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第二話 五大形式

「はーい。それじゃあ、今日の授業は転入生のオリハラくんのことも考慮して、一度錬金術の基本的な知識についておさらいしていこうと思います。ほらほら、ええ~って顔しないで! 錬金術において一番大事なのは、やっぱり基本と知識ですから、おさらいは定期的にしたほうがいいと先生は思うわけです!」


 教壇に立ったミオリは分厚い教科書を広げながら、一言一言活舌よくわかりやすく発声して生徒たちに言葉を向けていた。改めて、ちゃんと教師をやっているミオリの姿を見ていると、なんだか感慨深いものが込み上げてくるわけだが――


「はいこらそこー! オリハラくん、あなたのためにも基礎からお勉強するんですからねー。ぐったり狸寝入りしてる暇があったら、錬金術の五大形式について詳しく説明してください。はい、どうぞー?」

「…………ミオ姉、恨むぞ」


 机に突っ伏していたイツキはさっそくミオリに指名されてしまった。

 彼女の成長を直に感じられるのは素直に喜ばしいことであったが、それでもいまのイツキは錬金術というものが好きではないのだ。少なくとも、錬金術がただ便利というだけではなく、その力があることで生まれた闇があることを知っている。


 だから、授業なんて適当に流そうとしていたイツキだったが、ミオリはあくまで教師としてそれを許してくれないらしい。


 渋々と返事をして席を立ち上がったイツキは、そもそも広げてもいない教科書を置いたまま、ただ淡々と感情を込めることもなく問われたことに回答する。


「錬金術の五大形式について。アトラスガーデンにおける錬金術はかつて魔術・巫術・呪術と呼ばれていた別体系の神秘技術も取り込んでいる。それらの形式の一つ一つや、基本錬金術から派生したそれぞれの体系を区別するため五系統に分類したものを意味する」


 まずは、と一拍の間を置きながらイツキは続ける。


「精霊式錬金術。基本からの派生形としては主流のものだ。精霊と契約を交わし、その補助を受けることで元素結合を簡略化、効率的に物質や現象に変化を発現させることを可能とする。ただし、契約した精霊の属性に依存する錬金術のため、多様性はない」

「うんうん、じゃあ次は古代式の説明いける?」


 ミオリに促されて致し方なくイツキは頷きを返した。


「古代式錬金術。炉や釜を用いた旧来の形式のもので、派生というより原点回帰と言うべきだ。手間のかかる作業を必要とする代わりに、武具の製造や薬品の調合といった他の形式にはないことができる。つまりは技術と知識を必要とする職人の錬金術だが――まあ、武具が無くとも基本錬金術でエーテルの剣を構築すれば済む話だし、怪我の治療もかすり傷程度ならその場で元素結合して修復したほうがはやい。たぶん、よほど拘りがある錬金術師しか、この形式には手を出さないと思われる」

「はいはい、補足説明もつけてくれて、ありがとね。じゃあ次はなにいく?」


 それじゃあ、と流されるままヤケクソにイツキは次の説明に移っていく。


「魔術式錬金術。ルーン文字や悪魔召喚を用いて変化をもたらすもので、基本錬金術以外だとたぶん精霊式に次いで人気がある。独自の知識は必要とするが、錬金術について学んでるなら、まあすぐに魔術式に移行することもできるだろう」


 面倒くさくなってきたイツキは徐々に口早になってきた。


「陰陽式錬金術。五行や式符といった要素を用いて変化をもたらすもので独自知識は必須だ」


 続けて、


「神道式錬金術。こちらは自らが信仰する神への奉納を対価として恩寵・加護をもたらすもの。己が信仰対象と定めた神の概念によって加護の種類は豊富だが、逆に言えば信仰対象の神様にすべて左右される」


 ふう、と一息吐き出して肩の力を緩めたイツキは、ぐったりと席に腰を下ろした。

 錬金術師としては当たり前の知識を当たり前に披露しただけだが、クラスメイトたちからはなぜか称賛の拍手を浴びることになった。

「うわー教科書も開かず言い切ったよ」「さすがは我らがライバル校・クレストリア学園からの転入生だ」「すごいねえ。知識宝庫ってやつ?」などといった声が聞こえてくるので、なんとも居心地が悪い。

 子供の頃に「一流の錬金術師になる!」と書物を読み漁って、一字一句記憶に刻んでいた若気の至り時代を思い出して恥ずかしくなる。


 そうしていると、バン! と机を叩いて女生徒が立ち上がった。

 またルシアになにかされるのかビクッとしてしまうが、どうやら相手はルシアではなく別の女生徒だったらしい。そちらに視線を向けると、そこにいたのは美しく長い髪をくるくるっとロールさせた上品そうな少女であった。


 彼女はなにやら自信ありげな微笑みを浮かべている。


「うふふ、とても優秀な転入生のようですが、なにか忘れていませんこと? アナタのミスはこのミシュア=アルラナフィが補ってあげましょう!」

「あ、あのー、ミシュアさん? 一応、授業中に発言するときは先生に一言申し入れよう?」


 困惑するように教壇で苦笑しているミオリだったが、そんな教師の苦労なんてお構いなしにミシュアなる女生徒は語り始める。


「そう! アナタは調律式錬金術をお忘れでしてよ? 音という現象を用いて変化をもたらす美しく優雅で至高の錬金術です! そうですわね、例えば――」


 ん、ん、とミシュアは喉を鳴らした。

 そして、次に彼女が開口したかと思うと、先ほどまでの甲高い声とは打って変わった声――まるでテノール歌手のような美しい男性の声音を教室中に響かせた。しばらくそうしてから、んんっ! ともう一度喉を鳴らすと元の高飛車な声音に戻っていた。


「とまあ、こんなふうに声音を変えることだって可能となるのが、調律式錬金術なのですわ」

「先生、ひとつよろしいでしょうか」


 ミシュアがふふんと鼻を鳴らしていると、今度はルシアが手を挙げて発言許可を求めた。

 ミオリは、彼女がちゃんと挙手をしてくれたことがよほど嬉しかったのか、ぱあっと笑顔を浮かべて「どうぞどうぞー!」と、あっさり発言を許すのだった。


 スッと席から静かに立ち上がったルシアは、流すようにミシュアに視線を送りながら言う。


「ミシュアさんが自信満々なので非常に申し上げにくいのですが、オリハラくんの五大形式の説明にはなにも落ち度はありませんでした。たしかに、ミシュアさんが実演までしたとおり、調律式錬金術というのは存在します」


 しかし、と続けられるルシアの言葉にミシュアが憎々しげに歯噛みしていた。


「調律式は五大形式には含まれていません。仮にそこまで説明する必要があるというのなら、その他五大形式に含まれない諸々数多の錬金術の形式から、封印指定の禁忌まで――それこそ今日一日をまるまる使って語り明かさねばならないと思います」

「……ルシア=サルタトールぅうう! アナタという方はワタクシをコケにするつもりですの?」

「そんなつもりはないわ。あくまでわたしは『あなたのミス』を正してあげただけよ」


 二人の女生徒が交わす視線には火花が散っていた。

 なんとも不穏な空気が教室中に広がっていく。このままではいつ暴れ出すかわからないと、そんなふうに判断したのかミオリが教壇から弱々しく声をあげた。


「あはは……じゃあ、その、なんかみんなストレス溜まってるみたいだし? 今日のところは授業の方針を変えて外で実技訓練と行きましょうか、うん。……いやほら、教室壊されると、あとであたしも叱られちゃうし……」

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