13 メイド、育まれた才能が目覚め始める。
二頭の大型魔獣を倒したところで、ようやくレジセネの町に帰ることになった。
リムマイアに買ってもらった懐中時計を確認すると正午を回ったところ。先に持参したサンドウィッチでお昼ご飯にしようということに。あと肉まんなんかも買ってきたので、草地の上に布を広げ、そこに食べ物や飲み物を並べた。
(私! この白くてふわふわしたの大好きです! 中にたっぷりのお肉が入っているとかもう! やばすぎです!)
次々に肉まんをたいらげるタヌセラ。
その前に時折、ポッと火の玉が浮かび上がる。
「……〈狸火〉で遊んじゃダメ。魔法覚えて嬉しいのは分かるけど」
「クキュ」
契約獣に呆れる私の顔を、リムマイアがじっと見つめてきていた。
「どうしたの?」
「いや、ちょっと……。オルセラ、剣を振ってみてくれ」
よく分からないながらも、とりあえず立ち上がって剣を抜く。
両手で構え、気合の声と共に素振りした。
ビュッ!
「……やっぱりだ。今は結構さまになってる。剣だけじゃない。オルセラ、自分で気付かなかったか? 一戦目、二戦目とどんどん動きがよくなっていってたぞ」
「そうかな……?」
「まるで、戦士だった奴がメイドに転職したみたいだった。お前、本当は訓練を受けた経験があるんじゃないか?」
そんなのあったら絶対覚えてるよ。
けど確かに、戦いが進むにつれて、何だかしっくり来る感覚があった。もしかして、あれかな……?
「子供の頃の話なんだけど、よくオルディア様と戦士ごっこをして遊んだんだよね。あの時、剣の振り方とかも教えてもらった気がする」
私がそう言うと、リムマイアは固まってしまった。
「……オルディアって、まさか、聖母オルディアか?」
「そうだよ。よく知ってるね、リムマイア」
「そりゃ知ってるさ……。有名も有名。エンドラインただ一人の一般クラスなんだから」
「そういえばそんなのに認定されてたね。オルディア様は私の伯母なんだよ」
エンドラインというのは通称で、正式名称は、人類最終戦線。各国の代表者からなる世界戦線協会が認定する、人類の中で群を抜いて強い戦士達だ。レベルは全員が100以上らしい。
彼らが敗れた時、世界は終わると言われている。
「オルセラ、人類最後の砦の姪だったのか……」
「うん、昔はほんとよく遊んでもらったよ。隠れんぼとか鬼ごっことか。鬼ごっこの時のオルディア様、本物の鬼みたいだったなー、懐かしい」
「ちょっと待て、じゃあお前の親って誰だ?」
「お父さんはエリック、お母さんはルクトレアだよ」
私の挙げた名前にリムマイアは再び固まった。やがてゆっくりと口を開く。
「……ルクトレアって、ヴェルセ王国の総司令じゃないか」
「リムマイア、ほんとよく知ってるね」
「ああ、私は結構ヴェルセ王国とつながりが……。いや、私じゃなくてもルクトレアは知ってる。世界戦線協会の理事で、あの人の予知がなきゃ、人類はもっと不利になっていたって言われてるからな。国内じゃ女王を凌ぐ最高権力者だろ。その娘がどうしてメイドやってんだ?」
「社会勉強になるからって言われて……。……稼いだお金は私が好きに使っていいって言うし」
だけどそっか、やっぱりお母さん、ミレディア様より権力持ってるんだ。
ミレディア様は私の従妹に当たる。お母さんによれば、あの子は生まれついての女王らしい。物心がついた時からあんな感じで、私が何度、お姉ちゃんって呼んで、と言っても呼び捨てにしてきた。まったく憎たらしい……、いや、可愛げのない従妹だよ。
あっちは本当に女王になっちゃうし、私はメイドになっちゃうし、もう完全に上下関係ができてしまった……。
ちなみに、オルディア様の〈聖母〉は王妃から女王の母になってもあまり効果は変わらなくて、ミレディア様も何か国家規模の魔法を有している(彼女の安全のためにその存在は秘密にされている)から、今の形になったみたい。
とにかく私は、天性の女王、ミレディア様がまだ従妹でよかったと思う。
あれが実の妹だったら耐えられないよ。
それに比べて私の弟は……。
「そうだリムマイア、一度うちに遊びにきてよ。すごく可愛い弟がいるから紹介するよ。エレアって言ってね、お母さんの茶髪とお父さんの金髪のちょうど間くらいの綺麗な色をしてるんだ」
「家族がその髪色で、お前は銀髪なのか……? 聖母オルディアと同じ……?」
「え……、それってどういう」
「待て、考えるな。触れちゃいけないことのような気がする」
リムマイアは「オルセラが能天気でよかった」と言って立ち上がった。
サンドウィッチを口に押しこみ、傍らに置いてあった大槍を取る。
「私もちょっと稼いでくるよ。今日は魔力あり余ってるし。オルセラも頑張ったから晩はごちそうにしてやりたいしな」
「いいのに。これまでので充分ごちそうだよ」
「……お前、ほんと令嬢っぽくないな」
「……よく言われる」
「まあ、すぐ戻ってくるからタヌセラとこの辺の茂みに隠れてろ」
そう言い残してリムマイアは目の前から消えた(ように見えた)。
確かに、レベル86の狩りに私達はついていけないよね……。今の私は魔力も空に近いし、大人しく言葉に従った方がよさそうだ。
とお昼ご飯の片付けを始めた時だった。
何か来る!
猛スピードで接近する複数の気配を察知。
「タヌセラ! 急いで隠れるよ!」
(はい! オルセラ!)
契約獣と一緒に近くの茂みに飛びこんだ。
それからほんの数秒で魔獣達が姿を現す。頭にトサカを付けた体長二メートルほどの竜が五頭。
あれは……、そう、レギドランだ。
食べ物の匂いにつられて来たのかな。とにかく絶対に見つかっちゃダメだ!
タヌセラも音を立てないように……、タヌセラ?
狸の魔獣は目を細め、口を開いた状態で停止していた。いや、鼻だけがピクピクと動いている。
ま、まさか……、ここでそれは……!
「キュ、キュ……、キュックシ!」
茂みから聞こえたくしゃみに、レギドラン達は一斉に振り向いた。
タヌセラ――――ッ!
(……ごめんなさい、我慢できませんでした)