12 メイド、契約獣を強化する。
私が持つ魔石を、タヌセラはじっと見つめてくる。
欲しいんだろうけど、前ほど積極的じゃないな。どうしたの?
(……分かってますよ。どうせくれないんでしょ)
……おあずけを食らいすぎて卑屈になってる。
確かに、リムマイアにお世話になってばかりも悪いから換金したいところではあるんだけど。
さっきタヌセラ、かなり危なかったし。尻尾で叩かれても死なないくらいには強くしておいてあげた方がいいかも。よし!
思い切って魔石を差し出した。
「タヌセラ、食べていいよ」
(ほらね、やっぱり)
狸はそっぽを向いた後に、ピタッと停止。ゆっくりと向き直り、信じられないものでも見るように私の顔を。
「キュ、キュー……?」
(今、何と……?)
…………。
「……だから食べていいって」
タヌセラは私の顔から目を離さず、慎重に魔石を口で受け取る。……急に引っこめたりしないから、早く取って。
魔力の源を口に咥えた狸の魔獣は、くいっと頭を上げて天を仰いだ。
おお、いよいよだ。どうなるんだろう。
とタヌセラは横目で私をちらり。
(食べますよ……? 本当に、いいんですね?)
疑り深いな……。どうぞっ!
パキッ! と魔石を咬み砕いた瞬間、溢れ出た魔力がタヌセラの口に吸いこまれていった。
すると、
ザワワワワッ!
とその全身の毛が一斉に逆立つ。
何かすごい! 尻尾なんてハリネズミみたいにトゲトゲだ! まさかタヌセラ、めちゃ強くなっちゃうんじゃ……!
ザワワワワ……シナシナ……。
毛が元に戻った。……全然変わってない。尻尾もいつも通りもふもふだね。
「あんなに大きな魔獣の魔力を取りこんだのに! 変わってないってどういうこと!」
「キャ! キャウ!」
(ご! ごめんなさい!)
「今の思わせぶりなザワワワワって何!」
興奮する私の肩に、リムマイアがポンと手を乗せてきた。
「たぶん単純に感動しすぎただけだろ。普通、ウルガルダの魔石なんてラクームは絶対食えないからな」
「そう言われれば、感動しちゃうのも仕方ないか……」
「それに全く変化なしってわけでもない。〈識別〉でタヌセラを見てみろ」
促されて私は〈識別〉を発動。
そう、実は私、〈サンダーボルト〉と関連魔法二つの他に、もう〈識別〉も習得している。今朝、町を出る前にリムマイアが魔法店で買ってくれたんだよ。
魔法は魔法結晶と呼ばれる半透明のクリスタルを体に入れることで、その身に宿すことができる。
こう言うと、どんどん魔法を覚えられるように聞こえるかもしれないけど、現実にはそんなに上手くはいかない。
レベルに応じた容量があるし、……魔法結晶はものすごく高い。一番安い〈識別〉でも五十万ゼア。(リムマイア、ありがとう……)戦闘で使えそうな魔法になるとどれも百万以上はする。ちなみに〈サンダーボルト〉は二百五十万していた。(リムマイア、ほんとにありがとう……)
戦士になるのはお金がかかるということだ。
その戦士の基本とされるのが〈識別〉で、魔力消費も軽微なので戦闘中は常に発動しっぱなしらしい。
私には軽微な魔力も大きいから少しでも温存するよう言われていて、今初めて使うよ。
まず自分の魔法欄を確認する。あ、固有魔法以外に、本当に〈サンダーボルト〉〈サンダーウエポン〉〈サンダースラッシュ〉と並んでる……。
次いでタヌセラに目をやると、その上に名前、種族、レベルが浮かび上がった。えーと、契約者である私の名前も書いてあるね。
んー、特に変わったところは……、
いや! レベルが4になってる!
私はタヌセラを抱き上げた。
「すごいじゃない! 一気に3も上がるなんて!」
「キュ! キューイ!」
(はい! とても強くなった気がします!)
