19 [オルディア]娘のために
女王の執務室にて。私はついに、ミレディアにオルセラが実の姉であることを明かした。
すると彼女はどんよりとした表情に。
え、それって、どういう反応?
ミレディアは執務机に手を乗せ、しばし間を空ける。
「……つまり、オルセラは父様の子、ということですか?」
「そう、私とアルフレッドの子供だよ」
「いえ、母様の子だということは分かっていました。オルセラは母様の分身のようにそっくりですから。てっきり別の男性との間にできた子で、それでルクトレア様に引き取っていただいたのかと……」
……あ、確かに、そう考えちゃうのが自然か……。
さらに、この一件は多くの者が事情を知っていて、お願いして黙ってもらっている。すごくわけありな空気が流れていたと思う……。
ミレディアは今度は机の上で頭を抱えていた。
「そして、これを聞いてしまった私は、今までバカ……マヌケな従姉で通していたオルセラを、今後は姉様と呼ばなくてはならないということですね?」
……とても嫌そうだね。バカもマヌケも、どっちも結構ひどいよ?
どうしてこれほど性格の異なる娘達が産まれたのか。
オルセラは容姿から中身まで、本当に私の分身みたいだ。私はあそこまでそそっかしくないけど。
一方のミレディアは、父親譲りの金髪に、人形のように整った顔。物心ついた頃から責任感と決断力が備わっており、天性の女王と言う他ない。
二人共、私の〈聖母〉の力のせいで、大きな宿命を背負っているのは間違いないだろう。
私は母として少しでもこの子達の助けになりたい。
決心したようにミレディアは「よし」と呟いた。
「百万歩譲って、これからはオルセラを姉様と呼びましょう」
「そんなに譲らなきゃならないの?」
「それで、今になってこの事実を私に明かした理由は何です?」
「分かるでしょ、オルセラを助けるために協力してほしいんだよ」
「私もルクトレア様から話は伺っています。姉様は今日もどうにか生き延びるようじゃないですか。母様が遊びと偽って仕込んでおいたおかげで今後も大丈夫そうですし、あとはあちらのアスラシス様にお任せしていいのでは?」
その通りではあるんだけど……。
私が返答に詰まっている間に、ミレディアは席から立ち上がっていた。私の手を取り、部屋の扉へと促す。
「用事があって私はこれから出なければいけません。鍵をかけるので母様も出てください」
あえなく私は執務室から追い出されてしまった。
……もう、百パーセント実の姉妹だと分かったんだから、もっと親身になってくれてもいいでしょ。
廊下を歩きながら何か手立てがないか考える。
オルセラが転送されてから丸一日が経過した。当然私もルクトレアから情報は得ており、この前後のオルセラの状況は把握している。それによれば、確かにあの子は大丈夫そうだ。
だけど、未来のことに関しては確定しているとは言い難いんだよね。ルクトレアが予知で見るのは、あくまでも可能性の一つ。いくつものヴィジョンに彼女の観測経験が加わった予測が予知だ。だから絶対ではないし、思いもかけない方向に転ぶことだってあると思う。
何よりオルセラはそそっかしい……。
ミレディアの言うようにあっちにはアスラシスもいるんだけど、彼女もずっとオルセラを見ているわけにはいかないだろうし。
アスラシスは、このヴェルセ王国に所属するもう一人の人類最終戦線。
エンドラインが二人いるので、片方は王国防衛に、もう片方は前線に配置されている(某権力者に)。人類も国も、両方守らなきゃならないのは理解できるけどね。
それで、アスラシスにはレジセネ拠点のトップを務めてもらっていた。
彼女はとても頼りになる。魔力は私の方があるけど、戦闘技術はあちらが断然上だから。何しろ私に戦い方を教えてくれたのがアスラシスだ。王国の戦死率を抑えられているのは彼女のおかげでもある。
……そうなんだけど、気になる不安要素が結構あるんだよね。面倒見のいい師匠は実はちょっと雑っぽいし、契約獣は最弱の魔獣。
やっぱりせめてオルセラのドジを補う何かがほしい。
何か、ドジを補う何か……。
頭を悩ませていると、行く手を阻むように、廊下の真ん中に一人の女性が立っていた。鮮やかな赤髪に、スラリとした体型。
もちろん私はこの子を知ってる。オルセラの先輩メイドで今は戦士のユイリスだ。
彼女は早速用件を切り出してきた。
「オルディア様、緊急用の転送魔法道具を私に使わせてください」
「オルセラを追いかけるつもり? あの子ならもう心配ないよ。ルクトレアが大丈夫な未来を見たから」
……私も心配だからこうして悩んでるんだけど。周囲を不安にもさせたくないし。
ユイリスの気持ちは嬉しいけど、今のこの子を一人で行かせるなんてできない。ちょっと厳しめのことを言っちゃうよ、ごめんね。
「それに、送るならもっとレベルの高い戦士にするよ。転送水晶はとても高価だし、あなたに使うわけにはいかない」
き、厳しすぎたかな!
と思っていたら、彼女は準備していたようにすぐに反論を。
「ですが、私はオルセラと四年間一緒に仕事をしてきました。あの子がドジを踏みそうなところは大体分かります。私ならそれを未然に防ぎ、適切なサポートが可能です」
「私が欲していたもの! まさに適任だ!」
……しまった、つい本音が。
でも実際、ユイリスを送るわけにはいかない。期待の新人なんだから。
この子のクラスは【セイバー】で、レベルは6。
半年の訓練でここまで成長する戦士はまずいない。通常はレベル2か3まで、才能がある人でも4だ。6なんて前代未聞なんだよね。加えて、発現したのが反則のような固有魔法。
メイドの頃もよく仕事のできる子だと思っていたけど、彼女の真価はこっちだった。だからこそ、ユイリスは時間を掛けて丁寧に育てなきゃならない。
さらにつっぱねようとしたその時、廊下の向こうからミレディアが歩いてくるのが見えた。
「私も適任だと思います。ユイリス、これを使うといい」
そう言って彼女は透き通った水晶玉を取り出す。
「転送水晶じゃない! いくら女王でも無断で持ち出しちゃダメでしょ!」
慌てる私にミレディアは冷静な眼差し。
「母様、これは私が自分の金で入手したものです」
……なんて落ち着いてるの。私、本当にこの子を産んだのかな。
だけど自分の金って、貯金のほとんどを使っちゃったんじゃない? ここまでするなんて……。
オルセラがドジでマヌケな従姉だろうが実の姉だろうが、ミレディアなりに何とか助けようとしてたってことか。
まったく、この子ったら。さすが私の産んだ子。
「それでもやっぱり認められない。転送水晶は一人用なんだよ」
「ユイリスなら大丈夫です。私は彼女の才能は、アスラシス様に並ぶほどだと思っています。必ず姉様の力になってくれますよ」
確信めいた言葉には妙に説得力があった。
なぜか抗い難い。く、天性の女王たる所以か。
でもやっぱりレベルがねー……。
……〈聖母〉があれば、私が付きっきりで鍛えたら何とかなるかな?
私はミレディアの手から水晶玉を摘まみ上げた。
「分かったよ、ただし条件がある。一週間私の訓練に耐え、レベルを8まで上げること。途中で弱音を吐いたりレベルが達しなかった場合、この水晶は渡さない。かなりきついよ。どうする?」
ふふ、これは気後れしちゃうかな。
「やります」
ユイリスはまっすぐな眼差しで迷うことなく即答していた。
そ、そう? じゃあやろうか。
なぜか逆に私の方が気後れする……。









