現実逃避もたまにはイイね
朝を見せる目覚ましの音。目蓋を突き破る光。口の中をヌチヌチとする気持ち悪さと共に来る空腹。開閉する壁。
「ガッコ…ダル…」
俺は、日比野 マモル 高校二年生。
いつもの俺は、普通に朝起きて、普通に学校に行って、普通に友達と遊んで、普通に風呂に入って、ちょっと夜更かしして1日を終えていた。
そんな俺だったが、今日に限って何故か、普通じゃないことをしよう、なんてことを考えていた。多分、日常が自分の理想に追いついていなかった。要するに、つまらなかったんだと思う。
「いゃっは〜!なんだかんだ、学校サボるのなんて初めてなんじゃないのか?やるじゃねえか、俺」
こんな朝早くから、外で大声で独り言をしていることに、多少なりとも恥じらいを感じたが、今日の自分は普通じゃないと、全力で言い聞かせながら、ブツブツと小声になっていき、気づいた時には、無言で、ただ一人歩いていた。
そして、ここで最も重要なことに気がついた。
「普通じゃないことって…なんだ?」
そう、俺は今まで普通であることに徹していたため、それ以外のことを、全くと言っていいほど知らなかった。
これから何をするか、交互に動く自分の足を目で追いながら、無心で考えていたところ、周りの足が動いていなような気がして、顔を上げ、信号が赤になっていることに気づいた。
「…ナイスタイミングだ。今の時間に、何するか決めよう」
そう決めて、色々考えて、何も決まらず、とりあえずコンビニに入った。
少し休憩のつもりでもいたが、真夏のコンビニのクーラーは、まるで冷凍庫に入れられたマグロを疑似体験させた。俺が腹を下すまでに、5分も要さなかった。
「ふぅー… やばかったな。」
本当にとんでもなかった。穴の奥の方で何かが爆発しそうな気分だった。そんなこんなで、色々出た訳だが、同時に、記憶の奥からも一つ、やりたいことが出てきた。
「まあ、結果オーライってやつか。てか、今の記憶の戻り方、あれって走馬灯… いやいや、そんなはずないよな。流石に、大物で走馬灯は、ちょっとな…」
そんなことを考えているうちに、俺は目的地に着いていた。
「相変わらず綺麗だなー」
中二の夏に、家族で来た海だ。あの頃はまだ、自分が普通であることに、なんとも思ってなかった。むしろ、周りの頭のイカれたやつや人に馴染めないやつのことを見て、普通であることが一番良いことだと思っていた。
「ここに来ると、いろんなこと思い出すな。なんにせよ、せっかく海に来たんだ、泳ぐぞ!」
着替えがないことに気がついてはいたが、それ以上に、三年ぶりの海に興奮していた俺は、そんなことお構い無しだった。両手を高く上げ、海に向かって走り出そうとしたところで、視野の右の方に、人影があることに気づいた。胸の奥から急に羞恥心がこみ上げてきて、鼻歌を歌いそうになりながら、その人影のある方に顔をむけた。そこには、一人の女性がいた。
「こんにちは。」
挨拶をされた。
「こちちくは。」
噛んじゃった。
恥ずかしさのあまり、すぐにでも逃げ出したい、そう思った。だけど、俺の体はその場から一歩も動こうとしなかった。それどころか、目の前にいる女性を、隅から隅まで余すことなく凝視していた。細く長い脚、透き通るような白い肌、艶やかな腕、さらさらとなびく髪、そして、これ以上ないほどに整った顔。
完璧だった。この世の人間とは思えないほどに。
それらを踏まえて、どうしても、目の前の女性に、言いたいことがあった。初対面の人に、なにか物申すのはとても怖かったが、それでも、言わなければいけないことがあった。
「あの!えっと…その…」
「背中に、羽…生えてますよ。」
「あ…」
そんなこんなで、昨日まで普通だった俺は、思い出の地で、最高に変な生き物と、出会ってしまったのだった。