バリバリバリバリッ!
――――。
やっぱり二発必要だったか……。
これだけ大きな魔獣を仕留めるには、今の私にはこの方法しかないんだけど。
頭を悩ませながら、転がっている魔石を拾った。
向こうからリムマイアとタヌセラが駆けてくるのが見える。
「よくやった! これでもうオルセラはサフィドナの森の魔獣にやられることはないだろう。私が多少雑になっても死なない」
最後のはたぶん、ここにはいないエリザさんに向けてかな。
そう言った後に、リムマイアは思い出したように振り返った。
「森に棲息してる奴は大丈夫だろうが、たまに上から襲ってくるから気を付けろ」
「上からって何……。ところで、こういう大型魔獣って皆どうやって倒してるの? やっぱり背中に乗って?」
「普通ここで狩りをしてるレベルの戦士は、オルセラみたいに乗れない。魔獣の方も警戒してるからな。遠距離近距離、色々な魔法を駆使してちょっとずつ削っていくんだ」
「それだと一日にちょっとしか狩れなくない?」
「だから、モノドラギスやウルガルダはチームで一日に一、二頭狩れたら充分なんだ。それ、四十万前後になるし」
とリムマイアは私の持つ魔石を指差した。
……そうだったんだ。当り前のように連続で戦わせられてるから、それが普通だと思ってたよ……。もう今更だからいいけど。
「じゃあ、ベテランの戦士達はどうしてるの?」
「急所を狙うのが常道だな。私のようにリーチの長い武器じゃない場合は魔法で補う」
なるほど、やっぱり魔法なんだ。
私はレベル7になってあと一つ魔法を入れられそうな余裕ができた。できれば大型魔獣にも対抗できる魔法がほしいんだけど、そのためにはお金がいる。
固有魔法で誰かのいらなくなった魔法を呼べたとしても、望むものが来るとは限らないし(そもそも魔法を狙って呼べるかも怪しいし)。度々リムマイアに出してもらうのも申し訳ないし。
なので、……お金がいるんだよ。
ちらりと視線をやると、魔石をじっと見つめるタヌセラが。
ところが、狸の魔獣はすぐにそっぽを向いた。
あれ……?
(オルセラが今、お金がほしくてたまらないのは分かっています。私は今日は……、我慢します)
この子がこんなことを言う(思う)なんて……。
レベルだけじゃなく、精神的にも成長してるんだね。
「あ、そうだ、タヌセラ」
呼びかけると契約獣はギュンと振り返った。
「キュキュッ!」
(やっぱりくれるんですか!)
「…………、魔石じゃなくて。今からだけど、いける?」
すると途端にタヌセラは硬直した。
実は今朝、この子が言ってきたんだよね。レギドランに昨日のリベンジがしたいって。一匹で戦うのはまだ早い気がするんだけど。
「キ、キュー」
(や、やれます)
……本当に大丈夫?
――――。
走竜種レギドランと対峙する獣竜種ラクーム、タヌセラ。
生まれ持った戦闘力の差はあまりにも大きい。レギドランの体長は二メートルで獲物を裂くのに適した鋭い牙と爪を持っている。一方のラクームは体長一メートルで、その牙と爪は鋭いと表現するのも躊躇われるほどだ。
だけど、あちらはレベル2なのに対し、タヌセラはレベル8。
魔力の量も断然こっちが上だし、勝機はあるよ。頑張れ、タヌセラ!
私達が戦っているのは六頭からなるレギドランの群れだった。
リムマイアは例によって木の上に潜伏。
私は契約獣が一対一になれるように、他の竜達を牽制している。
新たに得た魔法、〈プラスシールド〉がとても役立っていた。半径五メートル以内ならどこにでも出現、移動させられるので、まるで私が二人いるように敵の動きを阻める。
それにしてもタヌセラ、勇敢に飛びかかっていった昨日とは違って、今日はどこか慎重だな。
もしかして緊張してる?
昨日は必死な状況だったし、改めてとなると仕方ないのかも。
「そうそう、タヌセラが倒した敵の魔石はもちろん自分で食べていいからね」
私の言葉に契約獣はまたもギュンと振り向く。
(倒した敵の魔石、全部ですか……?)
「ぜ、全部だよ」
「キュ――――――――ッ!」
え! タヌセラの魔力の質が一気に高まっていく!
襲いかかってきたレギドランの爪を、タヌセラは軽やかなステップで避けた。
即座に地面を蹴って竜に体当たり、というより頭突きをお見舞い。
ズドーン!
牙も爪も届かないなら、確かにこれしかないとも言える! そしてただの頭突きが結構な威力だ!
弾き飛ばされたレギドランは大地に横たわっていた。
間髪入れずにタヌセラは〈狸火〉を発射。続けざまにもう一発。
激しく燃え上がった竜が魔石に変わるや、契約獣は私に視線をよこす。
(オルセラ! 次お願いします!)
は、はいどうぞ!
再び一対一になると、タヌセラは左右に素早く動いて相手を撹乱する。からの頭突き。〈狸火〉、さらに〈狸火〉。
レギドラン、あっという間に魔石と化す。
(オルセラ! 次を!)
頭突き。〈狸火〉、〈狸火〉。
(次を!)
ズドーン! ボボウ! ボボウ!
(次!)
ズドーン! ボボウ! ボボウ!
(次!)
「もうあと一頭だよ……。自分で行って。ちょっと待った! 行っちゃダメ! もう〈狸火〉一回撃てるかどうかでしょ! 魔力が残り少ないせいで能力も下がってるよ!」
引き止める私に、タヌセラはキリリとした表情を返してきた。
(〈狸火〉がなくても頭突きがあります。能力が下がっているなら気合で補えばいいのです!)
「キュ――――ッ! (突撃――――っ!)」
ズドーン! ズドーン! ズドーン! ズドーン!
昨日は一頭も倒せなかったのに……。
……この子、案外すごく強くなるんじゃない?









