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終章① 魔女と姉

 術式管理局本部にて一人の女の取り調べが行われていた。

 管理局の者たちは、彼女から『ウロボロス』上層部の情報を聞き出したがっているようだが、結局のところは彼女も大したことは知らされていない使い捨ての駒に過ぎない。


 あまり期待されても困る、と折原美織は胸の内で終わらぬ取り調べにため息を吐いていた。

 怒鳴ったり、諭してきたり、なにを問われても知らぬものは知らぬというのに、相も変らず無意味で無駄な時間を彼らは日々費やしている。


 そう思って呆れ果てているくらいだったが、この日はミオリとしても取り調べに乗り気だった。


「さて、それでは始めようか」


 取調室に踏み込んできたのは、ミオリより一回りも背丈が小さく、華奢な体躯の女だった。

 金髪をなびかせ、碧眼を煌かせ、粉雪のような肌を輝かせる女は、まるで精巧に作り込まれた人形が動いているのかと思えるほどだ。その美しさは同性のミオリからしても見惚れてしまう可憐さだった。


 魔女・アリス。

 わざわざ稀代の錬金術師が取り調べの担当を申し出たらしい。


「取り調べの前に、あたしからあなたに訊きたいことがあるんだけど、いいですか?」

「ああ構わんぞ。だが少々待ってくれたまえ」


 ミオリに頷きを返しながら、アリスは悪戯な笑みを浮かべて、パチン! と指を鳴らした。

 直後、取調室から景色が消えて、真っ暗な闇が世界を呑み込んでいた。やがて暗闇のなかにぽつぽつと色が灯り始めたかと思うと、いつしかアリスが住んでいる森の工房――その居間と寸分違わぬ風景が浮かび上がってくる。


 なにが起きのたかとミオリが呆然としていると、アリスは木製テーブルを挟んだ対面の椅子にどかっと腰を落とした。


「忠告しておくが転移したわけではない。さすがに罪人を逃すわけにもいかんからな。ここは次元の境界――虚数空間に作られたわたしの第二工房といったところさ」

「次元の、境界……」


 さすがは『四大極光』と称された魔女。

 やることの規模がミオリの理解の範疇を越えていた。


「いまごろ管理局の連中、モニターになにも映らなくなっただの、取調室に入れないだのと、そりゃあもう慌てふためいていることだろうさ」


 くはは、と楽しげに笑う魔女。


「いいんですか、こんなことして?」

「聴衆がいては話したいことも気楽に話せんだろう? ……というか、私とて取り調べなんぞ、これっぽつもするつもりはなくてな? こうして管理局の連中の目と耳を遮断しておかないと、ただの乙女会トークを連中に見せつけることになる」

「乙女、会……?」

「なんだその目は。どこからどう見ても乙女であろう、私は? それに女はいつまで経っても清らかな心を持った乙女だぞ。おまえも、いずれ自分自身にそう言い聞かせる日が来るから、いまのうちに覚悟しておきたまえよ」

「……あはは、心しておきます」


 苦笑しながらミオリはこほん、と咳払いして本題を切り出した。


「アリスさん。あなたはどうしてイツキをアルヴァート学院に送り出したんですか?」

「無論、おまえを止めるため……だったんだが、まあ逆効果だったらしいな、まったく……」


 ミオリはきょとんと首を傾げた。


「あたしを、止めるため……?」

「ああ。『ウロボロス』の連中が動き出していることは把握していた。ゆえに抑止力の意味で我が弟子をおまえのもとに送ったんだがね。イツキが傍にいれば、その正体を知られたくないおまえは大人しくなると考えたのさ」


 だが、とため息を吐きだしながら、アリスはじとりと拗ねたようにミオリを睨んだ。


「それが裏目に出るとはな。おまえは、イツキに正体を知られる前にすべてを終わらせようと躍起になり、ほんの数日間で『真なる赤』の継承者を探り当てて捕らえるまでに至った。いやはや危うく自分の一手で『ウロボロス』の手助けをしてしまうところだった」

「じゃあ、もしかして、最初の段階でアリスさんの想定は外れていた……?」


 ミオリが自然と呟きながら問うた。

 するとアリスは照れくさそうに頬を掻きながら目を逸らした。


「おまえもイツキも、揃いも揃って私の想定通りに事が運んでいたと思っているみたいだが、私はそこまでなんでもお見通しの未来予知者なんかではないのだぞ?」

「いや、だって……」


 いつも飄々としていて、まるで掴めない雲のような態度で、それはもう余裕たっぷりなのだ。

 そんなアリスの姿からは、彼女の想定外で事態が動いていたなんて、思えないだろう。


「まあ、つまり、その、なんだ……最後の最後は焦らされたよ。管理局の一員として身勝手に動けないのは事実だったからな。あそこで我が弟子が忠告を無視して動き出してくれなければ、それこそ我々だけでは間に合わなかったかもしれん」


 だからまあ、とアリスは瞳を伏せながら続けた。


「今回、この事件を解決に導いたのは、我が弟子にして――おまえの自慢の弟だったのさ」

「……そっか。イツキに負けたならしょうがない」


 どこか嬉しそうに、けれど僅かな寂しさを込めながら、ミオリは言った。

 それから相対した魔女に真っ直ぐな視線を向けながら、


「どうかイツキをよろしくお願いします。あたしのぶんまで見守ってあげてください」

「ああ、そこは安心してくれていい」


 アリスは即座に頷きを返していた。


「おまえに言われずとも弟子の行方は見守るさ。五年前、かつての『ウロボロス』を叩き潰し、おまえの手からイツキを託された日から私はそう決めている」

「……ありがとうございます」


 それから二人はしばらく雑談を繰り広げた。

 他愛のない会話から、かつてのイツキのこと、これからのイツキの学院生活のこと。

 語り合えるべきことはすべて語り合って、そしてミオリは改めてすべてをアリスに託して、アリスは監獄塔へと送られるミオリに幸があらんことを願って『祝福』を授けた。


 なお、管理局への報告によれば、「あらゆる手を尽くし記憶まで探ったが『ウロボロス』の情報は存在しなかった」とのことらしい。

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