11 メイド、戦士になる。
改めて気絶しているウルガルダに視線をやった。まだ起き上がる気配はない。
それにしても、タヌセラだよ。
どうしてさっき飛び出してきたの?
「もう、隠れててと言ったでしょ……」
「きっとオルセラがやられるって思ったんだろ。お前が死んだら、こいつも死ぬからな」
リムマイアは狸の頭にポンと手を乗せた。
まさかこいつ、私を助けようと……?
タヌセラはそのつぶらな瞳で私を見つめ返してきた。
「キューン……」
(オルセラが危ないと思ったら、体が勝手に動いていたんです……)
お前……。
……気持ちは嬉しいけど、完全に無駄死にするところだったよ。むしろ飛びこんでこなきゃ、私は避けられたかもしれない……。
「キュ……、キュー……」
「あ、ごめん。とにかく私が危なくても、自分も死ぬかもしれない時は助けにこなくていいから」
(私、命懸けだったのに……)
「だからごめんって……」
でもタヌセラ、臆病なだけかと思ったら、意外と勇気あるんだな。ああいうの、蛮勇って言うんだけどね。
茂みに隠れ直す狸を見送りながら、リムマイアが小さく笑った。
「とっさにタヌセラを庇ったの、なかなかよかったぞ。オルセラ、臆病なだけかと思ったら、意外と勇気あるんだな。ああいうの、蛮勇って言うんだけどさ」
……ああ、うん。私達、ほんとよく似てる……。
リムマイアは仕切り直すように「よし」と。
「もうすぐウルガルダが目を覚ますぞ。背中の方は大丈夫だな?」
「叩かれた直後はすごく痛かったけど、今は結構平気……かな?」
「魔力が増えると傷の治りも早くなる。あの程度ならすぐだ。じゃ頑張れ」
……やっぱりまだ続けるんだ。これはもう、あの魔獣を倒すか私が戦闘不能になるまで終わらない。
起き上がった狼竜は、よくも気絶させてくれたな! と怒りの眼差しで私を睨んでくる。
私じゃないって……。そんなことできるなら、とっくにあんたを仕留めてるよ……。早く倒してしまわないと、怒りで相手がどんどん強くなっていく気がする。
リムマイアみたいに上に乗るなんて無理だから、脚を攻撃して機動力を削っていこう。
振り下ろされた前脚をかわすと、ウルガルダの側面に回りこんだ。
すると、あっちはすぐに向き直る。
また私が回りこもうと走ると、やはり正面に置くように体を動かした。
……こんなに大きいのに機敏で隙がない。
ないなら、作ればいいよね。
長時間気絶させるとかは無理だけど、一瞬だけなら私にもできる!
「〈サンダーボルト〉!」
バチバチッ!
私の放った雷でウルガルダは一時停止。
今だっ!
不格好に剣を振り、鱗で覆われたその脚を斬りつけた。
ザスッ!
狼竜の「ギャ!」という鳴き声と共に、確かな手応えが伝わってきた。
しかも思ったより軽く振り抜けたよ。これってやっぱり、この魔法剣のおかげなのかな。
一度叩かれたせいか恐怖心も和らいできた。
これならやれる!
お返しとばかりに、ウルガルダは鉤爪を振り上げる。
ところが、鋭利な死神の鎌は寸前でピタリと止まった。
同じフェイントには引っかからないよ!
迫りくる尻尾を察知した私は、ジャンプしてそれを回避。できたものの、つま先が尻尾の先っぽに引っかかった。
う、嘘でしょ!
私は空中でぐるんと一回転、したと思う。
ビタンッ!
気付けば私はウルガルダの背中に貼りついていた。
上に乗っちゃった!
わわわわわ! 振り落とされる!
暴れる魔獣の背に必死でしがみつく。
リムマイアが潜伏していた木から顔を出した。
「チャンスだ! 剣を突き刺せ!」
言われるままに、私は渾身の力で剣を突き立てる。
間髪入れずに彼女から次の指示が。
「今だ! 〈サンダーウエポン〉を使え!」
「何それ! そんなのない!」
「ある! 剣に〈サンダーボルト〉を流しこむ感じだ!」
「サ! 〈サンダーウエポン〉ーッ!」
バッリバリバリバリ――!
雷鳴と、ウルガルダのかつてない絶叫が重なった。
本当に〈サンダーウエポン〉があった!
そして外から当てるより断然雷の通りがいい! こんなに効くなんて!
「感心してないでもう一発だ!」
「わ、分かった! 〈サンダーウエポン〉ーッ!」
――――。
森に響き渡った断末魔。その主が残した魔石を拾い上げた。
……た、倒せてしまった。
私、初めて魔獣を討伐したって実感があるかも。これまでは完全にリボルバーの力だったし、そりゃそうか……。
「ま、ラッキーもあったけど、合格でいいだろ」
リムマイアが木から下りてきていた。何だかやけに嬉しそうだ。
「合格って?」
「私もそこまで暇じゃないからな、一回戦わせてみて見込みがなきゃやめるつもりだった。けどオルセラはよくやった。危なっかしい感じはしたものの、思い切りがよかったし、度胸もあった。学習能力もあるし、機転も利く。戦いの才能は結構あると思うぞ」
「そ、そうかなぁ」
人からこんなに褒められたの初めてだ!
ところで、あの〈サンダーウエポン〉ってどこから出てきたんだろう?
尋ねるとリムマイアは私の胸を人差し指でちょんと。
「〈サンダーボルト〉と一緒にお前の中に入ったんだ。ボルトの発展魔法、ウエポンとスラッシュも私の中から消えてたから、絶対そっちに行ったと思った。〈識別〉で見てみるとー、うん、やっぱり入ってるな。本来は別個の魔法だが、私はあの二つをボルトを元に編み出したから。関連性が強かったんだろう」
「そうなんだ……。いっぱいもらっちゃってごめん」
「いい、どっちも私はもうⅡ以上しか使ってないからオルセラにやる」
「ありがとう……。ちなみにスラッシュって?」
「武器に纏わせるウエポンの状態から、斬撃を飛ばすのがスラッシュな。とにかく、これだけ使えればオルセラはもう一人前の戦士だ。自信持っていいぞ。ウルガルダなんて、それなりの訓練を積んできた奴でも、一人で狩れるようになるまで数か月は掛かるからな」
……ちょっと待って。初耳なんだけど。
でも、よくよく考えてみればそうだ。昨日の人達はチームで戦って全滅していたんだから。
回れ右したリムマイアは空を見上げた。
「まさかほんとに倒しちゃうとはなー。何でもやらせてみるもんだ。……私、人を教えるの初めてだけど、案外、私もその道の才能あるのかも」
えー……。
呆れていると、思い出したように彼女は振り返る。
「そういえばオルセラ、剣の振り方ひどかったな。後で稽古つけてやる」
「まずはそっからでしょ。……リムマイア、絶対その道の才能ないよ」