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 まずは挨拶から。


 「こんにちは、マクセインさん!」

 「こんにちは、アデリー嬢。」


 徐々に距離を詰めて様子をうかがう。


 「カップケーキを焼いてみたんです。良かったら召し上がってください。」

 「いいんですか?ありがとうございます。」


 ちょっとした演出も良いスパイスになると本に書いてあった。


 「あら!こんなところで会うなんて偶然(運命)ですね!」

 「本当ですね。ところで兵士の控え室に何かご用ですか?」


 自然にサラッとプライベートな部分に踏み込む(これも本に書いてあった)。


 「マクセインさんは、休日は何をしてらっしゃるの?」

 「ここにいる間は、丸一日休みという日は無いですね。特に用もないのでほとんど寝てます。」


 ズバリ聞いてみる。


 「マクセインさんのお好きな女性のタイプって、どんな方なの?」

 「そうですね……明るくて元気が良くて、優しい女性でしょうか。」

 「ぃよっし!」

 「え?」

 「お気になさらず。」


 こうして、フォーカー侯爵家を訪れるたびに手作りの焼き菓子を持っていっては堂々とマクセインにだけ手渡し、休憩時間を見計らってはお喋りをしにいった。マクセインはアデリーの子供の頃の話にいつも笑顔で耳を傾け、領内の特産品や領民の生活、自然や気候について語るととても興味深げに聞いていた。


 逆に、マクセインについても少し知ることができた。二人の兄の他に妹が二人いること。本当は剣を振るよりも本を読んでいる方が好きなこと。子供の頃は身体が弱くてしょっちゅう寝込んでいたこと。父親の伝でフォーカー家の私兵団に入ったこと(もちろんちゃんと入団試験を受けている)。

 辛いものと強い酒が苦手で、果物が大好きで、笑うと目尻の皺がとても可愛いということを知った。


 ----そろそろいいかしら……


 アデリーがマクセインと親しくなってから三か月が経った頃。フォーカー侯爵家の居間でテレジアと寛いでいると、そんなアデリーの気持ちを察したかのようにテレジアが突然口を開いた。


 「で、いつ告白するの?」

 「テレジアには私の心の中が見えるようね。」

 「たぶん屋敷中の者が見えてるわよ。彼女はいつ言うのかしらって思ってるわ。」

 「きゃっ、もしかして彼も!?」

 「あれだけ分かりやすい態度でこられて気付いてなかったら即解雇よ。」

 「罰が重い!」

 「察しの悪い護衛兵なんて要らないでしょ。」


 確かに。護衛対象を危険から守るには起こりうるあらゆる状況を考え、常に周囲を警戒して行動しなくてはならない。それなのに『察しが悪い』など護衛としてあるまじき汚点だ。ということはやはり……


 ----マクセインさんも気付いてる。気付いているうえであんなに楽しそうにしてたのなら、もしかしたら……


 これは今押せばいけるかもしれない。結婚適齢期の娘が結婚もせず呑気に恋人を作るなど親は絶対に反対するかもしれないが、その時はその時だ。


 テレジアに『ほれほれ早く告ってきなさい』と背中を押され、アデリーはマクセインが午後勤務の日の朝に、公園の近くにあるティーサロンに呼び出した。


*


 ----てっきり向こうにも気があると思ってたのに……


 アデリーは溜息をつき、ついさっきの出来事を思い返していた。幸いにも店にはほとんど客がおらず、それでもできるだけ人気のない場所の方がいいと思い、店の奥の角の席に座った。そして軽い世間話をしながら茶を数口飲んで喉を十分に湿らせ、会話が途切れたタイミングでスゥと息を吸い込んだ。


 「あの、マクセインさん。」

 「はい。」

 「好きです。私とお付き合いしていただけませんか?」


 かなりストレートな告白だった。今思えば、もう少し言い方というものがあったのではないかと両手で顔を隠したくなる。しかしガチガチに緊張したアデリーには気の利いた前台詞もロマンチックな演出も、何も思いつかなかった。


 気持ちを伝えるだけで精一杯だった。そしてその後の沈黙はとてつもなく長く感じた。その沈黙の長さがマクセインの困惑を表しているのだと気付いた時には、嫌な予感と絶望と焦りで心臓がバクバクと音を立て始めた。


 そしてーーー


 「申し訳ありません。」

 「……っ」

 「お気持ちはとても嬉しく思います。ですが今は任務に集中しなければならない身ですので……」

 「それは……お付き合いできないということですか?」

 「はい。」

 「……そう、ですか……分かりました。」


 この後どうやって家に帰ったのかは覚えていない。ただ部屋に入るまでは我慢して、頑張って笑顔で終わらせた自分へのご褒美に大泣きしようと決めていたことだけは覚えている。そしてその通り、十九年の人生で一番大泣きした。


 ----あれだけキッパリ断られたら、追いかけることもできないよ……


 というより、人生初のアプローチと告白に持てる勇気の全てを使い果たしてしまったとでもいおうか。気持ちに勢いはあったものの、本当は声をかけるだけでもそれなりの勇気を必要としたのだ。それに他の兵士や使用人の目には主人のご令嬢のご友人が一介の兵士に熱を上げているように見えるのだから(事実その通り)、一歩間違えれば父親の顔に泥を塗ることにもなりかねなかった(すでに塗ったかもしれない)。いろんな意味でこれ以上追えない。


 ----とにかく、これからは普通にしないと……ってあれ、普通って何だっけ?


 よく考えてみれば、ファーストコンタクトからアプローチを開始していたので普通の距離が分からない。

 普通の距離……、普通の距離……、普通の……?


 ----とりあえず挨拶だけすればいいのよね。お菓子を渡したりとか、お喋りしにいったりとか、そういうのをやめれば……


 「うっ……うえぇぇーん!」


 せっかく泣き止んだのに、慣れないお菓子作りに奮闘した日々が脳裏によみがえってしまった。何度も何度も失敗して、やっと成功したその形は不恰好で不揃いでも、マクセインはいつも喜んで食べてくれた。それが嬉しくていろんなお菓子にチャレンジしてきた。ほぼ毎日のように練習した甲斐あって最近では失敗することが少なくなってきたけれど、もう作る理由がなくなってしまった。


 ----これでもう泣くのは最後にしよう……


 たとえこの恋が実らなくても、喜んでくれた事実が消えるわけではない。美味しいと言ってくれた言葉が消えるわけではないのだ。この胸の痛みが思い出に変わるのはいつになるかは分からないが、アデリーはしばらく厨房には入らないでおこうと思った。

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