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 何事も、最後の立ち居振る舞いが大切だと思う。どれほど一生懸命に素直な想いを言葉にして伝え、心を態度で示してきたとしてもだ。


 昨日までは仕事中の彼の真剣な表情を遠くから見つめて胸を高鳴らせ、会話中の何気ない一言に胸を弾ませていた。けれど今は、目の前にいる彼の硬い表情から目をそらし、言われた言葉に胸を締め付けられている。


 『立つ鳥跡を濁さず』とはよく言ったものだと胸の中でクスリと笑う。でも実際にそんなことができるのは、この世に一体何人いるだろう?一片の未練や執着を残さず、いや、残していたとしてもそれを一切内側から漏らさずにいられる人なんているのだろうか。


 「……分かりました。」


 短くそう言って静かに席を立ち、震える膝をゆっくと折る。しかし表情だけは崩すまいと、アデリーは脚と背筋を伸ばし胸を張った。


 「ありがとうございました。きちんと断ってくださって。」

 「アデリー嬢……」

 「マクセインさん。」

 「はい。」

 「これからもお会いすることはあるでしょうから、今まで通り仲良くしていただけると嬉しいです。」

 「それは……もちろんです。」

 「良かった!それじゃあ、私はもう帰りますね。……さようなら。」


 とうとう口にしてしまった『さようなら』の文字。これで最後ですという意味であることは互いに分かっていた。だからだろうか。せめて最後は笑顔でいたいと願ったが、どうにも叶いそうにない。

 アデリーは震える唇をキュッと結び、急いで背を向けてその場から立ち去った。その背をマクセインの少し焦った声が追いかける。彼はこんな状況でも残酷なまでに紳士だ。


 「待ってください!ご自宅までお送りします!」

 「いえ。すぐ近くに侍女がいますし、馬車もありますので大丈夫です。」

 「そう……ですか……」

 「お気遣いありがとうございます。」


 それでは、と言って、眉間に皺を寄せるマクセインにニコリと微笑みを向ける。

 アデリーの初めての恋は、悲しみを完璧に隠した笑顔とともに終わった。


*


 王都にある閑静な住宅地の一角に、噴水のある美しい庭と花々に囲まれた大きな白い建物がある。アデリーの父親キートン伯爵の屋敷だ。毎年社交界シーズンに入ると、昼夜問わず連日のように行われるパーティーに出席するために、一家は領地へーバレイにある屋敷からこの屋敷に移り住み、他の貴族との交流を思う存分楽しむことになっている……のだが。


 「うっ、うっ、うっ」


 大きな窓から差し込む光に照らされた屋敷内とは別世界かと思われる陰気臭い部屋では、ベッドの上に突っ伏したアデリーが鼻水を垂らしながらクッションを抱きしめて大声で泣き喚いていた。


 「うわぁぁ〜ん!うあぁぁ〜!(ビーーーーム!!)」


 閉め切った窓にかかるカーテンだけがぼんやりと光る薄暗い部屋で、汗をかきながら泣き続けること約一時間。この喚き声を誰かに聞かれているかもしれないとか、勢いよく鼻をかむ音に眉をひそめられているかもしれないなどといった些末なことは、失恋ほやほやの今のアデリーにはどうでもいい。とにかく今はこの胸の苦しみと痛みを何とかして発散させることの方が大事だった。


 「好きなのに!こんなに好きなのにぃぃ〜!」


 『うえぇん、うえぇん』と散々泣きじゃくったが、瞼の重みと腫れ具合を察するだけでまだまだ泣けてくる。鼻はかみすぎてすでに感覚を失っているが、それでもまだ滝のように流れでる鼻水には息が詰まりそうになった(ただの鼻詰まり)。

 アデリーは口でフゥフゥと呼吸を繰り返し、最後に深呼吸をしてからスッと目を閉じた。


*


 アデリーが恋をしていたお相手の名はマクセイン・ネムソン、二十三歳。ネムソン伯爵家の三男で、アデリーの親友であるテレジア・フォーカーの実家フォーカー侯爵家が自領から連れたきた護衛兵だ。フォーカー侯爵家も社交界シーズンには王都にある別邸に移り住むのだが、マクセインは今年初めて一家に同行して王都へとやってきた。フォーカー家に仕えて三年目になる彼は主人によほど気に入られているのか、王都にいる間はテレジアが出かける際の護衛も担当している(アデリーはこのことを知った時、十年以上の付き合いの中で初めてテレジアを心の底から羨ましく感じた)。


 アデリーがマクセインと初めて会ったのはまさにそのフォーカー侯爵邸だった。

 アデリーは王都へ来ると決まってテレジアに会いに行く。シーズン期間以外は自領に引きこもっていて時々の手紙のやり取りしかできず、こんな機会にしか会えないからだ。なのでこの日もアデリーは自領から持ってきた手土産とお菓子を持って訪れたのだが、玄関の扉の側で待機しているマクセインを見た瞬間、頭の中がパーンッと弾けて真っ白になってしまった。


 短く切り揃えたハニーブラウンの髪と、同色の凛々しく整った眉。意志の強そうな青い瞳は真っ直ぐ前を見て光り輝き、スッと伸びた鼻筋がそれを一層引き立てている。やや大きめな口元はキュッと引き締められていたが、アデリーを見かけるとそれらが途端にフワリと柔らかく崩れ、アデリーの両目を真っ向からぶち抜いた。


 ----やっ、やだ!すす、すごく、かかかか格好良い!!


 完全に一目惚れである。この時点ですでに頭の中は真っ白から薔薇色に変わったことは言うまでもない。アデリーは爆発寸前の心臓を抱えながらも上から下までじっくりと容姿を観察しつつ彼の横を通り過ぎ、案内役の侍女の後ろに続いた。そしてテレジアの部屋に入るなり『(とびら)(きみ)』(この命名を聞いた時のテレジアの引いた表情は未だに忘れられない)についての情報を聞き漁り、独身で婚約者・恋人ナシ、女性関係に悪い噂ナシ、ちょっぴり奥手だけど人柄も愛想も良いので、財産相続権の薄い三男であるということに目を瞑れば申し分のない男、といったどこか賃貸物件の釣書のような情報を得ることに成功した。


 ----フンッ、肩書きなんてどうでもいいわ。愛の力でプラマイゼロよ!


 となれば、さっそくアプローチ開始だ。王都にいるのは長くても五か月ほどしかないのでグズグズしている暇はない。考えたくはないが、華やかな街に出て羽目を外して他の女性に目を向けられるかもしれないのだから。

 恋をしたことがないアデリーには駆け引きやアピールの仕方というものがまったく分からないので、とりあえず持ち前の出所不明な自信を武器に、思いつくまま心のままに真正面から行動することにした。

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