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第三話 矜持

 午後三時。

 工房対抗戦は予定通りに開始された。

 実践を想定した試合が行われる競技場は、ひらけた草原を中心に湿原、荒地、森林といったいくつかのエリアに分けられている。その戦場で相対するのは、団員数十名で構成されるミシュア=アルラナフィの大工房術師団と、僅か二人ばかりの少女たちであった。


 観客席の生徒たちは、試合の目玉であったルシア=サルタトールが不在であることに不満こそ漏らすが、それでも彼らの視線は試合の流れに向けられている。そのためか教師陣の姿が試合の監督役以外に見当たらないことや、時折術式管理局の制服を着こんだ大人たちの姿が見え隠れすることなど、小さな違和感にはまだ気づいていない。


    ◇


「うりゃりゃりゃあああああああ――――っ!」

「アガット! そのまま真っ直ぐに突っ込んでいきなさい! 周りから攻めてくるヤツらは、どうにかあたしが食い止めてやるから……!」


 狐耳の少女が新緑の大地を疾走する。

 白い少女を後方から追い掛けていたマティアナは、メガネがズレるのも厭わず、肩から下げた大きな鞄に片手を突っ込んでいた。

 彼女たちが目指した先には、上品そうにロールを巻いた長髪をなびかせる女生徒と、それを外敵から護るように布陣した八人の少女たちの姿がある。


 ミシュア=アルラナフィとその取り巻きたちだ。


 正面に立ちはだかった一人の女生徒を、アガットは構わず蹴り飛ばして突き進んでいく。

 ケモノ憑きと揶揄されるアガットではあるが、そのおかげで小細工なしの接近戦であるなら、そんじゃそこらの有象無象に後れを取るつもりはなかった。ずば抜けた動体視力と反射神経、そして恵まれた身体能力に加えて、それらをさらに強化する『アヤカシ』の因子回路の性質。おまけに相棒である子狐型精霊・ハクからのバックアップも隠している。


 だが、そんな少女であっても、四方八方から迫ってくる錬金術の雨は避けきれない。

 それでも、その包囲網には構わず、ただマティアナという友人を信じて前だけを見た。


「はいは~い♪ あんたらの錬金術って小細工なしの単一元素で構築されたモンですわよね? どこにでもあるような地水火風なんて、ちょっと単純すぎるんじゃなくってえ?」


 マティアナはわざとらしいお嬢様口調で言うと、カバンから取り出したクマのぬいぐるみを力一杯に放り投げた。放射状の線を描きながら宙を舞ったぬいぐるみの影が太陽の光を遮り、その瞬間にミシュアの取り巻きが至るところから放った錬金術は軌道を変えた。


 アガットを一直線に狙っていた地水火風の一斉掃射は、そのすべてが吸い込まれるようにクマのぬいぐるみへと集中したのだった。


「ふふん。古来より少女たちの憎しみは、ぬいぐるみに収束される……、なーんてね♪」

「……つまらないですわね、まったく。あなたたちはそこで見ていなさい」


 ため息交じりに呟いたミシュアが一歩前に踏み出した。

 自身を慕った取り巻きたちの不甲斐なさを嘆きながら、彼女たちに待機を指示したミシュアは自らがアガットを迎え撃ったのだ。


 アガットの加速した拳が、ただがむしゃらに放たれる。

 ミシュアが右手を掲げると、そこに展開された音の波動が、壁となってアガットを阻んだ。


「……お二人だけで私を前に踏み出させたことは褒めてあげますわ」


 ですが、と音波の壁越しにミシュアはアガットを睨みつけた。


「ルシア=サルタトールはどこにいるんですの? 彼女が居なければこの対抗戦に価値なんて見出せないのですけれど……」

「随分と舐めたこと、言ってくれますね、この成り金お嬢さま!」

「たしかに私はあなたをたかがケモノ憑きと侮っていましたわ。しかし、この状況に持ち込まれた以上、あなたが優秀な錬金術師であることを認めるほかにありません。ゆえに舐めてなどいませんよ。そのうえで――」


 ミシュアは左手をゆっくりと持ち上げる。

 そこに纏うはやはり調律式の使い手らしく音の波動。それを横凪に振るってアガットの肩に叩き付ける。空気を振動させながら奏でられた旋律は、たしかな物理的な威力を獲得して、アガットの右肩を螺旋状に削るのだった。


「私の相手に相応しいのは、やはりルシア=サルタトールだけだと、そう言っているのです!」

「く、うああっ!?」


 アガットは衝撃に吹き飛ばされて、ごろごろと芝生のうえを転がった。


「ああくそ、これマズいかも……!」


 マティアナは意を決して倒れた友人のもとへと駆け寄っていく。

 芝生のうえを走っているように見えるが、その足音は固い地面を叩くようなものだった。その感触のおかげで、競技場の自然豊かな外観が投影術式で作られた虚像であることを思い出した。

