17 メイド、お嬢様扱いされる。
大型魔獣との戦闘はきっちり断り、ようやくレジセネの町に帰還した。リムマイアがまず魔石を換金したいと言うので、ゲート横の関所へ。
今更だけど、関所では各種手続きの他、魔石の換金なんかもできる。規模も相当なもので、実は連なっている数階建ての建物全てがそうみたいだ。大きいのも当然。皆は関所と呼んでいるけど、正式には世界戦線協会前線基地と言うんだって。
そんな大層な機関の統括者がエリザさんで大丈夫なのか、と少し思ってしまった。
その彼女はリムマイアの話を聞くなり絶句した。信じられないものでも見るように私の顔をまじまじと。
「……オルセラ、今日一人で、ウルガルダ二頭とレギドラン七頭を討伐したって、本当なの……? 昨日ここに来たばかりなのに……?」
「そうなんですよ、大変でした。何度死ぬかと思ったか」
私達の会話に、受付のある部屋(かなり広いよ)にいた職員や戦士が一斉に振り返った。
一瞬の静寂。そののち、関所を、いや、堰を切ったように大騒ぎに。
おそらく全員が〈識別〉を使っていると思う。こちらを見ながら口々に叫んだ。
「転送二日目なのにもう魔獣を狩ってるんですって!」
「しかも一般クラスのままウルガルダやレギドランの群れを!」
「どうして【メイド】のまま戦ってるんだ!」
「ウルガルダの魔石をラクームに与えてるそうよ! 正気じゃないわ!」
「オルセラとその契約獣がタヌセラって……」
……やっぱりと言うべきか、私のやってることは大分おかしいらしい。
けど、ここまで注目されるとは。
タヌセラも嫌だよね? あ、そうでもないか。逆に喜んでるみたいだ。
「キュ、キュ、キュー」
(どうです? 私、レベル8なんですよ)
皆、自分の高レベルにびっくりしてるって思ってるんだ……。そっとしておいてあげよう。
場を静めるようにリムマイアがパンパンと手を打ち鳴らした。
「お前ら、ちょっとは口を慎め。このオルセラは、世界戦線協会理事ルクトレアの娘で、聖母オルディアの姪だぞ(私は逆だと思うが)」
彼女の言葉で、部屋は再び静寂に包まれた。
しばらくして沈黙の空気を破ったのはエリザさんだった。
「……冗談でしょ? だって、この子メイドよ?」
「本当だ。そういえば、ルクトレアが娘にメイドやらせてるって噂になってなかったか?」
「噂してたの私達(関所職員一同)だわ! じゃあオルセラ、様が……?」
「そう。聖母が密かに鍛えてたみたいだな。でなきゃ来ていきなりこんな戦果は出せないだろ」
とリムマイアは私の肩に手を置く。来ていきなり戦わせたのはリムマイアだけどね。
エリザさんはゆっくりと職員達の方を向いた。そして号令をかける。
「全員整列!」
揃って皆で深々とお辞儀をした。
「「「オルセラお嬢様、大変失礼いたしました。ご無事で何よりです」」」
それから、エリザさんは呆然と立っている戦士達をちらり。
「あなた達も謝っておいた方がいいんじゃない? どこの国所属でもあの方達に睨まれたくはないでしょ」
その言葉で彼らの体にも電気が走ったようになった。同様にお辞儀。
「「「オルセラお嬢様、大変失礼いたしました」」」
「や、やめてください! それほど失礼でもありませんでしたから!」
慌てて頭を上げてもらっていると、隣でタヌセラも恐縮しているのに気付いた。
(そこまでしていただかなくても! 確かに私はレベル8ですけど!)
……違うよ、タヌセラ。
人の気も知らないで、リムマイアは面白そうに展開を眺めている。
どうしてくれるの、この状況……。
「お前の母は世界トップクラスの権力、伯母はトップクラスの腕力を持ってるから、まあこうなるよな。
おーい、オルセラは身分とか全く気にしない奴だから、普通の後輩戦士として扱ってやってくれ。ちなみに、こいつが【メイド】のままなのは伯母さんに憧れてるからだ。そっとしておいてあげてほしい」
全員に呼びかけながら、リムマイアは得意げな顔で視線を送ってきた。
そうか、固有魔法のことは明かせないから、別の理由付けを考えてくれたんだ。リムマイア、意外と機転が利く。
私はタヌセラを抱え上げると、皆の方に向かって。
「私のことは普通にオルセラと呼んでください。まだ来たばかりなので色々と教えてもらえると助かります。こっちのタヌセラもとてもいい子なので、どうぞよろしく」
「キュー、キュー」
(レベル8のタヌセラです。どうぞよろしく)
契約獣とセットで挨拶をすると一気に場が和んだ。
先輩戦士達(主にお姉さん達)が集まってきてくれた。
「リムマイアは結構雑だから、困ったことがあったら言ってね」
「ラクームってよく見ると可愛いわ。撫でていい?」
よかった、何とか受け入れてもらえそう。タヌセラもでかした。
一方で、関所の職員達もほっとした表情を浮かべていた。エリザさんが大きめのため息を。
「焦ったわ……。首が飛ぶかと思ったわよ」
「大袈裟ですよ」
「オルセラ、知らないの? あなたの母上、協会の人材開発局局長も兼務していて全職員の人事権を握っているのよ。次期理事長の最有力候補ね」
「私のお母さん、権力への執着心が一際強いから……」
「……まったく、危ないところだったわ(大変な娘に手を出すところだった! ……でも、権力者の娘というのもそそられ……)」
エリザさんの顔を見つめていたリムマイアがボソッと呟いた。
「……マジで首が飛ぶぞ」









