実話 ドアを叩く音
私が二十歳を過ぎ、妹が高校生の頃だろうか。
夏休み、母方の祖父母の家に遊びに行った。
その家は母方の親戚が集まる場所で、夏休みや冬休みになると母の妹弟が家族を連れてやってくる。
その日の夕暮れ、みんなが夕飯の買い出しに出て、家には私、妹、母の妹だけとなった。
何をするでもなく3人、茶の間でくつろいでダラダラしていると、
ドンッ
金属がぶつかる音がした。
玄関のドアが動いた音だ。
ドアは今のように軽くはなく、厚い金属製だった。
ドンッ
施錠されているドアのノブを持って、どうにか開けようとしている、そんな音だ。
「誰か帰ってきたかな?」
だが買い出しにはみんな、車で行っている。庭に車が入ってきた様子はない。
ドンッ ドンッ
鍵がかかっている、それでも誰かが外からドアを開けようとしているのだ。
茶の間の窓から覗き込めば、玄関に誰がいるのか分かるのだが、その音があまりに不気味すぎて確認することができなかった。
ここは畑ばかりの田舎である。
近所の人が用があるなら、普段は、縁側に回ってそちらから顔を出してくる。
では誰が? 郵便ならチャイムくらい鳴らすだろう。
この辺にいたずらをするような悪ガキはいない。
ドンッ ドンッ ドンッ
「え、なに? ちょっと、誰、なに?」
妹が不安がった、そのすぐあと。
ドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドンドン!!
重い金属製のドアがものすごい音を立てた。
ノブを持って揺らすどころではない。
それこそバトル漫画のキャラが、ドアに高速で連続パンチを放ったような、そういう異常な揺れ方だ。
音が玄関から家中に鳴り響いている。
私と妹はその常軌を逸した音にすっかりすくみあがって、なになに、なんなの、とパニックになりかけていた。
すると険しい顔つきになった母の妹、叔母さんが玄関へと歩いていき、
「お母さん、ここはもうお母さんが戻ってくる場所じゃないの。今はちゃんといるべきところに戻って。お願いだから」
と一喝するようにドアの外へと語りかけた。
それでピタリとドアの音は止まった。
「なに、なにを言ったの」
「お母さんだよ、来ようとしてたから」
母の妹は元看護師で病院でいくども霊体験をしてきた、とても霊感の強い人だ。
お母さんとは、彼女の母のこと。
最初に祖父母の家と書いたが、当時はもう祖父しか住んでいなかった。
なぜなら、祖母はこの数年前、なかなか治らない病気を苦にして自ら命を絶っていたのだ。
茶の間とふすま1枚で隔てられた、隣の寝室で。
私と妹は戦々恐々としていたが、叔母はなにごともないようにそのあとも家族と過ごしていた。
それから特別なことが起こることはなく、いつもの通りに親戚と焼き肉をやり、夏の日は過ぎた。
数年後、祖父が寝室で心臓発作で亡くなっているのが見つかった。寒い日のことだった。
無人となった家に、別の親戚が何年か住んだが、心霊的な現象は1度もなかったという。
やがて祖父母の家は住む者がいなくなり、取り壊された。
今は、もうない。