 つまり、実際のアガットは受け身を取れず、固いコンクリートに叩きつけられたことになる。体に霊子の膜を張って、最小限の防護はしていたかもしれないが、ダメージは大きいだろう。


 その場で身を丸め、浅い呼吸をするアガットを庇うように、マティアナが覆い被さった。


「さて、ルシア=サルタトールが出てこないのであれば、これにてチェックメイトですわ」


 二人を包囲するようにミシュアと取り巻きたちが円形の陣を張った。

 くそ、とマティアナから舌打ちが漏れる。まずはミシュアを狙って速攻を掛けるというのが、ルシア抜きの現状で彼女たちが勝ちを拾える唯一の手段であった。最初に相手側の頭を全力で叩き潰してしまえば、工房術師団全体としての連携も瓦解すると考えていた。


 だが、そもそもミシュアを倒すという前提条件が、力及ばず失敗に終わったのだ。

 もはや打つ手ナシ。戦闘で役に立つのはアガットだけでマティアナはサポートしかできない。それなのにアガットが戦闘不能状態にされてしまったのだから、こうなってしまえば勝ち目があるはずもなかろう。

 彼女たちに残された手があるとすれば、


「……アガット。ちょっと響くかもしんないけど、いまは踏ん張って歩くわよ」

「……だい、じょうぶ。まだ私は……」

「ったく、いいから黙ってなさい」


 そう言ってマティアナはアガットに肩を貸した。

 それから、ばさり、とカバンから取り出した風呂敷のようなマントを自分たちに覆い被せる。


「っ……この期に及んで、また小細工ですか。まったく悪足掻きでしかありませんわよ!」


 ミシュアが吠えたがマティアナは無視した。

 いわゆる透明マントというやつだ。その布切れに覆われたマティアナたちの姿はミシュアの視界からぽつりと消え去った。彼女たちが動揺している間に、忍び足で包囲網を抜け出して、マティアナはひとまず遠目に見える森林エリアへと移動した。


 疑似的な映像で再現された戦場フィールドは四つのエリアで構成されている。

 先ほどまでいた草原地帯、足場は悪いが有効利用もできそうな荒地エリアと湿原エリア、そして二人が目指している森林エリアである。いずれも投影映像であることに代わりはないが、ある程度は錬金術の付加効果で現実味を帯びたものになっている。

 手頃の樹木を背もたれ代わりにアガットを座らせて、それからマティアナは息を潜めながら彼女の容態を確認した。


「あ、くっ……!?」

「やっぱりミシュアにやられた右肩が一番損傷してるか。ついでに背中も打撲してるし、足首も捻ってるわねえ、これ……」


 鞄から取り出した薬品を塗るたびに苦悶の声が漏れるが、そこは我慢してくれとアガットの小さな体を抱きしめながら介抱を続ける。


 しばらくして森の中に踏み込んでくる足音。

 とても慎重な様子なのは、このエリアに逃げ込んだのもマティアナたちの作戦の一環だと、そう考えているからだろう。


「ま、残念ながら、あとは透明マントくんの効果が切れるまで、こうして隠れてるしか手はないんだけどねえ」

「マティ、ごめんなさい。私じゃ力不足でした」


 申し訳なさそうにアガットが耳と尻尾を垂らしていた。彼女の肩に乗っていた子狐・ハクも少々気落ちしたように身を小さく丸めている。


「力不足はあたしのほうよ。あんたはよくやったし、誰も責めな――」


 マティアナの言葉は遮られた。

 競技場の観覧席からブーイングの声がいくつも重なって響いたからだ。


「ああもう、うっさいわねえ! つまらないなら帰ればいいでしょうが。無料観覧してんのに一丁前に不満なんか言ってんじゃないわよ、ばーか!」

「……私、悔しいです。ルシアちゃんの工房、護りたかったのに……」

「あたしとあんた。二人きりでやれることは全部やったでしょ? それにまだ終わったわけじゃない。あとは逃げて逃げて、やれるだけの抵抗をして、意地でも倒れず、ルシアとイツキが戻ってきてくれんのを待つしかないって」

「そう、ですね……オリハラくんを信じて、待つために戦いましょう……」


 少女たちはその瞳に互いの姿を映しながら頷き合った。

 たとえ、どんな状況に陥ろうと、二人が戻るまでは耐え抜いてやるのだと、そう覚悟を決めて。

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