第17話 戦う理由
次の日。
何も変わることなく月が落ち、陽が昇る。
昨日とは打って変わり雲一つ無い青空に、初夏特有の強い日差しが降り注ぐ。
朝日を受けてた木々が瑞々しい葉を微風に揺らし、清涼な空気を漂わす。
蝉の鳴き声がけたたましく鳴り響く、鳴り子城へ至る山道。
今日の死地はその先――鳴り子城そのものである。
副団長ユードリッド男爵を先頭にした茨十字騎士団がその入り口に現れたのを、鳴り子城城主である太田森須江之門は天守閣から肉眼で見つけた。
既に森人の女王ソフィアは一族を率い、副将の加藤威史らの護衛隊ともに払暁前に海岸側の城門から出た。
彼らが向かう先には海へと大きく飛び出た岬と灯台を兼ねた砦、そして増援を乗せた救助船がくる港と小さな城下町がある。
加藤の義兄弟である藤亜十兵衛も、彼が率いる奇兵隊とともに山中に伏した。
オルデガルド帝国の茨十字騎士団がゆっくりと慎重に、内陸側城門へと歩を進める中、太田森は城門や各所に身を潜めて待ち構える部下たちに大声で語り始めた。
「兵よ! 我が兵共よ! 森人の首を切り落としては悦に浸る、邪悪な首狩り騎士団が現れたぞ!」
天守閣から響く拡声魔術までも使った大声に、一部の部下たちは振り向いた。
この城のある山の最も高いところから叫んでいるのだ。
敵にもよく聞こえているだろう。
それを見越して太田森は語り続ける。
「お主らの城主たる太田森須江之門が、冥土の土産に真実を語ろう! 奴らは何のために我らに戦争を仕掛けてきたのかを! なぜ森人を攫うのか! それは森人を生け贄に捧げるためだ! それを聞き、お主らはなぜと思うだろう! その理由は、奴らは魔界へと繋がる地獄門に術を仕掛けてしくじり、その所為で魔物がこの世に溢れたのだ!」
兵たちが恐怖と緊張で息を潜めていた山城に、微かな、だがはっきりとした、うねりのようなざわめきが広がり始める。
「そうだ! 我が兵共よ! ここ近年、各地で魑魅魍魎が蔓延り、この異国の地にまで砦を作り、魔獣を迎撃せねばならない理由! それは奴らが、オルデガルド帝国が地獄門を広げたからだ! その悪行を取り繕うために、森人たちを生け贄に捧げて誤魔化すつもりなのだ! つまり、我々は身勝手な奴らの尻拭いのために、森人ともども殺され掛けているのだ!」
悲鳴を上げた者も出始めたが、それさえも太田森は無視する。
「奴らに和平の意志はない! 我が国と協力する気もない! 仮に協力する気があるのであれば、使節団が礼儀を尽くして現れるだろう! だが、奴らは何をしたのか! 奴らがしたのは我らの民を襲い、我々を襲い、森人を攫い、神州国を襲うことだけだ!」
太田森は今頃ユードリッド男爵が、苦虫を噛み潰したような顔をしているだろうと内心ほくそ笑む。
「では、なぜ帝国が戦争を選んだのか! 奴らは我らを見くびったのだ! 虫けらのように殺せるのだと思ったのだ! だからこそ、はっきりと言おう! 奴らに降伏しても、我々は捕虜となれない! 捕虜を取る気など最初からないのだ! 敵の先遣隊たる奴らが足手纏いとなる捕虜を取るわけがない! それは今までの防人の歴史が証明している!」
呼吸を落ち着かせ、地獄から響くような声音で告げる。
「我が兵どもよ! 今日からの戦いに、一切の情けを期待するな。これは政治が伴う戦ではない。これは純然たる生存闘争なのだ。一方が何もかも略奪し、一方が蹂躙され尽くす戦いなのだ! この殺戮の連鎖が行き着く先はただ一つ! お主たちの家族、友人、親族! そこにまで、この殺戮の連鎖は至るのだ」
この言葉が染み渡るように一呼吸置く。
「ここでの戦いは、もはや魔獣から本国を守る戦いではない! オルデガルド帝国という侵略者から神州国を守るという祖国防衛の、譲れない戦いなのだ!」
太田森は傍控えの従者に弓を持ってこさせるように顎を杓った。
その弓を鏑矢とともに受け取ると、ぎりぎりと長弓が軋むほどに引き絞った。
常人ならば五人がかりでも弦を引けないほどの一品。
だが、太田森須江之門とて超人の一人。
彼の目には、一キロ先で麓で列を整えさせているユードリッド男爵がはっきりと見えていた。
「我が兵どもよ! 合戦準備ッ! 鳴り子城を死守せよ!」
限界まで引き絞られた鏑矢がユードリッド男爵へと放たれた。
あの男も、エルフの女王にしてやられたか――――。
ユードリッド男爵は音を立てて飛来する鏑矢を、右手の戦矛で打ち払った。
女王に誑し込まれた地方の有力者が、茨十時騎士団に牙を剥くのはよくあることだ。
敵兵共を死地に追い込む太田森の演説を聴き終えたユードリッド男爵は、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべていた。
嘘と真実を織り交ぜた敵将の言葉は、さぞかし深く、敵兵の脳裏に染み込んだだろう。
雑兵とはいえ死兵とかした敵を打ち負かすのに、余計な手間が増えるかと思うと苛立ちが増す。
とはいえ、彼も一軍を率いる将としてこの場に居る。
味方をより一層纏めるために声を張り上げた。
「茨十字騎士団の諸君! 我らはこれより蛮族共がエルフを匿う、あの砦を正面から、正々堂々と攻め落とす! 大した武器を持たず、知恵も無く、超人さえ僅かしかいない敵軍など、有象無象の群れに過ぎぬ! これから我らが行うことは罪人たるエルフを匿い、不遜にも我らに刃向かう不信心者どもに正義の鉄槌を下すことである! それがこの世の絶対神で在らせられる光神の意志で在り、その祝福を受けた皇帝陛下の意志、つまり絶対的正義に基づいた極刑による救済である!」
馬上のユードリッド男爵は山城に背を向けた。
敵将たる太田森は、続けて弓を放たぬと確信した動き。
彼は数万キロ先の祖国から率いてきた部下、約二百名に向き直って声を上げた。
「正しき力に導かれし我らの戦いに不義はなく、その正義は万物が認め、天は我らを称える歓声に満ち溢れん! 我ら、神の加護とともに歩まん! さあ、我が同胞よ! 敵に死を! 我らに勝利を! 神に不信心者の血を捧げ、皇帝にエルフを捧げよう! いざ行かん、神とともに栄光へと至る道を! 世界滅亡の危機を知らぬ無知蒙昧どもを駆逐し、人類救済の戦いを始めるのだ!」
「万歳!! 万歳!! 万歳!!」
ユードリッド男爵に呼応するように、山を揺るがすような雄叫びが上がった。
茨十字騎士団にも太田森の演説は聞こえている。
言葉すべては分からなくとも多少は分かる。
それが侮蔑であれば、言葉が違えど、人は敏感に反応するものだ。
ましてや自らを誇り高き騎士と思っているならば、なおさらである。
彼らは文字通りに鏖殺せんと、雄叫びを上げ続けた。
神州国とオルデガルド帝国の二度目の合戦がもうすぐ始まる。
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