盛り上がる私達を、リムマイアはどこか冷めた目で。
「とはいえ、十メートル級に踏まれたらまだ即死だろうけどな」
そっとタヌセラを地面に下ろした。
「……ゆっくり、強くなっていこうね」
「クー……」
リムマイアは一転してしょんぼりする私達に罪悪感を覚えたのか、努めて明るい声を出す。
「元気出せって! たぶんもう一個食えば大丈夫だ! じゃオルセラ、次行くぞ、次」
「……え? 次って?」
「決まってるだろ、ウルガルダをもう一頭狩る」
「何言ってんの! 無理無理! ……私、魔力も残り少ないし」
「嘘つくな、まだ半分くらいあるだろ。〈サンダーボルト〉系も今回と同じ四発は撃てるはずだ」
……くっ、この師匠、めちゃくちゃなことをやらせるくせに、なまじ腕が立つから誤魔化せない。
そもそも、もっと小型の魔獣もいるでしょ。さっき体長二メートルほどのドラゴンが走っていくの見たよ。あれでも結構でかいけど。
「あいつは走竜種のレギドランだ。群れで行動することが多いから、まとめて五、六頭相手にする羽目になったりして結構厄介だぞ。他の魔獣を狩りたい気持ちは分かるけど、今日はウルガルダにしとけ。倒し方は分かったろ? 動きにも目が慣れてる今が絶好の機会なんだ」
ここぞとばかりに師匠らしいことを……。私がわがまま言ってる感じになってるし。
などと反論する間もなく、リムマイアは一人で先へ先へと歩いていく。
「早く来ないとおいてくぞー」
「待って! こんな森の真ん中ではぐれたら確実に死ぬ!」
「次はもう少しレベルが上でもいけそうだな。すぐ見つかるだろ」
いやいやいや! 狸は上がったけど私のレベルはそのまんま!
――――。
「グオオオオオオ!」
威嚇するようなウルガルダの雄叫び。鋭い眼光で私を睨みつけてくる。
怯んでられるか! お前を倒さないと帰れないんだよ!
薙ぎ払ってくる前脚を、姿勢を低くして地面を滑るように回避した。
確かにこいつの攻略法はもう分かってる!
振り向きざまに〈サンダーボルト〉を放つ。わずかな停止時間を突いて、剣で後脚を斬りつけた。
同時にここで――、
「〈サンダーウエポン〉!」
傷口から電流を流す。
……どうも効きが悪い。やっぱり心臓に近い胴体に撃たないとダメだね!
巨体の下に素早く潜ると、思いっ切り剣を突き上げた。
狼竜の腹部に刺さった刃から、残りの全魔力を注ぎこむ。
「〈サンダーウエポン〉! これで撃ち止めだよ! 〈サンダーウエポン〉ー!」
バリバリバリバリバリ――――ッ!
……出し切った、完全に。
昨日も何度死ぬかと思ったけど、肉体的なきつさで言えば今日の方が断然上だ……。
ウルガルダの体が消滅すると、私は【メイド】レベル6に上がった。
魔石を拾い上げた私の前に、茂みを出たタヌセラがトコトコと歩いてくる。
尻尾を振り振り、期待に満ちた眼差しを向けてきた。
(お疲れさまです。それであのう、もしかしてそちらの魔石も、いただけたりするのでしょうか?)
「……うん、あげるよ。……あげるけどね」
もう一頭巨獣の魔力を吸収したタヌセラは、私と同じレベル6に。まあ相変わらず、レベル以外にこれといった変化は見られないけど。
「いや待て。こいつ、魔法を覚えたみたいだぞ」
タヌセラを凝視しながらリムマイア。私も急いで〈識別〉で確認した。
本当だ! さっきまでまっさらだった魔法欄に何か出てる!
えーと、魔法名は……、〈狸火〉?
「タヌセラ、早速使ってみて。〈狸火〉!」
「ギャウッ!」
タヌセラの目の前に、ボッ! と火の玉が浮かんだ。両手ですくえそうな大きさの灯火がゆらゆらと。
…………、ちっさ。
「もっと本気出していいよ、タヌセラ」
(すでに、フルパワーです……)
……そっか、ごめん。
私が今日、命懸けで手に入れた魔石二つを貢いだ成果がこれか……。今後、たき火の火種には困らなそうだ……。
慰めるように私は契約獣の頭を優しく撫でた。
「……ゆっくり、強くなっていこうね」
「クー……」









