10 メイド、のたうちまわる。
昨日あんなに苦労して抜け出したサフィドナの森に、私は再び戻ってきている……。
目の前には、もうトラウマになっていてもおかしくない狼頭のドラゴンが。
ど、どうしてこんなことに……!
リムマイアは昨晩確かに言った。私を鍛えると。
でもまさか、いきなり実戦なんて!
「無理だよ! やっぱり無理!」
「無理じゃない。ちゃんと補強してやっただろ」
木の上から声が降ってくる。彼女は気配を消してそこに潜んでいた。
リムマイアの言う補強とは、一つは私の持っているこの剣。刃渡り七十センチほどの両刃の剣で、魔法が宿っているらしい。確かに見た目より軽い気がする。
そしてもう一つが、胸につけているプレートメイル。こちらも魔法防具で、鉄素材の全身鎧を着てるのと同じくらいの防御効果があるんだとか。
本当に? 防具が胸のこれだけとかすごく心細いんだけど……。
ちなみに、剣も鎧もリムマイアが昔使っていたおさがりだよ。
「どっちも初心者にはもったいない代物だぞ。そのプレートメイルがあれば、レベル5なら攻撃食らっても即死はない。(戦闘クラスならだけど)とにかく戦え、苦労して見つけたレベル2のウルガルダなんだから」
……木の上から容赦ない指示が飛んでくる。今、大事なとこ濁さなかった?
とか話している間に、ウルガルダが早くも攻撃態勢に!
たとえ魔法装備があっても、あんなのに近付いて攻撃なんて無理だからやっぱり……、……ん?
「キューン、キューン……」
タヌセラが私の足元でうろうろと。
「何やってるの!」
「契約獣にはきちんと指示を出しておいてやらないと、どうすればいいか分かんないだろ」
「そっか、じゃどっかに隠れてて!」
(はい、喜んで!)
ザッシュと狸は茂みに突っこんでいった。
よし、これで戦いに集中できる。
もう腹をくくったよ。戦ってやろうじゃない!
昨日の私とは違うよ。
今の私には遠くから攻撃できる魔法がある!
向かってくる狼竜に手をかざした。
「〈サンダーボルト〉!」
バリバリ――ッ!
私の掌から発生した雷が魔獣の巨体を捉える。
ウルガルダは一瞬停止するも、その体をふるわせると、パシュッ! と帯電は発散。
私を鋭く睨みつけ、天高くジャンプした。
全然効いてないし、めちゃ怒らせた!
振り下ろされる前脚を慌てて回避する。
全身を使って暴れ回る体長十メートルの巨獣。私はひたすら逃げ惑うしかなかった。
これじゃ昨日と全く一緒だ……。
……いや、でも、体は結構動く気がする。向こうの攻撃も何となく予測できるし。これってやっぱり、レベルが上がったからなのかな。
私、ちゃんと成長してるんだ。
もっとしっかり敵を観察すれば、攻撃できる隙も見つかるかも。
ウルガルダは右後脚で踏みこむ体勢に。
ということは、右の前脚で攻撃してくるはず。
読み通りに大きな鉤爪が私に向かって……、
来ないでピタリと止まった。
フェ、フェイント……!
気付いた時には、横から丸太のような尻尾が迫っていた。
まずい! 避けないと!
と思った瞬間、私の前に何かが飛び出してきた。
「タ! タヌセラッ!」
どうして出て来たの!
いけない! この子は直撃すれば確実に死んじゃう!
タヌセラを抱き止めた私は即座に体を反転させる。
直後、背中に尻尾の強打をもろに食らった。
……し、しまった。
私だって、死んじゃう、かもしれなかった……。
この時、私の脳裏には、昨日見た尻尾で弾かれた戦士の姿が浮かんだ。
彼と同じように、私もベキベキと木に叩きつけられる。
ぎゃああああああ!
体中の骨がベキベキと!
……っと待った。骨の方は大丈夫かも。
ベキベキは木の砕けた音だけだったみたい……。
そ、それでも……、
あいたたたたたた!
背中すっごく痛い!
激痛のあまり、私は地面を転げ回る。
そんな契約者に、隣からタヌセラが心配する眼差しを向けていた。
「クー……」
そうか、お前は全くの無傷だったんだね……。
「オルセラ、戦闘中にのたうちまわってたら本当に死ぬぞ」
と傍らに立つリムマイア。彼女の方は呆れた眼差しを私に。
そうだった!
急いでウルガルダに目をやる。
狼頭のドラゴンは静かに大地で伏していた。ピクリとも動かない。
「リムマイアがやっつけたの?」
「気絶させただけでダメージはない。スタン付与の魔法を使ったんだ。またその内教えてやる」
へぇ、そんなのもあるんだ。
こんなに無防備な状態にできるなら覚えたいかも。
そうやって魔獣を眺めていると、自然と剣を握る手に力が入った。
今ならこいつを……、倒せる!
「いや、それはダメだろ」
「……だよね」









